理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

魔術師との契約 2

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 レティシアは、みんなが忙しくしているのを、所在なげに見守っている。
 グレイが陣頭指揮を取り、緊急避難室を作っていた。
 
(セーフルームとかパニックルームとかいうやつだよね)
 
 危険から一時的に身を守るための部屋だ。
 食料などの運び入れも終わり、今は各自の必需品の準備をしている。
 だから、手伝うことがない。
 レティシア自身は、これといって必要なものはないからだ。
 身の周りのものは、サリーがすべて準備をしてくれている。
 祖父の写真を持ち込もうかと思ったが、レティシアにはロケットがあった。
 いつも身につけている。
 その上、写真まで持って行くのはどうか、と考え直した。
 
「レティ」
 
 祖父に呼びかけられ、振り向く。
 穏やかな笑みに、安心感が広がった。
 
「少しばかり、ザックのところに行ってくるよ」
「お父さまのところ? あっちも危ないの?」
「王宮に近いのでね。念のため、というやつさ」
 
 祖父が、ゆるく頭を撫でてくれる。
 レティシアは両親を大事に思っていた。
 その気持ちを、祖父は汲んでくれているのだ。
 もちろん父は、祖父の息子でもある。
 危険があれば防ごうとするのは当然だろう。
 守る、ということとは、少し違っていても。
 
「彼が、もう少し大人しくしていてくれると良かったのだがね」
「サイラス?」
「いや、王太子さ」
 
 祖父が、肩を軽くすくめてみせる。
 それから、きょとんとしているレティシアの額にキスを落とす。
 
「行ってくるよ。すぐに戻るからね」
「うん。わかった」
 
 祖父の姿が消えた。
 レティシアは、まだきょとんとしたままでいる。
 
(襲ってくるのはサイラスじゃないの? 王子様? んー?)
 
 あの王子様が襲ってきても、ちっとも怖くなかった。
 みんなでよってたかって、ボコボコにできる気がする。
 してもいいのかは、ともかく。
 
(王子様、魔術使うの、ヘタだもんなー。こっちにはグレイもサリーもいるし)
 
 たとえ王子様に、剣や武術の心得があったとしても負ける要素がない。
 近衛騎士を大勢、引き連れて来たって、結果はさして変わらないはずだ。
 騎士では魔術師には勝てないのだから。
 
(まぁ、お祖父さま、すぐ戻るって言ってたもんね)
 
 何が起こるにしろ、祖父がいれば、みんなが害されることはないだろう。
 自分も含め、足手まといにならないようにするだけだった。
 とくに自分は、とレティシアは少し顔をしかめる。
 最も足手まといなのが自分だ、との自覚があった。
 今度こそ迷惑をかけないように、と思った時だ。
 
「………―ん……す……せ………」
 
 小さく声が聞こえてくる。
 玄関ホールのほうで、誰かが呼びかけているらしかった。
 レティシアは、ちらっとグレイとサリーに視線を走らせる。
 どちらかに声をかけようかと思ったのだけれど。
 
(2人とも忙しそうだよね。だいたい、襲ってくる相手が、わざわざ声かけてきたりするわけないしさ)
 
 おそらく出入りの商人だろう。
 追加で、マルクが食料を頼んでいたのかもしれない。
 そう考え、レティシアは、玄関ホールに向かった。
 
「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかぁ?」
 
 これで襲撃者なら、相当に間が抜けている。
 やはり商人だな、と思い、レティシアは扉を開けた。
 ほっそりとした、身なりのいい青年が立っている。
 どう見ても「商人」ではない。
 
「えーと……どちら様でしょう?」
 
 相手から悪意は感じられなかった。
 危険そうな気配もない。
 
「私は……おや、めずらしいですね」
 
 青年の視線が室内に向けられている。
 その先を追って、レティシアも振り向いた。
 どうやら彼は、サリーを見ているようだ。
 
「彼女は、半端者でしょう?」
「はんぱもの?」
 
 言われても、意味がわからなかった。
 レティシアは、こちらの「専門用語」には、まだまだうとい。
 つい興味が引かれ、彼に問い返す。
 
「どういう意味?」
 
 青年が、少し不思議そうな顔をした。
 きっと、その言葉は、巷で普通に使われているに違いない。
 知らないことを不思議に思っているのだと、察する。
 
「私、勉強不足なんですよ。あまり言葉を知らなくて」
「ああ、いえ。魔術師は、あたり前に使う言葉ですが、広く知られているとも言えませんからね」
「そうなんですか。それで、はんぱもの、というのは、どういう意味ですか?」
「半端者というのは、契約に縛られずに魔力を維持できる者のことを指します」
 
 魔力と契約については、先ごろ、勉強していた。
 レティシアは、もう1度、後ろを振り返る。
 サリーが忙しく働いている姿が目に入った。
 
(そういえば……そうだよね。サリーは、王宮が嫌いでウチに来たんだもん)
 
 国王と契約などしているはずがない。
 それどころか王宮に足を踏み入れたことすらないはずだ。
 にもかかわらず、サリーは魔術が使える。
 祖父やグレイといった、契約に縛られずに魔術が使える人が2人もいるので、おかしいとは思わずにいた。
 が、サリーは魔術騎士ではない。
 普通なら、とっくに魔力は消えている。
 レティシアは、顔を青年のほうに戻した。
 
「そういう人は、はんぱもの、と呼ばれているんですね」
「はい。王宮に属さない、なのに魔力を維持できる、中途半端な者、という意味のようです」
 
 聞いて、イラッとする。
 つまり「半端者」というのは、差別用語ではないか。
 身分だけではなく、色々なところで、この世界には差別があると知っていた。
 前の世界とはようが違うのも、わかっている。
 が、それでも、腹が立った。
 
「そういう呼び方、やめてくれませんか?」
「え……?」
「彼女は好きで魔力を維持しているわけではありません。王宮に属さないのも、理由があってのことです。それを、中途半端だと言われるのは心外です」
 
 彼が悪いのではないのは、頭ではわかっている。
 言葉が横行しているだけのことなのだ。
 差別的な意味だと捉えずに使っている場合も多い。
 さりとて、今、目の前にいるのは、この青年だ。
 1人でも使わなくなればいいと思うし、少なくともサリーに対しては使ってほしくなかった。
 
「彼女の前で、その言葉を使ったら、ぱたきますよ」
「ひっ、ぱたく……?」
「ええ、引っ叩きます。ハの字を口にしただけでも許しません」
 
 青年が、細い体を縮こまらせる。
 顔色も蒼褪めさせていた。
 どうやら、ひどく気が弱いらしい。
 
(ちょっとキツく言い過ぎたかな? でも、このくらい言っとかないと)
 
 うっかり口にすることがないように、釘を刺しておく必要はある。
 青年のビクビクした様子を見て、レティシアは、はたと思い出した。
 
 そもそも彼は何者なのか。
 何をしに来たのか。
 
 話が逸れてしまい、まだ聞けずにいる。
 現代日本ではないけれど、何かのセールスならお断りだ。
 
「それで? あなたはどなた? なにをしに?」
「あ、あの……もしや、あなたがレティシア姫様、でしょうか?」
 
 恐る恐る聞かれた。
 自分を訪ねてきたのだろうかと思いつつ、うなずく。
 
「兄上が仰っていた通りのかたですね。レティシア姫様は、いつも怒ってばかりいると、お聞きしておりました」
 
 そんな無礼なことを言う奴は、レティシアの知り合いには1人しかいない。
 青年が、自己紹介で、それを肯定した。
 
「私は、ザカリー・ガルベリーと申します」
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