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郁哉
居心地の良い関係。
「それ、完全に遊星って奴のこと好きじゃん」
僕の長い長い話を聞いた智充が呆れた声を出す。
「やっぱり?」
「本当は自分でも気付いてたんだろ?」
飲み干した麦茶が温かったのか、顔を顰めて冷蔵庫から麦茶を出してくる。話しながら飲み干してしまったらしい僕のコップに注がれた麦茶は、冷たくて美味しかった。
「どうせ僕はいなくなるし」
「遊星クンも報われないね」
そう言って苦笑いしたけれど、「好きって自覚してて離れるのも辛いけどな」と言葉を続ける。
「でも現実問題、遠距離は無理だよね。
僕は向こうに帰る気ないし、だからってこっちに来てもらうのも違うし。
お互いに好きかもって思ってても仕方のないこともあるんだよね」
「俺は一方通行だったけどね。
って言うより、告白もできずに逃げてきたんだけどね」
「告白もできずに逃げたのは僕も一緒だよ?
はっきり決着つけなかったし」
「それは別に、郁哉は悪くないんじゃない?」
智充は優しい。
「智充の好きな人はどんな人だったの?」
外見的には真面目そうに見える智充は自分のことをゲイだと言ったけれど、〈どちら〉なのかを感じさせることはない。僕みたいに小さくていつまで経っても〈男性〉として見られないタイプならお察しだけど、智充は華奢なわけでもないし、柔らかな雰囲気があるわけでもない。
僕の性的嗜好に気付いたみたいだけど、何かアクションを起こされた覚えもない。
だから余計に智充の好きな人のことが気になったんだ。
「別に、普通の奴だよ。
昔から空手やってて強いんだけど、ぱっと見強そうには見えないし」
「強そうに見えないって、小さいとか?」
「背は俺より高いよ。
体型は筋肉バッキバキとかじゃなくて、でも腹筋割れてた」
「そういうの、好きなの?」
「別にそうじゃない。
自分が強くなれなかったから憧れ?」
顔を真っ赤にして否定した智充は自分も空手をやっていたのだと教えてくれる。
幼馴染で空手もずっと一緒にやってきたけれど、基本的な強さが全く違うことを見せつけられて諦めたのだと笑う。
「中学ではそれぞれ別の部活に入って、だけど仲は良いままで。
郁哉じゃないけど時間が合えば一緒に登校してたし、高校は違ったけど週末に一緒に遊んだりもしてたし。
彼女がいる時は週末に会えなかったけどね」
そう言って笑う。
自分の好きな人の隣は自分のものじゃないと自覚するのは案外キツイものだ。
「週末に誘われると『別れたんだ』って安心するんだ。
誘われなくなると『彼女できたんだ』って落ち込む。
いつもそれの繰り返し」
僕には経験のないことだけど、なんとなくわかる気がした。
遊星が晴翔といると思うと面白くなかったけど、自分とメッセージを交わしている時は安心できた。今、遊星を独占しているのは自分だって。
「それで、なんで?
好きって言ったの?」
「言ってないよ。
ただ、女の子は恋愛対象じゃないって言っちゃって距離ができた」
「それだけ?」
「それだけ」
「だけど何も言われないまま距離ができたのが辛くて、このままフェイドアウトするくらいなら自分から離れようって」
何も言わないまま離れた智充と、何も言われないまま離れた僕と、どちらが辛かったのかなんて比べようはないけれど、住みなれた場所から離れるほど辛かったのはどちらも同じだ。
「連絡とか無いの?」
「ブロックしたから知らない」
「電話は?」
「着拒?」
「そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「連絡来ないのはブロックと着拒のせいだって思えるだろ?」
そう言った智充の表情は淋しそうだった。僕と違い連絡先を変えたわけじゃないのだから連絡する方法なんて考えればいくつもあるのに、それなのに連絡がないのはそういうことなのかもしれない。だけどブロックと着拒の事実があれば連絡がないのではなくて、連絡ができないのだと思うことができるのだろう。
「彼以外に好きになれる人、いなかったの?」
「また拒絶されたら怖いし。
相手が確実に同じような性癖だって分かれば考えられるかな?」
「僕は?」
「多分、郁哉と俺は同じ」
「そうなんだ」
僕が同じような性癖だと分かっているのに今日まで何も言わなかったのだから好みではないのだろうと思いはしたけれど、智充も僕と同じで受身だったようだ。
「世の中上手くいかないね。
智充のこと嫌いじゃないのに」
「そこは好きでよくない?
俺も郁哉のことは好きだけど、恋愛感情は無いし、したいとも思わない」
「そこはお互いにだし。
ゲイだからって全ての同性が恋愛対象じゃ無いのにね」
「そうなんだけどね」
仕方がないことだとしても智充のような経験があると臆病になってしまうのだろう。だから今日まで言えなかった性癖を告げた智充は、少しだけすっきりした顔に見えた。
「好み、被らないといいね」
「郁哉と同じ人好きになったら勝ち目無くない?」
「何で?
人の好みなんてそれぞれだよ?
遊星のことが好きだった僕と晴翔は全く逆の立場だし」
「好きって認めるんだ」
「好きな人から逃げた者同士、仲良くするのも悪くないんじゃない?
友達として」
僕の言葉に智充は「そうだな」と笑ってくれた。
自分1人で抱え込んできた物が少しだけ楽になったのなら嬉しいのにな、そんなふうに思ったのは僕の方が恋愛の経験値が高いから。
智充が好きになれる人ができた時には全力で応援しようと決めたんだ。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
智充の話を聞いたあの日からも僕たちの関係は全く変わらなかった。
お互いに友人として仲良くしているもののやっぱりお互いを恋愛対象として見ることはなくて、仲の良い友人のまま毎日は過ぎていく。
生徒数の少なくない学校だったけど同じような性癖な人と知り合うこともなく、お互いに異性から告白されて断るなんてこともありつつ最終学年を迎え、就職先が決まった時には2人で祝杯をあげた。
20歳を超えてお互いの家で記憶がなくなるほど飲むこともあったけど、僕たちが一線を越えることはなかった。
居心地の良い関係。
「郁哉と離れるの、淋しいな」
「それは僕も同じだけど、決めたんでしょ?」
「うん。
親も楽しみにしてるしね」
「うちの親なんて『こっちの家に部屋はあるけどこっちに来ても仕事、無いわよ?』だって」
「まぁ………そうだよね」
智充の地元は都市部で、僕の父の地元はそれなりに田舎だからその言葉も仕方のないことだ。
「こっちに来る時は連絡してよ」
「出張とか?」
「異動とか」
「入社前から異動とか止めて」
そんなことを言って笑い合ったのは楽しい思い出。
「こんなふうに過ごせなくなるの、淋しいね」
「でも俺らが仲良くなったみたいにまた新しい出会いもあるんじゃない?」
「だと良いけど…。
彼氏できたら紹介してね?」
「郁哉も紹介しろよ?」
大切な大切な友達になった智充とは距離が離れるけれど、今度は連絡先を消したりすることはせず、この先もずっと【友達】という関係が続いていくのだろう。
「落ち着いたらリモートで飲もうな」
そう言って別れた智充とのリモート飲みが実現するのは仕事に少し慣れた、暑くなり始めた頃のこと。
それからもメッセージや電話でのやり取りはあったのに、顔を見て報告したかったなんて言って驚かされるのはそのまた先の話。
そのことを僕はまだ知らない。
僕の長い長い話を聞いた智充が呆れた声を出す。
「やっぱり?」
「本当は自分でも気付いてたんだろ?」
飲み干した麦茶が温かったのか、顔を顰めて冷蔵庫から麦茶を出してくる。話しながら飲み干してしまったらしい僕のコップに注がれた麦茶は、冷たくて美味しかった。
「どうせ僕はいなくなるし」
「遊星クンも報われないね」
そう言って苦笑いしたけれど、「好きって自覚してて離れるのも辛いけどな」と言葉を続ける。
「でも現実問題、遠距離は無理だよね。
僕は向こうに帰る気ないし、だからってこっちに来てもらうのも違うし。
お互いに好きかもって思ってても仕方のないこともあるんだよね」
「俺は一方通行だったけどね。
って言うより、告白もできずに逃げてきたんだけどね」
「告白もできずに逃げたのは僕も一緒だよ?
はっきり決着つけなかったし」
「それは別に、郁哉は悪くないんじゃない?」
智充は優しい。
「智充の好きな人はどんな人だったの?」
外見的には真面目そうに見える智充は自分のことをゲイだと言ったけれど、〈どちら〉なのかを感じさせることはない。僕みたいに小さくていつまで経っても〈男性〉として見られないタイプならお察しだけど、智充は華奢なわけでもないし、柔らかな雰囲気があるわけでもない。
僕の性的嗜好に気付いたみたいだけど、何かアクションを起こされた覚えもない。
だから余計に智充の好きな人のことが気になったんだ。
「別に、普通の奴だよ。
昔から空手やってて強いんだけど、ぱっと見強そうには見えないし」
「強そうに見えないって、小さいとか?」
「背は俺より高いよ。
体型は筋肉バッキバキとかじゃなくて、でも腹筋割れてた」
「そういうの、好きなの?」
「別にそうじゃない。
自分が強くなれなかったから憧れ?」
顔を真っ赤にして否定した智充は自分も空手をやっていたのだと教えてくれる。
幼馴染で空手もずっと一緒にやってきたけれど、基本的な強さが全く違うことを見せつけられて諦めたのだと笑う。
「中学ではそれぞれ別の部活に入って、だけど仲は良いままで。
郁哉じゃないけど時間が合えば一緒に登校してたし、高校は違ったけど週末に一緒に遊んだりもしてたし。
彼女がいる時は週末に会えなかったけどね」
そう言って笑う。
自分の好きな人の隣は自分のものじゃないと自覚するのは案外キツイものだ。
「週末に誘われると『別れたんだ』って安心するんだ。
誘われなくなると『彼女できたんだ』って落ち込む。
いつもそれの繰り返し」
僕には経験のないことだけど、なんとなくわかる気がした。
遊星が晴翔といると思うと面白くなかったけど、自分とメッセージを交わしている時は安心できた。今、遊星を独占しているのは自分だって。
「それで、なんで?
好きって言ったの?」
「言ってないよ。
ただ、女の子は恋愛対象じゃないって言っちゃって距離ができた」
「それだけ?」
「それだけ」
「だけど何も言われないまま距離ができたのが辛くて、このままフェイドアウトするくらいなら自分から離れようって」
何も言わないまま離れた智充と、何も言われないまま離れた僕と、どちらが辛かったのかなんて比べようはないけれど、住みなれた場所から離れるほど辛かったのはどちらも同じだ。
「連絡とか無いの?」
「ブロックしたから知らない」
「電話は?」
「着拒?」
「そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「連絡来ないのはブロックと着拒のせいだって思えるだろ?」
そう言った智充の表情は淋しそうだった。僕と違い連絡先を変えたわけじゃないのだから連絡する方法なんて考えればいくつもあるのに、それなのに連絡がないのはそういうことなのかもしれない。だけどブロックと着拒の事実があれば連絡がないのではなくて、連絡ができないのだと思うことができるのだろう。
「彼以外に好きになれる人、いなかったの?」
「また拒絶されたら怖いし。
相手が確実に同じような性癖だって分かれば考えられるかな?」
「僕は?」
「多分、郁哉と俺は同じ」
「そうなんだ」
僕が同じような性癖だと分かっているのに今日まで何も言わなかったのだから好みではないのだろうと思いはしたけれど、智充も僕と同じで受身だったようだ。
「世の中上手くいかないね。
智充のこと嫌いじゃないのに」
「そこは好きでよくない?
俺も郁哉のことは好きだけど、恋愛感情は無いし、したいとも思わない」
「そこはお互いにだし。
ゲイだからって全ての同性が恋愛対象じゃ無いのにね」
「そうなんだけどね」
仕方がないことだとしても智充のような経験があると臆病になってしまうのだろう。だから今日まで言えなかった性癖を告げた智充は、少しだけすっきりした顔に見えた。
「好み、被らないといいね」
「郁哉と同じ人好きになったら勝ち目無くない?」
「何で?
人の好みなんてそれぞれだよ?
遊星のことが好きだった僕と晴翔は全く逆の立場だし」
「好きって認めるんだ」
「好きな人から逃げた者同士、仲良くするのも悪くないんじゃない?
友達として」
僕の言葉に智充は「そうだな」と笑ってくれた。
自分1人で抱え込んできた物が少しだけ楽になったのなら嬉しいのにな、そんなふうに思ったのは僕の方が恋愛の経験値が高いから。
智充が好きになれる人ができた時には全力で応援しようと決めたんだ。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
智充の話を聞いたあの日からも僕たちの関係は全く変わらなかった。
お互いに友人として仲良くしているもののやっぱりお互いを恋愛対象として見ることはなくて、仲の良い友人のまま毎日は過ぎていく。
生徒数の少なくない学校だったけど同じような性癖な人と知り合うこともなく、お互いに異性から告白されて断るなんてこともありつつ最終学年を迎え、就職先が決まった時には2人で祝杯をあげた。
20歳を超えてお互いの家で記憶がなくなるほど飲むこともあったけど、僕たちが一線を越えることはなかった。
居心地の良い関係。
「郁哉と離れるの、淋しいな」
「それは僕も同じだけど、決めたんでしょ?」
「うん。
親も楽しみにしてるしね」
「うちの親なんて『こっちの家に部屋はあるけどこっちに来ても仕事、無いわよ?』だって」
「まぁ………そうだよね」
智充の地元は都市部で、僕の父の地元はそれなりに田舎だからその言葉も仕方のないことだ。
「こっちに来る時は連絡してよ」
「出張とか?」
「異動とか」
「入社前から異動とか止めて」
そんなことを言って笑い合ったのは楽しい思い出。
「こんなふうに過ごせなくなるの、淋しいね」
「でも俺らが仲良くなったみたいにまた新しい出会いもあるんじゃない?」
「だと良いけど…。
彼氏できたら紹介してね?」
「郁哉も紹介しろよ?」
大切な大切な友達になった智充とは距離が離れるけれど、今度は連絡先を消したりすることはせず、この先もずっと【友達】という関係が続いていくのだろう。
「落ち着いたらリモートで飲もうな」
そう言って別れた智充とのリモート飲みが実現するのは仕事に少し慣れた、暑くなり始めた頃のこと。
それからもメッセージや電話でのやり取りはあったのに、顔を見て報告したかったなんて言って驚かされるのはそのまた先の話。
そのことを僕はまだ知らない。
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