理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
288 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

信頼を胸に 4

しおりを挟む
 大公は、恐ろしい。
 が、今は、少しも恐ろしくない。
 
「おい……大公様は、剣の腕も、私より、ずっと上なんだぞ」
「お前とは、剣のみで試合えば、一瞬で決着がついている」
 
 グレイが、ムッとした顔をする。
 が、本当のことだ。
 ただ、魔術師との戦いを想定しておきたかったので、あえて、グレイには、必ず魔術を使うようにと言ってあった。
 
 それも、ユージーンは、徐々に、かわせるようになってきている。
 魔術の発動には、動作が必要だからだ。
 見切ってしまえばけられると、悟った。
 
「せいぜい大公様に叩きのめされて来い」
「そのような無様はさらさぬさ」
 
 グレイが離れていく。
 ユージーンは、大公と向き合った。
 剣をかまえる。
 
「本当に、魔術は使わんのか?」
「きみこそ、余計な世話を焼くものではないよ」
 
 大公は、いつも通りに見えた。
 ゆったりと、そして、飄々としている。
 なにを考えているのかわからないような表情を浮かべていた。
 
「俺は、勝負に手加減はせぬぞ?」
「ああ、かまわないさ。好きにするがいい」
 
 微妙に、言葉に棘がある。
 少なくとも、ユージーンは、そう感じた。
 
「では、好きにするとしよう」
 
 一気に、踏み込む。
 ユージーンは、近距離を得意とするからだ。
 
 武術の技を使わない、とは言っていない。
 勝つためなら、なんでも使う。
 手加減をしない、との前置きは、そういう意味もあった。
 
 大公にも、わかっているのだろう。
 レイピアの先で、ユージーンの攻撃を軽く弾き、後ろに下がる。
 距離を取って戦うつもりだ。
 
「逃げ腰ではないか、大公」
「そのような挑発に乗るほど、私が、若輩だと思うかい?」
 
 剣を上に下にと動かしては、手前に引く。
 大公からの攻撃を誘導するためだが、さすがに、引っ掛からない。
 もちろん、どこかで仕掛けてはくるはずだ。
 攻撃しなければ勝ちもないのだし。
 
「そうやって、逃げておれば、楽であろうな」
 
 ぴくっと、大公の片眉が吊り上がる。
 皮肉屋の大公に、皮肉が通じたらしい。
 
 普通に歩いている時とは違い、ユージーンは、素早く動く。
 横に移動しながら、大公へと繰り返し、剣を突き出した。
 いずれも、簡単に受け流される。
 
 そもそもユージーンの感じる「隙」は、大公が、わざと見せているものだ。
 気づかないほど「素人」ではない。
 とはいえ、大公の練度が高いので、つい誤認させられてしまう。
 
「己の心に、気づいているのではないか」
「なにを言っているのか、わからないね」
「俺は、大公の心を、知っている」
 
 カチンッと剣が、変なほうに逸れた。
 が、かまわず突っ込む。
 つばに近い部分で、大公の剣を受け止め、押し込んだ。
 
「あれには、会わんのか」
「会わない」
 
 近づいた距離に、大公の顔が、はっきりと見える。
 さっきまでとは、明らかに変わっていた。
 おそらく苛立っている。
 
「それはよい。大公がおらねば……」
 
 ユージーンは、大公に、傲然とした笑みをぶつけた。
 
あれレティシアを、俺のものにできる」
 
 ざあっと、空気が変わる。
 大公の瞳が、冷たく凍えていた。
 見えたのは、ほんの一瞬。
 
 ガツッ!!
 
 うっかり、レイピアを取り落としそうになる。
 必死で握りこんだ。
 レイピアを握った手が、じんじんと痺れていた。

 大公は、体をスッと後ろに逸らせ、その瞬間にユージーンの剣をさばいたのだ。
 その上で、ユージーンのレイピアを握る手を、己の剣のつかで殴りつけた。
 
「気に食わない顔で笑うからさ」
「存外、若輩ではないか」

 レイピアには、ロングソードと違い、指を守るための護拳がついている。
 複雑な曲線を描いた格子状になっており、握りかたも複雑。
 その分、手は、がっちりと守られていた。
、普通、そんな場所は殴らない。
 弾かれるとわかっているため、無駄だからだ。

「その程度で、きみは、レティを守れるのかい?」
「だから、鍛錬しておるのだろうが」
 
 今は、大公に敵わないだろう。
 剣の腕も、女性の扱いも。
 
「俺は、大公のように、諦めたりはせぬのだ!」
 
 言い放ち、ユージーンは、後先を見ず、突っかける。
 手が痺れていて、剣は、持っているだけで精一杯といったところだ。
 それでも、剣を振るう。
 金属音が、辺りに響いていた。
 腕が重く感じられる。
 
「俺の好いた女を、泣かせおって!」
 
 大公が、ハッとした顔をした。
 ごくわずか受け手が遅れている。
 見せかけの「隙」ではなかった。
 
 ユージーンは腰を落とし、回転させた自分の足で、大公の足をはらう。
 ぐらっと、大公が体を揺らがせた。
 勝負をかけにいく。
 
 そのユージーンの前で、ひらっと体を回転させ、大公は後方に飛んでいた。
 きれいに、両足で着地する。
 ユージーンは顔をしかめ、立ち上がった。
 
「きみは、なかなかの戦術家だ」
「誰に育てられたと思っている」
「ああ、確かにね」
 
 お互いに、少し距離を取っている。
 が、剣は、かまえたままだ。
 
 サイラスは、目的を達成するための手立てを考える「戦略家」だった。
 対して、ユージーンは、それを実行する「戦術家」の役目を担っていた。
 もちろん、サイラスが、どちらも行っていたことのほうが多かったけれど。
 
「目的を達成するためなら、手段は選ばない。悪いことではないね」
「俺も、そう思っている」
 
 再び、剣を交えようと、ユージーンが足を踏み出した時だ。
 大公が、完全に、ユージーンから視線を外した。
 その視線の先を、ユージーンも追う。
 
(レティシアの、部屋か……?)
 
 ここからでは、レティシアの部屋は、見えない。
 方角的に、そうではないかと、思っただけだ。
 
 からん。
 
 音に、視線を戻す。
 そこに、大公の姿はなかった。
 レイピアが転がっている。
 転移したらしい。
 
(剣をしまうのも惜しむほど、急いでいたのか)
 
 となれば、どこに転移したかは、予想がついた。
 ユージーンの、ちゃちな挑発にさえ、乗ってくるほどだ。
 レティシアのこと以外で、大公が、それほど急ぐことなど考えつかない。
 
「勝負を捨てるとは……騎士の風上にも置けぬ……」
 
 レティシアに、なにかあったのかもしれない、とは思う。
 けれど、追うことはしなかった。
 
 大公にできないことなど、ほとんどないのだから。
 
 大きく息を吐き出したあと、ユージーンは、剣を握り締める。
 そして、ザカリーとグレイに、声をかけた。
 
「ザカリー、治癒だ! サリーの手を離して、こっちに来い、グレイ!!」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...