理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
244 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

嫌とか嫌ではないだとか 4

しおりを挟む
 彼は、部屋に戻り、扉を閉める。
 イスに座ったとたん、ジークが姿を現した。
 ずっと近くにいたのは知っている。
 
「どうしちまったんだよ?」
「なにがだい?」
 
 ジークの目が、スッと細められた。
 少しだけ気に食わないことがある時の目だ。
 
「本気で、あいつにあずけんの?」
「彼に、1度くらい機会を与えてもいいかと思ってね」
 
 ジークの目が、いつもの調子に戻る。
 両腕を頭の後ろで組み、膝を交差させていた。
 
「あの偽金髪野郎の屋敷だろ? 危なくねーのかよ」
「夜会には、貴族が大勢、集まっているからね。むしろ最も安全だよ。さすがに、自分の屋敷で事を起こすほど愚かではないさ」
 
 彼は、少し体を傾け、頬杖をつく。
 そして、口元を、ゆるく横に引いた。
 
「そうだよ。気に食わねえ。あいつが、アンタの孫娘のエスコート役ってのがサ」
「ジークは、彼が嫌いかい?」
「オレは人が嫌いなんだ。あいつだけじゃねーよ」
「そうだね。それは知っている」
 
 レティシアは、彼の孫娘であり、宝だ。
 ジークにとっても「どうでもよくない」存在になっていると、わかっていた。
 そのため、彼以外の者が、レティシアの横にいるのが気に入らないのだ。
 
「私は、レティには、選択肢があるべきだと考えているのさ」
「選択肢って?」
「屋敷に閉じ込もっていれば安全だし、私は、できればそうしていてほしいくらいなのだよ、ジーク」
 
 けれど、レティシアは16歳だ。
 自分の意思で決められる歳になっている。
 
 屋敷にいれば危険は少ない。
 守ってもやれるだろう。
 だとしても、選択肢を渡さないのは、レティシアのためにならない。
 選ぶ権利だけあっても、選択肢がないのでは、選びようがないからだ。
 
「少しずつ、外の世界に、出て行かなければね」
 
 そして、エスコート役が、いつも彼であっては、意味がなかった。
 隣にいるのが彼でないことに、レティシアが慣れることができなくなる。
 いきなりではないにしろ、少しずつ手を離していく必要はあった。
 いずれレティシアは、彼ではない誰かと恋をすることになるのだから。
 
「まぁね。わかってんだけどね」
 
 彼やジークと、レティシアは違う。
 誰にも受け入れてもらえない存在ではないのだ。
 レティシアは、彼を受け入れてくれているが、いつまでも、そこにとどまるべきではない。
 彼女に相応しい相手は、明るい陽射しの中にこそいる。
 闇の色しか持たない自分たちとは違うのだ。
 
「あいつ、大丈夫かな」
「彼の剣の腕は、信用できる」
「魔術師相手には、からきしじゃねーか」
「その時は、私が出るよ。放ったらかしにする気はないさ」
 
 レティシアが、彼の手から離れたとしても、守り続けるつもりでいた。
 ただ、ちょっと距離が離れるだけのことで、彼の基準は変わらない。
 彼女の幸せを脅かす者を、許すつもりはないのだ。
 
「アンタの孫娘は、どーなんだよ?」
「それは、私にもわからない」
 
 レティシアが、ユージーンをどう思っているか。
 これから、どう思うようになるのか。
 彼としても、ユージーンと無理に結び付けようなどとは考えていない。
 レティシアがユージーンを選ぶのであれば認める。
 それだけのことだった。
 
「夜会で、別の誰かと、偶然、恋に落ちるかもしれないだろう?」
 
 口調は軽いが、けして軽口ではない。
 そうした偶然は、あり得ない話ではないのだ。
 
 明らかに、レティシアを傷つけるような相手でない限り、口を挟まずに見守る。
 それが、自らの役割だと、彼は思っていた。
 危険を排することだけが、守ることではない。
 やりかたを変えなければ、同じ過ちを繰り返してしまう。
 
(私がレティを守れば守るほど、あのを傷つけることにもなる)
 
 いくつものレティシアの顔を思い出した。
 彼を必死で受け入れようと、置いて行かれまいと、すがってくる姿。
 
 『……お祖父さま、どこにも行かないでね……』
 『私の、一生に一度のお願いを叶えてくれたんだって、わかってるよ』
 『帰さないでね、お祖父さま! 私、ずっと、ここにいたいから! お祖父さまと一緒にいるから!』
 『私は、お祖父さまが……なにをしたって、絶対に、嫌いになったりしない』
 
 いつも、いつだって。
 レティシアは、人ならざる者の彼に、寄り添おうとする。
 
(十分なのだよ、私の愛しい孫娘……それだけで、私は、とても幸せだ)
 
 いつまでも、孫様に甘えることはできない。
 受け入れてもらえるからといって、レティシアに愛情を注がせ続けるなど、我儘に過ぎる。
 
(お前の愛情に縋っているのは、私のほうだったね)
 
 ザックでもあるまいし。
 いつまでも孫離れできない祖父なんて、笑えない。
 
 自分がこんなふうだから、息子にも勘違いさせてしまったのだろう。
 十年も離れていたからかもしれない。
 突然の至福に浸り過ぎていた。
 
「血って、そんなに重要?」
「時にはね」
「あいつ、弟はいいけど、自分は駄目なんだってサ」
 
 ユージーンは、与える者としての役割を担っている。
 その責任の重さも感じているに違いない。
 力の持つ意味自体は違っても、血にこだわらずにいられないのは同じだ。
 
「途絶えさせらんねーとか言ってたな」
「国の繁栄に関わることともなれば、無視できないさ」
 
 王太子を降りようが、地位を捨てようが、ユージーンは「王」だった。
 どこまでも王としての判断をする。
 ユージーンの持つ血と、そして彼の個性が、そうさせるのだ。
 
「彼は、本当に王族だねえ」
「そーいうもんらしいぜ?」
 
 彼は、小さく笑う。
 ユージーンは、彼にないものを持っていて、それが少し羨ましかった。
 
 同じように血にこだわりながらも、ユージーンは「人」でいられる。
 かなり面倒で厄介ではあるが、人として大事なものは捨てていない。
 むしろ、それをかかえこみ続けているから、面倒で厄介な人物となっている。
 
「彼は人として成長している。伸びしろもあるようだ」
「嫌なコト言うなよ。面倒くさいだろ」
「言う通りだね。面倒この上もないよ」
 
 ジークが、急に真顔になった。
 腕をほどき、その両手を腰にあてる。
 それから、軽く肩をすくめた。
 
「アンタは、本当にろくでもねーな」
「言ってくれるね。ジークも、変わりやしないだろう?」
「そーだよ。オレだって禄でもねーよ」
 
 頬杖をやめ、彼も肩をすくめてみせる。
 やるべきことは決まっていた。
 
「つきあってくれるかい?」
「しょうがねーから、つきあってやるサ。今まで通り」
 
 聞くまでもないことだったが、あえて聞いている。
 ジークも「つきあい」で、答えたに過ぎない。
 今までになく感傷的になっている気がした。
 
「最後になりゃいいんだけどな」
 
 レティシアのためにも、そうであってほしい。
 自分が手を汚すのは、いっこうかまわないが、そのことでレティシアを傷つけるのは本意ではないのだ。
 さりとて、判断を誤りたくもなかった。
 明らかな危険に対しては、だけれども。
 
「正直なのがいい、ってわけじゃねーだろ?」
「不誠実ではあるがね」
 
 レティシアをユージーンにあずける理由が、もうひとつある。
 今回は、黙って事を運ぶ予定にしていた。
 
 レイモンド・ウィリュアートンには「遠く」に行ってもらうのだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...