理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

魔術師との契約 3

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 国王とはなんぞや。
 
 小さな頃から、ユージーンの頭にあった疑問。
 父は玉座に座り、うなずくだけで、何もしない。
 採択は重臣たちが行い、まつりごとは宰相が執り行う。
 いったいなんのために国王はいるのか。
 ユージーンには、わからなかった。
 その問いに、ひとつの答えをくれたのが、サイラスだったのだ。
 
 国の平和と安寧。
 そのために国王は存在する。
 
 だからといって、政のいっさいに干渉しないのは、どうなのか。
 今も、そう思ってはいる。
 けれど、なにより大事なのは、その存在の意味なのだ。
 国の平和と安寧をないがしろにするのなら、それはもう国王ではない。
 
 ユージーンは、王位に就くためだけに生きてきた。
 自らが王位に就くことを、疑ったこともない。
 それ以外の未来など考えたこともなかった。
 国王になることを、あたり前に受け止めて生きてきた。
 22年間、自分はいずれ国王になる身だと思って生きてきたのだ。
 そこにしか、存在意義を見出せないほどに。
 
 即位していなくても、ユージーンは王だった。
 
 だから、王の判断をする。
 国の平和と安寧のために存在する王として。
 
 サイラスは夢見の術を使った。
 とても危険な魔術であることは、ユージーン自身が知っている。
 自分の目的のため、利のために動くのは悪いことではない。
 とはいえ、なにをしてもかまわない、というわけではないのだ。
 
 とくに、魔術は常に危険を伴う。
 魔術師たちが、各々おのおのに勝手をし始めたら、国が乱れるのはわかりきっている。
 だからこその、契約だった。
 縛ることで、国の乱れを防ぎ、かつ、魔術師を防衛のすべとしている。
 王族や王宮が、魔術師を利用している、とも言えた。
 が、魔術師も、そこで一定の利を得ているのだ。
 
 衣食住の保障や給金など、いわば普通の「使用人」と変わらない。
 違うのは、魔力顕現けんげんすると、王宮に否応なく連れて来られるということだ。
 が、それは、魔力暴走の被害を出さないためだった。
 生涯、王宮に閉じ込めたりはしない。
 王宮を辞することは、許されている。
 縛られるのを良しとしないのなら、王宮を辞するとの選択もできるのだ。
 単純に、王族や王宮の都合の良いように魔術師を使っているのではない。
 もちろん、契約で縛らずにいられるほうが良いのだろうけれども。
 
(俺の先祖は、正しい選択をした)
 
 己の利でもって魔術を振り回す者が、必ず出てくる。
 そう読んでいたのだろう。
 そして、実際に現れた。
 サイラスは、利のために危険な魔術でも平気で使う。
 自分の頭で考えるようになって気づいた。
 
 したいことと、できることは違う。
 できることと、すべきことも違う。
 
 もしレティシアに会わず、恋をすることがなければ、わからずにいただろう。
 考えることを人任せにして、なんの疑問もなく即位していた。
 そして、サイラスに、最も危険な力を与えていたはずだ。
 もしかすると、最悪な国王として、後世に名を刻んでいたかもしれない。
 
 国の平和と安寧のために、国王は存在する。
 
 ユージーンは王として、サイラスを魔術師長にすることはできなかった。
 サイラスが国を乱す者だからだ。
 国の平和と安寧を壊す者だと、わかっている。
 ユージーンが即位すると、自動的にサイラスは、魔術師長になってしまう。
 阻むには、王位の座から降りるしかない。
 
 ユージーンは王なのだ。
 どこまでも王であろうとする。
 
 そのように、サイラスに育てられたから。
 
 ユージーンは、サイラスに近づいた。
 今度は、自分からサイラスの手を握りたかったのだ。
 が、伸ばした手が振りはらわれる。
 
「サイラス……俺は、今まで通り、お前に、俺のそばにいてほしいのだ」
「魔術を失った私には、なんの価値もありませんよ」
「そのようなことはない。お前は、考えるのが得意だ。お前には、知恵がある。知識がある。魔術など使えずともよいではないか」
 
 顔を上げようとしないサイラスに、胸が痛くなった。
 サイラスの魔術で、ユージーンは何度も助けられている。
 その恩恵を被っておきながら、その力をサイラスから取り上げるのだ。
 
(やりたくないことと、すべきこともまた……違うのだな)
 
 できるなら、サイラスを魔術師長にしてやりたかった。
 サイラスの望みを、ひとつくらいは叶えてやりたかった。
 
 『サイラスは、一緒にいてくれるのか?』
 『殿下が即位され、私が魔術師長になれば、ずっと一緒にいられますよ』
 
 サイラスが隣にいないなど、ユージーンは考えられずにいる。
 魔術師長でなくとも、魔力などなくとも、サイラスはサイラスだ。
 ユージーンにとっては、何も変わらない。
 いつも自分の手を握ってくれたサイラスだった。
 
 『あなたにも、ちゃんと大事な人いるじゃん』
 
 レティシアに、そう言われている。
 確かに、ユージーンにとって、サイラスは「大事な人」だ。
 こうなってみて、強く感じていた。
 サイラスを失いたくないと。
 
「殿下は、なにもわかっておられないようですね」
 
 サイラスが、顔を上げる。
 口元に笑みはない。
 代わりに、瞳が冷たく暗く光っていた。
 
「わかっている」
 
 だからこそ、サイラスに「魔力」を諦めてほしいのだ。
 このまま突き進めばどうなるか。
 ユージーンは、サイラス以上に、知っている。
 実際に、ふれたからだった。
 
 大公は、サイラスを殺す。
 
 救える可能性は低いかもしれない。
 すでに大公は決めているのだ。
 決定をくつがえすのは、どれほど難しいか。
 それでも、可能性があるとすれば、これしかなかった。
 
 サイラスが「ただの人」となること。
 
 サイラスの望みを叶えてやることはできない。
 が、命を救うための手立ては残されている。
 ユージーンは、サイラスを救いたかった。
 これまで通り、サイラスに頼ったり、助けられたりする暮らしを続けていきたいと思っている。
 
 サイラスの目的が何かを、ユージーンは知らなかったから。
 
 サイラスの口に笑みが浮かぶ。
 嘲笑だった。
 まとう空気が変わっている。
 
「いいえ。殿下は、なにもわかっておられませんよ」
 
 声も、冷たく蔑みの色が滲んでいた。
 ユージーンの知る、どんな表情とも違っている。
 サイラスの内側にしかなかったものなのだろう。
 ずっと隠してきたに違いない。
 
「私が手にしたかったのは、地位ではありません。力です。大公様と戦うための力が、私は欲しかったのです」
「なにを馬鹿な……」
「なぜです? 魔術師長は、国王から、その魔力を一身に与えられるでしょう? その力は、大公にも匹敵するではありませんか」
 
 ユージーンは、サイラスが大公に殺されずにすむ方法を考えていた。
 が、サイラスは、自身の命を救いたがっていない。
 
「大公とやり合って、勝てるはずがなかろう」
 
 大公の脅威にさらされてみれば、わかることだ。
 人というちっぽけな存在が、自然に勝てるはずがなかった。
 
 その大きさ、恐ろしさ、そして、理不尽さ。
 
 しかも、大公は意思を持って、力を振るう。
 魔術師であればこそ、抗うすべがないと、サイラスは知っているだろうに。
 
「殿下は、ご存知かと思っておりましたが。私は、勝算のないことはいたしません。それに……」
 
 サイラスが、穏やかに微笑む。
 見慣れた、ユージーンをなだめる時の笑みだ。
 けれど、ユージーンは察している。
 サイラスが、最後の機会を捨て去ろうとしていることに。
 
「私は国王ではありませんから。国の平和と安寧のための存在でもありません」
 
 ざぁっと、サイラスの周りの空気が吹き上がる。
 真っ黒な渦が、サイラスを取り囲んでいた。
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