理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

お祖父さまと一緒 4

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 黄色みがかった茶色の髪と目をしていてもわかった。
 雰囲気が、まったく「王子様」だからだ。
 尊大な態度といい、傲慢そうな目つきといい。
 
「なぜ、俺がお前なんぞをつけねばならん。ここには、俺のほうが先に来ていたのだぞ」
 
 この偉そうな口の利きかた。
 間違いない。
 
「この間、私、あなたにさらわれてるからね。疑うのは当然じゃんか」
 
 誘拐犯のくせに、ちっとも反省していないらしい。
 日頃の行いが悪いから、言葉に信憑性がなくなるのだ。
 少しは自覚してもらいたい、と思う。
 
「あれは……ちょっとした手違いだ」
「はあっ?! 人攫いを、ちょっとした手違いですませないでよ!」
「そう怒るな。また頭痛を起こしたらどうする」
「だから! あなたが怒らせてるんでしょーが!」
 
 王子様は、やはりいつもの通り、王子様だった。
 マイペースなところが鼻につく。
 さっきまでの、ウキウキるんるん気分が台無しだ。
 
(せっかく、お祖父さまとアウトドアデートだったのに……うう~……)
 
 がっくりきているレティシアの肩が、そっと抱き寄せられる。
 見上げると、祖父が、にっこりしていた。
 
「レティ? ザックの言っていたことを、覚えているかい?」
 
 父が何を言っていたか、祖父の言葉を頭で反芻はんすうし、すぐに思い出す。
 父は大変な剣幕で言っていた。
 
 粉々のバラバラ。
 
 祖父は微笑んでいて、本気とも冗談とも判断ができない。
 確かに、王子様は厄介で面倒で、超絶にウザいところがある。
 人攫いの誘拐犯でもあるし。
 
「幸い、ここは人目がないからねえ」
 
 レティシアは、にこやかな祖父から外した視線を、王子様に向けた。
 王子様は、なんの話かわからずにいるようだ。
 わかっていたら、こんなふうに落ち着いてはいられないだろう。
 一見、呑気のんきともとれるほど、王子様は表情を変えずレティシアを見ている。
 翡翠のような緑色の目ではないことに、ものすごく違和感があった。
 今の色より、もっと尊大に見えはするが、それが王子様「らしい」気がする。
 レティシアは、祖父を見上げて、苦笑いしてみせた。
 
「そこまでじゃ、ないかな」
 
 王子様には腹も立つし、正妃になる気もない。
 人攫いするほど粘着されたって困る。
 が、やっぱり王子様を悪人だとは感じられなかった。
 かなり面倒くさくて、常識知らずの世間知らずだとは思うけれども。
 
「お前がそう言うのなら、いつでも私はひざまずいて従うさ」
 
 祖父が、軽口を叩きながら、額にキスを落としてくれる。
 男性が女性の前で跪き、手の甲にキスをする場面を、洋画などで目にすることがあった。
 そのシーンを祖父で再現して、レティシアは、ぽやんとなってしまう。
 
(に、似合い過ぎる……お祖父さまにそんなことされたら、どんな人だってイチコロだよ……イチコロって死語か……)
 
 自分で自分に突っ込みを入れつつ、祖父に見惚みとれた。
 今日も祖父は、平常運転。
 とても素敵で、カッコいい。
 
 さりとて、いつもとは少し違うところもある。
 祖父は、たいてい髪をちょっとだけ後ろに流しているのだが、今日は洗い流しふう。
 漆黒の髪が耳や頬の辺りで、さらさらとなびいている。
 首筋が見え隠れするのも、非常に素敵だ。
 男らしいのに、色っぽくもあって、いかにも「大人の男性」という感じがする。
 
 着ているものも、普段よりさらにラフ。
 レティシアに合わせて「民服たみふく」を身に着けていた。
 Tシャツやなんかのように、いわゆるバサッと頭からかぶるタイプ。
 が、襟から胸元にかけては、編み上げになっている。
 濃紺のそれが、ライトグレーのゆったりしたズボンとマッチしていた。
 
 貴族服は、とかくぴったりしたものが多く、こういうルーズ系は珍しいのだ。
 腰に太目の黒いベルトを斜め掛けに締めていて、同じ色の布靴を履いている。
 現代日本の街も平気で歩けそうだった。
 コスプレっぽくはあるが、別の意味で目を惹きそうではある。
 
 普段、レティシアが「こうなる」と、秒でカウンターを入れてくるグレイが、今はいなかった。
 代わりにいるのは王子様だ。
 
「おい、レティシア」
 
 声に「見惚れ」を邪魔されて、イラっとする。
 グレイやサリーなら、テヘヘとなるところなのだけれど。
 
「話の最中さいちゅうに、ぼんやりするな」
「別にいいじゃん……」
 
 話したくて話しているわけでもあるまいし。
 長く話していれば、どうせ面倒くさいことを言いだすに決まっているし。
 
 思って、レティシアは、ツーンとそっぽを向く。
 王子様のことは、嫌いでもないが、好きでもないのだ。
 嫌われないようにしよう、という気がまったく起こらない。
 
「ところで、その身なりからすると、お忍びで来ているのかね?」
 
 祖父が、気軽な調子で王子様に話しかけた。
 そういえば、注視していなかったので気付いていなかったが、王子様は髪や目の色だけでなく、服装も「大人しめ」になっている。
 あの無駄なゴージャス感がない。
 
「そうだ」
 
 口調は相変わらずだけれど。
 レティシアは呆れる。
 
(外身だけ変えてもなー。中身、これじゃあなー。すぐ気づかれるだろ。変装したって、意味ないと思うんですケド)
 
 実際、レティシアはすぐに気づいた。
 見た目は変えられても、中身までは変えられない、ということだ。
 
「つまり、今の”きみ”は王太子ではない、ということだね?」
 
 王子様が顔をしかめる。
 何が気に障ったのかはわからないが、何かが気に食わなかったらしい。
 
「それとも、やはり王太子なのかな? だとすれば、私も”それなり”に、礼を尽くさなければならない」
「……いや、今の俺は王太子、ではない」
「それは良かった」
 
 ん?ん?と、レティシアは、祖父と王子様の間で、視線を行ったり来たりさせる。
 祖父が、そんなレティシアに微笑みながら言う。
 
「レティ、彼は王太子ではないそうだよ」
「お忍びだから?」
「そうだね。だが、王太子ではないのなら、レティがなにをしても、無礼かどうかなど、彼は気にしないのじゃないかな?」
「そっか! そーだよねえ! 王子様じゃなくて、フツーの人なんだもん」
 
 ムっと、王子様が口を「ヘ」の字にする。
 が、知ったことではない。
 王子様は、今は王子様ではないのだから。
 
 文句も悪態も、言いたい放題だ。
 
 レティシアとて、ほんの少し、ナノ単位くらいでは、一応、王子様には気を遣っていたのだ。
 偉い人だなんて、これっぱかりも思っていなかったとしても、だ。
 
(それって、出来の悪い新入社員レベル扱いでいいってことだよね?)
 
 王子様は世間知らずに過ぎる。
 そのくせ偉そうなのだから、始末に悪い。
 根性を叩き直してやる義理はないが、言いたい放題はしてもかまわないだろうと、思った。
 なにしろ実年齢では、レティシアのほうが年上なのだ。
 
「てゆーか、私をつけてきたんじゃないなら、何しに来たの?」
 
 レティシアは、まだ勘繰っている。
 あまりにもタイミングが良過ぎて、疑わずにいるほうが難しい。
 
「……俺は静養に来た。サハシーは保養地なのでな」
「せいよう……保養地……静養……」
 
 言葉に、ハッとした。
 とたん、居心地が悪くなる。
 祖父が大丈夫と言っていたので、大丈夫には違いないのだが、やはりタイミングが合致し過ぎていた。
 
「……もしかして……頭がおかしいの?」
 
 レティシアとしては「瘤のせいで頭の具合が悪いのか」という意味で聞いたつもりだ。
 頭痛がするとか、眩暈がするとか。
 
「何度、言えばわかる。俺の頭は、おかしくなってなどおらん」
 
 言葉に、ホッとした。
 のだけれども。
 
「お前に花瓶で殴られたせいで、静養しに来るはめになっただけだ」
 
 ガーン。
 またしてもコメディ仕様のたらいのごとく擬音が頭に降ってきた。
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