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後編
素朴さに忍耐に 2
しおりを挟む「な、ナタリー……私、変じゃないかな……」
「いいえ、大変、似合っておられます」
ファニーは、かなり戸惑っている。
伯爵の手を取り、ドアを抜けると大きな広間だった。
室内に驚いている間もなく、着替えをすることになったのだ。
伯爵も、隣の部屋で着替え中。
「そうかなぁ……」
正直、まったく自信がない。
何度、鏡を見ても、見慣れない自分が映っている。
室内にズラズラっと並んでいたメイドらしき女性たちを、ナタリーは、全員、部屋から出してしまった。
失礼にならないかと心配になったが、ナタリーが「大丈夫」だと断言していたので、大丈夫なのだろう。
(あんなに大勢で囲まれても困るしね)
おそらく着替えの「手伝い」をする人たちだったのではなかろうか。
だが、自分の着替えなんて大勢に手伝ってもらうようなものではない。
もとよりファニーは、自分で着替えていた。
ナタリーが手伝ってくれるようになったので、甘えているだけだ。
ただし、この「服」は自分で着られるとは思えない。
ナタリーの手さばきに感嘆の声をあげたくらい、変わっている。
「これがゼビロスの衣装? 普段着?」
「普段着に近い服を選ばせていただきました。正装は意外とかさばりますし、この時期ですと暑いかと存じまして」
「そうだね。似合ってるかは置いといて、この生地は気に入ったよ」
薄くて肌触りはいいのだが、シルクとは違う気がする。
薄青い生地には光沢があり、なめらかでツルツルしていた。
そして、どこか懐かしさを覚える、優しい雰囲気がある。
「服っていうか、やっぱり生地って感じ」
ファニーは、生地もとい服の裾をつまんで、少し持ち上げてみた。
軽くて、ふわふわしている。
この生地を左肩から斜めに掛け、体に巻き付けて、脇から腰、膝の辺りまでを留め具らしきもので留めて出来上がり。
流れを説明すれば簡単そうに思えるが、体に沿うように巻くのは難しいはずだ。
一応、ファニーの体にも「曲線」はあるので。
そして、右肩から右肘にかけて、装飾品がつけられている。
左も腕から肘に同じ装飾品がついていた。
織り込まれた銀糸の間で、たくさんの小さな玉が光っている。
(これって……ガラス、だよね? 宝石じゃない、よね?)
ガラスであってほしいと思うがゆえに、怖くてナタリーには訊けなかった。
仮に、ガラスでも高級品であることに変わりはない。
だが、宝石よりはまだ「弁償」できる範囲だと、気持ちを落ち着かせられる。
(でも、これがないと……みっともなくて、伯爵様の隣に立てない……)
ファニーは、通常、外で働いていた。
最近は、シャツを肘の上までまくっていることも多い。
そのため、装飾品がついている辺りだけが日焼けしていなかった。
リセリア人の肌は白く、日焼けしている場所との色差が出ている。
「伯爵様も、お召替えが終わられたようにございます」
長く勤めているからなのか、ナタリーは伯爵の行動に敏感だ。
ファニーは、まったく気づいていなくても、先んじて教えてくれる。
カチャリとドアが開いて、伯爵が入って来た。
家でも、どこでもだが、ファニーはノックがないことを気にしたりはしない。
羞恥心がないわけではなく、伯爵を警戒する考えが頭にないのだ。
「こちらの衣装も、よく似合っていますよ、ファニー」
「は、伯爵様のほうが……似合ってます」
淡いクリーム色の生地を、ファニーと同じように肩から斜め掛け。
だが、体に沿うようにはなっておらず、ゆったりと巻きつけられている。
その代わりなのか、金と黒の糸で汲み上げられた紐で腰を結んでいた。
ダークブルーの長い髪も同じ紐でひと括りにして、肩から前へと落としている。
両腕にはめている、白くて繊細な細工の入った腕輪も似合っていた。
昔気質な貴族服も、気軽な服装も良かったけれど、ゼビロスの衣装もいい。
結局、「なんでも似合う」と言った自分の言葉は間違っていなかった、と思う。
「足は痛くありませんか? 履き慣れない靴でしょう?」
「ちっとも痛くないです。っていうか、こっちのほうが楽ですね」
膝を折り曲げ、ファニーは振り返って靴底を見てみた。
分厚い割に軽い。
木の靴底に、やわらかい革が張られており、その上に足を乗せている。
足の甲と足首辺りの2箇所にある、同じく革のバンドで固定。
リセリアで履いていた、すっぼり足をはめるタイプの靴とは、全然、違っていた。
ゼビロスとは交流も交易もないのでリセリアにあるはずもなく、初めて見る。
夏場は、このほうが涼しくていいかもしれない。
もっともファニーの仕事向きとは言えず、余暇のための物になるだろうけれど。
(気持ちいいけど、これで牧場に入ったら、牧草でチクチクする)
ファニーは、幼い頃から遊びも仕事と繋がっていた。
そのため、余暇であっても、完全に仕事が頭から消えることはない。
せっかくの旅行中なのに、とも思わずにいる。
それもまた、ファニーにとっては自然なことだからだ。
さりとて。
伯爵の姿には、どきどきする。
この時だけは仕事のことを忘れていると言えた。
頭の中が、伯爵でいっぱいになっている。
「伯爵様は、本当になんでも似合いますね! すごく恰好いいです!」
貴族式を知らないファニーは、思ったことを、そのまま口にした。
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