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第2章 黒い風と金のいと
副魔術師長の布石 3
しおりを挟む「お祖父さまだから言うけどね。前の世界には、魔術なんてなかったんだよ」
「平和な世界だったのだね」
魔術があるから、即座に危険ということはないだろう。
だとしても、魔術が極めて攻撃的な要素を持つことも知った。
人を簡単に殺してしまえる力だ。
治癒という人を癒す魔術はあるにしても、生き返らせることはできない。
医療にも限界はあるが、日々、進歩はしている。
現代日本では、銃器は厳しく取り締まられていた。
一般的には銃が出回っていないから、誰かを銃で撃ち殺そうとは思わない。
代わりのものを使うことはあるだろうが、殺傷力という点では銃器に劣る。
魔術は、それと似たところがあった。
魔術があるから、魔術で対抗しようとする。
それは銃器に勝るとも言える大きな力だ。
魔術がなければ、起こらなかった悲劇も多々あるのではなかろうか。
「戦争はね、私が生まれるよりずっと前にあったけどさ。最後の戦争で負けてからは、ずうっと平和。戦争しない国になったからね。その分、いろいろと問題もあったみたいだけど、生活するには困ってなかったな」
政治や経済では、他国との板挟みになりがちな国だった。
押しに弱くなってもいて、相手国の言いなりになることも多かった。
だとしても、現代日本で暮らす多くの人たちは平和を享受し、明日の命の心配などせずに生きていられたのだ。
この世界では、どこかしら頭の隅で、身の危険を意識していなければならない。
「この世界は、気にいらないかい?」
レティシアは、首を横に振る。
この国も、今は戦争もなく平和だ。
魔術師の存在も、自分に関わりがなければ危険とも思わない。
「だいたいは気に入ってる。でも、まだ馴染めないところもあるんだよね」
この世界で長く暮らしている内に、馴染んでいくのかもしれない。
だとしても、やはり時間はかかるだろう。
そして、どれだけ時間が過ぎても、身分や私戦なんていうものには馴染めそうになかった。
(ウチのみんなと、のんびりやっていけたら、それがいいんだけどなぁ)
グレイやサリー、それに、ほかのみんな。
全員の顔が思い浮かぶ。
最初は、みんな、冷たかったし、レティシアによそよそしかった。
思い出して、ちょっと笑う。
「最初さぁ、グレイもサリーも、他人行儀で、すんごく冷たくってねー」
ブリザード屋敷。
冷たい視線と口調に、晒されていた。
「でもさ、グレイってば、おっかしいんだよ。私には冷たかったのに、お祖父さまの話ってなると、ウキウキして話し出したりしてさ」
最初に、レティシアを氷像にしようとしたのはグレイ。
けれど、最も早くブリザードを吹き止ませたのもグレイだ。
祖父の話をする時のグレイは、とても誇らしげで「お祖父さま病」のレティシアも嬉しくなる。
聞いていて、とても楽しかった。
「グレイと初めて会ったのは、十歳でね」
「ん? グレイが魔術騎士になったのって、11歳じゃなかったっけ?」
「そうだよ。だが、彼とは、その前に、会っていたのさ」
その頃を思い出しているのか、祖父は、やわらかな笑みを浮かべている。
小さなグレイを想像して、レティシアも少し笑ってしまった。
「魔力顕現したばかりでね。制御するすべを知らず、家から追い出されかかっていたところに、たまたま私が通りかかったのだよ」
そして、祖父はグレイに、魔力を制御するすべを教えたそうだ。
当時から有能だったのか、覚えるのも上達するのも早かったという。
以来、ちょくちょく魔術を教えたりもしていたらしい。
「戦争が始まらなければ、もう少し丁寧に教えてあげられたのだがね」
戦争は、年をまたいで翌年に終結している。
開戦時には11歳だったが、戦争中にグレイは12歳になっていた。
かなりしぶとく従軍を申し出てきたが、祖父はそれを認めなかったのだ。
それでも、グレイは祖父の元を訪れてはいたらしいけれど。
『隠れてたびたび戦地に行っておりました』
と言っていたのを覚えている。
小さなグレイは、ちょこまかと走り回り、祖父の周りをウロチョロしていたのではなかろうか。
(グレイも私に負けないくらい、お祖父さま好きだからなー)
思わず、にっこりした。
十歳の時から25年、グレイは祖父を敬愛し続けている。
ちょっぴり叱られただけでも、動揺はなはだしくなるくらいには。
「グレイが執事になって戻ってきた時は、びっくりした?」
「いいや。魔術騎士の隊を解散させた際、なんとなく予感はしていたよ」
「グレイなら信頼できるし、すぐに雇ったんでしょ?」
祖父は口元を緩ませつつ、肩をすくめた。
ということは「すぐに」は雇わなかったということなのだろう。
「なんで? グレイ、優秀だと思うんだけど?」
「優秀というのも考えものでね。執事に向いているとも思えなかったし、無理をしてまで屋敷勤めをする必要はないと諭したのだよ。何度もね」
が、グレイは諦めなかったのだろう。
祖父に「粘着」したに違いない。
「とは言っても、私も1人でザックを育てていたのでね。人手がほしかったこともあって、うっかり彼に押し切られてしまったわけさ」
祖父が、グレイを雇わないと明確に決めていたのなら「うっかり」することなんて、なかったはずだ。
押し切られたというより、グレイの心情に折れてあげたのだろう。
「あれ? てゆーか、ほかの人たちは、どうしてたの?」
「ほかの者は、いなかったのだよ」
「いなかった? お屋敷勤めをしてた人がいなかったってコト?」
よく出来ましたとでも言うように、祖父がレティシアの頭を撫でる。
あの屋敷の広さを考えると、3人暮らしでは大変だったのではないか。
聞くと、祖父が、にっこりした。
「シシィは、人見知りする性格だったのでね。2人だけで暮らしたがっているとわかっていたから、雇い入れはしなかった。ザックが生まれてからもね」
祖母は平民の出だ。
一般庶民として生きてきたレティシアにも、祖母の気持ちはわかる。
人見知りしないレティシアでさえ、貴族には馴染めていない。
正妃選びの儀のあと、屋敷に帰った直後は、戸惑ってばかりだった。
姫さまと呼ばれることにすら抵抗をおぼえていたのだから。
(私はローエルハイド公爵家の娘かもしれないけど、貴族には馴染めてない。庶民気質が、身に沁みついてるもん)
いきなりの「姫さま」呼びも、彼らにとってはあたり前だっただろうが、レティシアにとっては、気後れすることだった。
祖母も、そんな気分だったのではないだろうか。
傅かれる習慣がないと、なんだかいたたまれない気分になったりもする。
「グレイが来た頃には妻は亡くなっていたのでね。ザックの遊び相手になってくれれば、というくらいの気持ちだったのだよ」
「グレイ、真面目だからなぁ。ものすごく執事してそう」
「まさにね。ザックの家庭教師役までこなしていた」
グレイの知識量は、ハンパないのだ。
今もレティシアは、なにかとグレイ教わっている。
「親子2代で、グレイにはお世話になってるってことだね」
父の元家庭教師は、今のレティシアの家庭教師。
それと兼ねて、しっかり執事の仕事もこなしていた。
サリーとの連携も見事だ。
おかげで、屋敷内は、いつも快適に保たれている。
グレイは、レティシアだけではなく、ローエルハイド公爵家にとって、なくてはならない存在だった。
「とはいえね、ザックに女性の口説き方だけは、教えられなかったようだよ」
「そりゃあ……」
グレイは、ヘタレだからとは、言わずにおいた。
世の中「言わぬが花」という言葉もある。
祖父が、いたずらっぽく、片眉をひょこんとさせた。
「あれでは、サリーも大変だろうね」
周囲が気づいているのかはわからない。
が、やはり祖父は気づいていたのだ。
「だよねー。さっさと言えばいいのにさぁ」
そうすれば、サリーもうなずくこと間違いなし。
もともと2人は両想いなのだ。
「それを言えないのが、グレイなのさ」
笑う祖父に、つられてレティシアも笑う。
とても穏やかで、ゆったりとした空気の漂う、午後のひとときだった。
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