理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

恋かどうかがわかりません 4

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 街の手前で馬車を降り、徒歩で街まで来ていた。
 ユージーン「念願」の、2人きり。
 だが、どうにも落ち着かない。
 夜会の日より、そわそわしている。
 
 夜会では、2人きりだったのは、馬車の中だけだ。
 それだって、御者のヒューがいたのだから、厳密には2人きりではない。
 今日は、完全に2人きり。
 ジークの気配も感じられなかった。
 
(まずは……レティシアの意思を確認せねばならんのだったか)
 
 大公からも、グレイからも言われている。
 ここは、なんとしてもレティシアを「甘やかす」のだ。
 
「ど、どこか行きたい場所はあるか?」
「行きたいところかぁ。私、街って、よく知らないんだよね」
 
 そうだった、と思う。
 レティシアは、屋敷の外には、ほとんど出ない。
 街に出たのも、1度きり。
 グレイも「レティシアは街に詳しくない」と言っていたではないか。
 
「てゆーかさ」
 
 レティシアが、ユージーンを見上げてくる。
 この上目遣いに、ユージーンは弱かった。
 もうどうしようもなく、心臓が、ドキドキする。
 しかし、道っ端で、ぎゅうっとするわけにはいかない。
 大公は、平気でそういうこともするが、自分には、その権利はないのだ。
 今のところ。
 
「ユージーンの服、買いに行こうよ」
「俺の服? なぜだ?」
「今日のそれ、グレイに借りたんじゃないの?」
「そうだが」
 
 レティシアが、小さく笑う。
 些細な仕草や笑顔でさえ、とても愛らしかった。
 さりとて、見惚みとれている場合ではない。
 レティシアの言葉に耳を傾けることも重要なのだ。
 
「いつまでも、借りてるわけにはいかないじゃん? ちゃんと自分の服を持ってたほうがいいよ」
「そうか」
 
 本当は、レティシアに、何か買おうと思っていた。
 グレイ曰く「贈り物はしたほうがいい」らしい。
 レティシアの気に入るものがあれば、支払いは自分がする。
 そのために、グレイをつきあわせ、どの程度の買い物ができるのか、算段をしていた。
 
 王太子の頃とは違い、給金から賄わなければならないのだ。
 しかも、あれこれと差っ引かれている。
 2ヶ月分とはいえ、大金の持ち合わせはない。
 
 最悪なのは「支払うと言っておいて支払えないこと」だと聞いてもいる。
 支払う段階で「金がない」なんていうことになるのは、とても情けないことなのだそうだ。
 だから、ユージーンは、数字の上では、どのくらい自分が金を持っているのかを頭に入れている。
 
「元々、そーいう話になってたでしょ?」
「そうであったな。ただ、俺は民服には、あまり詳しくないのだ」
「いいんだよ。見てから、決めるんだからさ」
 
 買い物に関して、レティシアは、それなりに知識があるらしい。
 街に出たことがない割りに、詳しそうだった。
 きっと事前情報を入手してから出てきたのだろう。
 
(まぁ、よい。主導権は、女に任せたほうがよいと、グレイが言っていたしな)
 
 自分が先に立つことに慣れているので、いまいちしっくりこないのだが、それはともかく。
 
「でも、洋服屋さんて、どこにあるんだろ?」
「それならば、俺が知っている」
「知ってるんだ?」
「街の地図は、頭に入っているのでな」
 
 王都は、サハシーとは違う。
 あとから知ったのだが、サハシーでは、年中、街の構造を変えているのだ。
 そのせいで、頭の地図と現実とが食い違い、迷いまくるはめになった。
 が、王都は城塞の街であり、構造は、ほとんど変わらない。
 変える際には、王宮への届け出も必要とされている。
 だから、王都については、なんの心配もいらなかった。
 
「服を売っている店は、市場にいくつかと、道沿いにいくつかの店がある」
「市場のほうが安いかな?」
「おそらく、安かろう。店を構えているのは、比較的、高級店で、貴族の出入りもあるようだ」
「なら、市場のほうだね」
 
 ユージーンは、レティシアにうなずいてみせる。
 行き先は決まった。
 あとは。
 
「レティシア」
「なに?」
 
 また上目遣いだ。
 レティシアのほうが小柄なのだから、必然的に、そうなる。
 が、しかし、まともに目を合わせられない。
 2人きりでなければ、こうはならないのだが、ユージーンは「2人きり」を意識しまくっていた。
 視線を、わずかに逸らせつつ、言う。
 
「お前は、街に詳しくないのだろ?」
「1回しか来たことないからね」
「で、では……ま、迷子になるやもしれぬし……手をつないでは、どうか?」
 
 ちらっと、レティシアに視線を戻す。
 レティシアが、首をかしげ、まばたき数回。
 
「それも、そうだね。こんな広いトコで迷子になったら、馬車のトコまでだって、帰れないよ、私」
「で、あろう」
 
 ユージーンは、本当に、そうっと手を差し出した。
 その手を、レティシアが握る。
 どうやら心の傷は癒えたようだ。
 繋がれた手に、いよいよ心拍数がおかしなことになってくる。
 
(く、苦しい……これは、どうしたことだ……このような時に……)
 
 倒れるわけにはいかない。
 たとえ倒れるにしても、屋敷に帰ってからだ。
 ユージーンは、まるで今際いまわきわのようなことを考える。
 
「では、まいろうか」
 
 レティシアの歩く速度に合わせて、歩いた。
 大公の「半歩」が効いている。
 もとよりユージーンは、ゆったり歩く癖もあったし。
 
「お前は、欲しいものはないのか?」
「うーん……今のところは、ないかなぁ。服もあるし、靴もあるしね。まだ読めてない本だって、書庫に山ほどあるもんね」
 
 そういえば、と気づいた。
 レティシアの身につけている装飾品は、あのネックレスくらいだ。
 ユージーンの知る貴族令嬢は、あれこれと宝石を身につけている。
 
「宝飾品を、お前は、身につけておらんが」
「あ~……貴族のご令嬢って、普通は、身につけてるんだろうけど……私は、興味ないんだよ」
「好まぬ、ということか?」
「どっちかと言うとね。だって、邪魔じゃん? 落とすのも怖いしさ」
 
 ユージーンは、ふっと笑った。
 邪魔、というのが、レティシアらしく感じられたからだ。
 
「なんで笑うんだよ」
「いや、お前らしいと思ってな」
「きらびやかさに欠けてるって、言いたいんでしょ?」
「そうではない。お前は、そのままで、十分、愛らしいということだ」
 
 しーん。
 
 返事がないことに不安になり、レティシアに視線を向ける。
 レティシアの頬が、ほんのりと赤くなっていた。
 夜会に出かける直前と同じだ。
 
(そうか……照れておるのか……大公に言われ慣れていると思っていたが……)
 
 なんだか、気持ちが晴れやかになってくる。
 ユージーンの口元に笑みが浮かんでいた。
 
「お前でも、恥じらうことがあるのだな」
「あ、あるよ!」
「俺が、ウサギであれば、恥じらわんのだろ?」
「もう正体わかったから、ムリ!」
 
 ユージーンは、声をあげて笑う。
 こんなふうに笑うのは、初めてだった。
 レティシアといると、見える景色が違うような気がする。
 目に映るものも、空気も、明るく爽やかで、とても心地の良いものだった。
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