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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
お祖父さまと逃避行 1
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森に囲まれた大きな山小屋。
一緒に来たのは、グレイにサリー、マルクとラリー、それにチャーリーだ。
ラリーことローレンスは料理人でマルクの手伝いをしている。
チャーリーは、正式名シャーロットと言い、裁縫が得意なメイドさん。
2人とも屋敷では朝当番、昼当番の時くらいにしか顔を会わせる機会がなかった。
ラリーはパン焼きを任されているので朝が早く、午後は休息していることが多かったし、チャーリーは主に繕い部屋にいるからだ。
「お父さまもお母さまも元気にしてるかなぁ。テオとアリシア、また喧嘩してたりして。マリエッタもパットも怪我してなきゃいいけど」
ここでの生活も半月になる。
楽しくはあるが、時折、屋敷にいるみんなを思い出すのだ。
大学にいる時もそうだった。
毎日、色々な事があって楽しいのに、ふと両親のことを思い出す。
家というのは、やはり特別な場所なのだ。
「気になるかい?」
祖父の作ってくれたテーブルを前に、ベンチへと2人で腰かけていた。
隣を見ると、祖父がいつも通り微笑んでいる。
黒い瞳がレティシアを見つめていて、とても安心した。
こういうのも「目力」というのだろうか、などと思う。
祖父の目には、不思議な力があるように感じられるからだ。
以前、グレイから「大公様に任せておけばなんとかしてくれるという空気があった」と聞かされていた。
その際は、丸投げと思って憤慨したが、今は周囲がそんなふうに思ってしまうのもわかる気がする。
「お祖父さま、なんでもわかるんだもんなー」
「なんでもはわからないと思うがね」
「そうかなぁ。いやぁ、わかるんじゃないかなぁ。このテーブルだって、私がお願いする前に、ひょいって出してくれたし」
「孫娘の前で、いい恰好をしたかっただけさ」
こんなふうに、なんでもなさそうに軽く言うのだから、まいる。
祖父は、相手に気を遣わせないのが、上手い。
人のためではなく、自分のためにしているのだと言い切るところが、カッコいいのだ。
本来なら、建前や社交辞令と思えることが、祖父が言うと不思議なくらい安心してしまう。
気にしなくていいよ、と実際に言葉にされなくても、すうっと心に入ってくる感じがした。
「それ以上、カッコ良くならなくてもいいのに」
祖父は、なんでもわかってくれるし、なんでもできる。
その上、こちらに気は遣わせす、安心感まで与えてくれる。
とても心地いいのだが、祖父は、その分を1人で背負っているのだ。
それでいいのかと思ってしまったりもするのだけれど。
「私、とんだ甘えん坊になっちゃうよ?」
「かまわないさ」
「そーいうのを我儘って言うんじゃない?」
「どうだろうね」
くすくすと、祖父が笑う。
まただ、と思った。
(お祖父さまと話してると、深刻なことでも、なんでもないことみたいに思えてきちゃうんだよなぁ)
重苦しい悩みも、いつしか解消されている。
このままでは、本当に底なしに甘えてしまいそうだ。
いや、すでに底が抜けているかもしれない。
「我儘と受け取るか、頼られている、甘えられていると受け取るかは、私次第だろう? だけどね、レティがそれを我儘だと思うなら、私はもっと我儘をしてもらいたいくらいだよ」
ふにゃ~と、テーブルに頬をくっつける。
そんなレティシアを、祖父は面白そうに見ていた。
(やっぱり無理……かなわない……ホント、ダメな子になりそう……)
おそらく祖父は「なってもいい」と言うのだろう。
わかっているから、困るのだ。
祖父の前では、自分を律することができない。
幼い子供なら、それでもよかった。
あれして、これして、それ買って。
甘えたい放題、好き放題できたに違いない。
が、レティシアは16歳、実年齢は27歳だ。
いい歳をして、子供みたいに甘えるのはどうかと思う。
昨夜も、うっかり居間で本を読みながら寝てしまい、気づけば祖父に寝室へと運ばれていた。
(たぶん……抱っこって言えば、お祖父さま、普通にしてくれるよね……)
恥ずかしいので、もちろんそんなことは言わない。
それでも、両手を伸ばせば必ず受け止めてくれる腕がある、と信じられる。
嬉しいけれど、気恥ずかしくもあった。
自分を律しきれず、なにをしでかすかわからないからだ。
「それじゃあ、少しだけレティを甘やかしてみようか」
「へ……?」
ぺたりとテーブルに押しあてていた顔を上げる。
横で祖父が指を、ぱちんと鳴らした。
目の前に、まるでテレビのような画面が広がる。
画質も悪くない。
「あ! テオだ! テオが見える!」
厨房で皮剥きをしているテオの姿を映っていた。
隣でパットが「芽が出そうなやつだけでいいぞ」と言っている。
パッと祖父の顔を見た。
これも魔術なのかと驚いていた。
「ああ、アリシアが厨房に入ってきたよ」
言葉に、視線を画面に戻す。
アリシアはテオの近くに立ち、小言を言っていた。
テオも果敢に応戦しているが、どうにも分が悪そうだ。
今晩は両親が帰ってくるらしい。
そのため忙しくしているのだろう。
「これって、こっちの声は聞こえないんだよね?」
「残念なことに、一方通行」
「てことは……覗きってことになる?」
「なるね」
「う……でも、みんながどうしてるか気になる……」
くすくすと、また笑われた。
以前のレティシアはともあれ「今」のレティシアは真面目なのだ。
屋敷の人たちが見られていると気づいていない中、一方通行で覗き見るのには抵抗がある。
隠しカメラや盗聴といった言葉も頭でグルグルしていた。
さりとて、気にはなる。
「それなら、こうしよう」
パッと画面が切り替わった。
庭師のガドが薪割りをしているのが映っている。
祖父はガドを見ながら、なにかをはらうようにサッと手を横に振った。
瞬間、ガドの髪がふわりと揺れる。
ガドは薪割りの手を止め、空を見上げた。
それから、こちらに顔を向ける。
「え? あれ? ガド、気づいた?」
「そのようだね」
祖父が、にこやかにうなずいた。
ガドは周囲を見回して、ヴィンスとヒューを呼んでいる。
2人がガドの側まできた。
『大公様たちが、見ている、ようだ』
2人も、パッとこちらを見る。
そして、大きく両手を振ってくれた。
『レティシア様~! お元気ですか~?』
声も聞こえてくる。
それに気づいたのか、屋敷の中からも続々とみんなが出てきた。
あれこれ言いながら手を振ってくる。
こちら側を見せられないのは残念だけれど。
「みんな、元気そう! 良かったぁ~」
見えないとわかっていても、手を振った。
しばらく見たのち、またガドの髪が風に揺れる。
祖父が指を鳴らし、画面が閉じた。
なんでもわかってくれて、なんでもできる。
覗きは嫌だけれど気になる、との問題を、祖父は事も無げに解消してしまった。
子供の頃に憧れた、指を鳴らして願いを叶えてくれる魔法使いそのもの。
祖父は、本当に自分を甘やかすのが上手い、と思う。
「……お祖父さま、素敵過ぎる……これじゃ、私、どこにも嫁げないよー」
「おや? 嫁ぐ気があったのかい?」
「………ない。全然」
こんなにも理想の男性がそばにいるのだ。
とても離れる気になどならない。
一緒に来たのは、グレイにサリー、マルクとラリー、それにチャーリーだ。
ラリーことローレンスは料理人でマルクの手伝いをしている。
チャーリーは、正式名シャーロットと言い、裁縫が得意なメイドさん。
2人とも屋敷では朝当番、昼当番の時くらいにしか顔を会わせる機会がなかった。
ラリーはパン焼きを任されているので朝が早く、午後は休息していることが多かったし、チャーリーは主に繕い部屋にいるからだ。
「お父さまもお母さまも元気にしてるかなぁ。テオとアリシア、また喧嘩してたりして。マリエッタもパットも怪我してなきゃいいけど」
ここでの生活も半月になる。
楽しくはあるが、時折、屋敷にいるみんなを思い出すのだ。
大学にいる時もそうだった。
毎日、色々な事があって楽しいのに、ふと両親のことを思い出す。
家というのは、やはり特別な場所なのだ。
「気になるかい?」
祖父の作ってくれたテーブルを前に、ベンチへと2人で腰かけていた。
隣を見ると、祖父がいつも通り微笑んでいる。
黒い瞳がレティシアを見つめていて、とても安心した。
こういうのも「目力」というのだろうか、などと思う。
祖父の目には、不思議な力があるように感じられるからだ。
以前、グレイから「大公様に任せておけばなんとかしてくれるという空気があった」と聞かされていた。
その際は、丸投げと思って憤慨したが、今は周囲がそんなふうに思ってしまうのもわかる気がする。
「お祖父さま、なんでもわかるんだもんなー」
「なんでもはわからないと思うがね」
「そうかなぁ。いやぁ、わかるんじゃないかなぁ。このテーブルだって、私がお願いする前に、ひょいって出してくれたし」
「孫娘の前で、いい恰好をしたかっただけさ」
こんなふうに、なんでもなさそうに軽く言うのだから、まいる。
祖父は、相手に気を遣わせないのが、上手い。
人のためではなく、自分のためにしているのだと言い切るところが、カッコいいのだ。
本来なら、建前や社交辞令と思えることが、祖父が言うと不思議なくらい安心してしまう。
気にしなくていいよ、と実際に言葉にされなくても、すうっと心に入ってくる感じがした。
「それ以上、カッコ良くならなくてもいいのに」
祖父は、なんでもわかってくれるし、なんでもできる。
その上、こちらに気は遣わせす、安心感まで与えてくれる。
とても心地いいのだが、祖父は、その分を1人で背負っているのだ。
それでいいのかと思ってしまったりもするのだけれど。
「私、とんだ甘えん坊になっちゃうよ?」
「かまわないさ」
「そーいうのを我儘って言うんじゃない?」
「どうだろうね」
くすくすと、祖父が笑う。
まただ、と思った。
(お祖父さまと話してると、深刻なことでも、なんでもないことみたいに思えてきちゃうんだよなぁ)
重苦しい悩みも、いつしか解消されている。
このままでは、本当に底なしに甘えてしまいそうだ。
いや、すでに底が抜けているかもしれない。
「我儘と受け取るか、頼られている、甘えられていると受け取るかは、私次第だろう? だけどね、レティがそれを我儘だと思うなら、私はもっと我儘をしてもらいたいくらいだよ」
ふにゃ~と、テーブルに頬をくっつける。
そんなレティシアを、祖父は面白そうに見ていた。
(やっぱり無理……かなわない……ホント、ダメな子になりそう……)
おそらく祖父は「なってもいい」と言うのだろう。
わかっているから、困るのだ。
祖父の前では、自分を律することができない。
幼い子供なら、それでもよかった。
あれして、これして、それ買って。
甘えたい放題、好き放題できたに違いない。
が、レティシアは16歳、実年齢は27歳だ。
いい歳をして、子供みたいに甘えるのはどうかと思う。
昨夜も、うっかり居間で本を読みながら寝てしまい、気づけば祖父に寝室へと運ばれていた。
(たぶん……抱っこって言えば、お祖父さま、普通にしてくれるよね……)
恥ずかしいので、もちろんそんなことは言わない。
それでも、両手を伸ばせば必ず受け止めてくれる腕がある、と信じられる。
嬉しいけれど、気恥ずかしくもあった。
自分を律しきれず、なにをしでかすかわからないからだ。
「それじゃあ、少しだけレティを甘やかしてみようか」
「へ……?」
ぺたりとテーブルに押しあてていた顔を上げる。
横で祖父が指を、ぱちんと鳴らした。
目の前に、まるでテレビのような画面が広がる。
画質も悪くない。
「あ! テオだ! テオが見える!」
厨房で皮剥きをしているテオの姿を映っていた。
隣でパットが「芽が出そうなやつだけでいいぞ」と言っている。
パッと祖父の顔を見た。
これも魔術なのかと驚いていた。
「ああ、アリシアが厨房に入ってきたよ」
言葉に、視線を画面に戻す。
アリシアはテオの近くに立ち、小言を言っていた。
テオも果敢に応戦しているが、どうにも分が悪そうだ。
今晩は両親が帰ってくるらしい。
そのため忙しくしているのだろう。
「これって、こっちの声は聞こえないんだよね?」
「残念なことに、一方通行」
「てことは……覗きってことになる?」
「なるね」
「う……でも、みんながどうしてるか気になる……」
くすくすと、また笑われた。
以前のレティシアはともあれ「今」のレティシアは真面目なのだ。
屋敷の人たちが見られていると気づいていない中、一方通行で覗き見るのには抵抗がある。
隠しカメラや盗聴といった言葉も頭でグルグルしていた。
さりとて、気にはなる。
「それなら、こうしよう」
パッと画面が切り替わった。
庭師のガドが薪割りをしているのが映っている。
祖父はガドを見ながら、なにかをはらうようにサッと手を横に振った。
瞬間、ガドの髪がふわりと揺れる。
ガドは薪割りの手を止め、空を見上げた。
それから、こちらに顔を向ける。
「え? あれ? ガド、気づいた?」
「そのようだね」
祖父が、にこやかにうなずいた。
ガドは周囲を見回して、ヴィンスとヒューを呼んでいる。
2人がガドの側まできた。
『大公様たちが、見ている、ようだ』
2人も、パッとこちらを見る。
そして、大きく両手を振ってくれた。
『レティシア様~! お元気ですか~?』
声も聞こえてくる。
それに気づいたのか、屋敷の中からも続々とみんなが出てきた。
あれこれ言いながら手を振ってくる。
こちら側を見せられないのは残念だけれど。
「みんな、元気そう! 良かったぁ~」
見えないとわかっていても、手を振った。
しばらく見たのち、またガドの髪が風に揺れる。
祖父が指を鳴らし、画面が閉じた。
なんでもわかってくれて、なんでもできる。
覗きは嫌だけれど気になる、との問題を、祖父は事も無げに解消してしまった。
子供の頃に憧れた、指を鳴らして願いを叶えてくれる魔法使いそのもの。
祖父は、本当に自分を甘やかすのが上手い、と思う。
「……お祖父さま、素敵過ぎる……これじゃ、私、どこにも嫁げないよー」
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