世界が終わる、次の日に。

佳乃

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that day

紗凪

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「ヤキモチ?」

 ボクの言葉を大輝が繰り返す。

「うん、羨ましかったのかな。
 この家にいた時が快適だったから少しだけ彼女に意地悪したかったのかも」

 大輝への気持ちを自覚したのは彼女と暮らすと告げられた時で、そのまま貴哉に言われるままに部屋を移り、流されるままに貴哉と関係を持った。

 流されるままにと言うよりも、激流に飲み込まれて抗えなかったというのが正しいのかもしれないけれど。

 あの時に貴哉に甘えずに部屋を探していれば。

 あの時に流されずに抗っていれば。

 だけど、大輝に対する想いに気付きながらどうすることもできなかったせいで抗うことを諦め、自分を満たしてくれる貴哉を選んでしまった。

 貴哉を選んでからは楽だった。
 
 写真と動画で脅されているから。
 自分にそう言い訳して貴哉に従った。隆臣の与えてくれる快楽は都合の良いもので、自分を正当化して大輝への想いを片隅に追いやる。
 ボクのことを好きでいてくれるのならそれでいいと思っていた。
 ボクに姉を重ねていても、側に居てくれるのならそれでいいと自分の中では納得していたから。

 必要とされないことが怖かった。

 姉はボクが不要だと口にはしなかったけれど、遠回しにボクが家を出るように誘導していた。

 祖父母はボクのことを可愛がってはくれたけど、姉とボクを比べれば初孫の姉の方をより可愛がっていたように思う。
 
 両親はボクが生まれたことで安心したのかボクがしたいことを好きにすればいいというスタンスで、何でも自由ににできると言えば聞こえはいいけれど、放任主義というよりは放置されていたように思う。姉で一通り経験しているから余裕があったのかもしれないけれど、色々な場面で姉よりも蔑ろにされているのではないかと思ってしまうこともあった。
 進学の時にも、受験の時にも、【姉の時はこうだったのに】と思うことが多く、同じ熱量を期待するわけではないけれど、それでも自分は期待されていないのかと落ち込んだりもした。
 今思えば幼かったボクには大事に見えただけで、実際は姉の時にもそこまでの熱量はなかったのかもしれない。
 だけどボクを家から出そうとする姉と、それを止めることなく受け入れる両親の姿にボクの存在はそんなものなのだと思ってしまった。

 家を出ることは自分で決めたことだけど、それでも「家から通えば?」と言って欲しかった。
 就職だって大輝と起業することを選んだけれど、「地元に戻ってこないの?」と一言でいいから聞いて欲しかった。

 その一言でボクはきっと救われたのにその一言が無かったせいで、ボクは不要なのだと思ってしまったのだ。

 だから、大輝に部屋を探して欲しいと言われた時にボクはもう不要なのだと落ち込んだ。

 貴哉に自分の部屋にくればいいと言われた時に、ボクが必要なのだと悦んだ。
 だけど、その言葉を額面通りに受け取ることができず、同居を始めてからも家を探すと何度も口にして貴哉の気持ちを試し続けた。
 本当にあの部屋を出るつもりならさっさと部屋を決めれば良かっただけのことで、それを貴哉の言葉に従うふりをしてあの部屋にい続けたのは引き止められることが、必要にされることが嬉しかったから。

 ボクが何度も貴哉を試したせいか、ボクを酔わせ、その痴態を映像に収め、それを使ってボクを繋ぎ止めた貴哉だったけれど、予想外だったのは力でボクを支配したことだった。

 映像を逆手に取られるくらいは平気だった。映像の中のボクは明らかに酩酊状態で、それを公開したところで無理やり飲まされたと言えば自己管理の甘さを嗤われたとしても責められるのは貴哉だから。
 甘く見ていたんだ。
 いざとなれば酒を強要されたと訴え、酩酊状態で凌辱されたと泣いて見せれば同情されると高を括っていた。

 だけど実際は映像を逆手に取られ、逃げようとすれば力で押さえつけられた。
 暴力を振るわれたわけではないけれど、明らかな力の差に怯えた。
 それが伝わったのだろう。
 ボクが少しでも拒否するようなそぶりを見せる度に込められる力。
 時にはわざと指に力を込めてボクの手首に、そして首に跡を残した。

 圧倒的な力の差と、圧迫されて息ができなくなる恐怖。酸欠で朦朧とする頭は何が起こっているのかを曖昧にするけれど、空気を欲して、生きることを諦めたくなくてもがき苦しむ恐怖はボクの根底に残されていく。

 澱のように溜まっていく恐怖はボクを支配する。

 だから、映像があるのだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
 映像のせいで逃げられないのだと自分に暗示をかけた。

 何かあれば「ごめんなさい」と即座に謝って貴哉の気持ちを鎮め、従順になり貴哉の要求を飲む。
 痛みさえ与えられなければ、恐怖さえ与えられなければ【紗羅】と呼ばれてもそれを否定することはしなかった。
 ただ、【紗羅】と呼ばれる度に痛む心に気付きたくなくて、キスをせがんでその名前を飲み込んだ。

 従順であれば優しくされるから。

 従順であれば愛してくれるから。

 従順であれば、ボクを必要としてくれるから。

「必要だって言ってもらえる人が羨ましくって、ふたりは仲良くしてると思ってたからちょっとだけ邪魔しようかって。

 大輝のことだからホテルが見つからなかったって言えば下のソファくらい貸してくれるだろうし、ボクが事務所にいると思ったら彼女も多少は気にするでしょ、きっと。

 こんなふうに性格悪いから置いてかれたのかな…」

 貴哉が【紗羅】を選んだとこに傷付いたわけじゃなかったんだ。
 貴哉がボクを必要ないと切り捨てたことに傷付いただけ。

 部屋に残ってもいいとは言ったけれど、それだって【紗羅】と終わりを迎えられない時の保険なだけで【紗凪】が必要な訳ではなくて代用品として残しておいただけのこと。

 ボクの言葉に困ったような顔を見せた大輝が大きな溜め息を吐く。
 きっとボクの勝手な言い分に呆れたのだろう。

「紗凪はオレと彼女の関係に嫉妬したの?
 それとも、彼女の存在に嫉妬したの?」
 
 自分の気持ちを誤魔化して告げた言葉の核心に触れられたけれど、そんなの答えられるわけがない。
 貴哉が加害者のような顔をしているけれど、元を返せば大輝の幸せな姿を見るのが辛くて貴哉のことを都合よく使おうとしたのが原因なのだから。

「幸せそうなふたりに嫉妬しただけだよ」

「幸せそうって、オレ、紗凪に何か言ったことあった?」

「え、だって、」

 そう言われて考えてみると具体的なことを言われたことがないことに気付く。ただ、こちらの話をして「大輝は?」と聞けば「うちもそんな感じかな」とか「まあ、それなりに」とか、曖昧な言葉が返ってきていた気がする。

『大輝は幸せ?』

 自分は幸せだと思い込むために惚気て見せ、大輝とその感情を共有しようと聞いた時に『そうだな』と答えたことで傷付いたことを思い出す。
 ボクは幸せだと思い込もうとしているのにナチュラルに幸せだと言える大輝が、そう言ってもらえる彼女が羨ましかった。

「まあ別に不幸ではなかったけど、自分からオレは幸せだって言うほどではなかったかな」

 そう言いながら何本目がわからない缶を開ける。最後になるかもしれない日だから今日は好きなことをして過ごそうと決めた。
 好きなものを食べ、好きなものを飲み、好きなことをして過ごす。
 眠くなれば眠ればいいし、寝たくなければ起きていればいい。

 どうせこのままダラダラ過ごすことになるのだろうと思い、ボクも手元の缶の中身を飲み干す。ボク用に選んだものはアルコール度数が低くていくら飲んでも酔う気はしない。

「幸せじゃなかったの?」

 ボクを追い出して彼女との生活を選んだのに、それなのに幸せではなかったと言われると複雑な気分になってしまい聞いてみる。

 それならあの時に違う選択をしてくれていたら。

 そんなふうに思ってしまうのはあまりにも他力本願だけど、あの時に大輝が彼女との生活を選ばなければという思いが捨てきれない。
 





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