世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

紗凪 1

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【母】

 そう表示されたスマホの画面に大輝と顔を見合わせる。
 家族と話をして、自分の気持ちを伝えた上でその関係を断ち切ろうと決めたばかりなのに指が動かなかった。

「紗凪、ちゃんと終わらせよう」

 そう言った大輝は「一緒にいるから大丈夫」とボクの手を握り、通話ボタンを押してスピーカーモードにする。
 強引な行動に抗議の声を上げるわけにもいかず、覚悟を決めて口を開く。

「もしもし、まだ何か用?」

 できるだけ感情を抑え、その言葉を口にする。
 大輝の存在に後押しされて対話することを受け入れたけれど、姉のことを信じてボクを責める言葉を口にする母に穏やかな対応はできなかった。

 義兄と電話をした時のことを思い出したのか、一度ボクの手を離した大輝は筆談の準備をしてボクのスマホの隣に置く。何も書かれていない白いコピー用紙が頼もしく感じる。

『何か用って、ちゃんと話をしたくって』
 
「話すことなんてもう無いってば。
 どうせまた貴哉さんがどうとか言いたいんでしょ?
 でも本当に、今は連絡も取ってないんだって」

 嘘は吐けば吐くだけ齟齬が生まれてしまう。だから、矛盾が起こりそうな大きな嘘は避けて話を続ける。
 連絡を取っていたことは認め、その上で現状を告げたけれど、どうせ信じてくれることはないだろう。

『本当に知らないの?』

「知らない。
 仕事を辞めてなければ職場は分かるけど、引っ越したなら住んでる場所は分からないよ」

『でも付き合ってたんでしょ?』

 繰り返される会話。
 姉の言葉だけを信じてボクを責める言葉に追い打ちをかけるように『写真、見たの』と告げられる。

「写真って、どんな?」

『貴哉君と紗凪が写った写真。
 ふたりで暮らしてたの?』

 母の発した言葉は、義兄から写真の存在を聞かされていなければ動揺し、どんな写真なのかと恐れるようなものだった。
 もしかしたら貴哉に撮られた写真や動画が実家に送られていたのかも。そんなふうに疑心暗鬼になりもするけれど、もしもそんな写真が送られていれば母がこんな曖昧な聞き方をすることはないだろうと考え直す。
 それに、そんな写真があれば姉の追求はもっと激しいものになっていたはずだ。
 義兄の話ではふたりで歩く姿の写真が何枚も送られていたようだけど、ボクの顔に傷が付けられていたらしい。全ての写真が傷付けられていたわけではないようだけど、もしも母がその写真を見たのだとしたら、傷付けられたボクを見てどんな印象を持ったのだろうか。

 だから、疑問に思ったことを口にしてみる。

「ふたりで写ってる写真だけ見てふたりで暮らしてるのかって、おかしくない?
 可愛がってもらってたから家に行ったことはあるけど、大体そんな写真、何であるの?」

『何枚も何枚も、家に行く度に撮られたの?
 それとも、紗凪が送ったの?』

 ボクを追い詰める言葉は姉のための言葉で、そんな言葉が出るのは母の中でボクは、貴哉を寝取ったことを自慢するような人間に見えているということなのだろう。

 大輝はケジメをつけるためにも話したほうがいいと言ったけれど、電話をとったことを後悔する。

《大丈夫?》

 大輝の手によって書かれた気遣う言葉に頷き、素直な気持ちをぶつけてみる。
 母の中で、ボクがどんなふうに見えているのかを純粋に知りたかったから。

「何でボクが送るの?
 何のために?」

『それはお母さんは分からないけど、紗凪が送ったんじゃないなら、そんなにも何回も貴哉君の家に行ってたのに引っ越したこと知らないって、おかしくない?』

 なるべく感情を出したくないけれど、それでも母の言葉に心が乱れそうになる。

「別に、仲良くしてても疎遠になることだってあるし」

『疎遠になったのは、紗羅のせいなんじゃないの?』

 母は何を知っているのか、姉は何を言ったのかが分からず動揺するけれど、言葉を止めてしまうと何かに気付かれてしまいそうで無理矢理言葉を続ける。

「だから、何が言いたいの?
 知らないモノは知らないとしか言えないし、姉さんが何言ってるのか知らないけど、ボクは関係無い」

『でも、貴哉君の言ってた彼女って、紗凪のことなんでしょ?』

 姉が何を言ったのか、貴哉が何を言ったのか、母の言葉に動揺して今度こそ言葉が止まってしまった。
 貴哉は姉に対してボクのことを《彼女》と告げていたことを知り、《パートナー》ではなくて《彼女》だと言っていたことに今更ながらに傷付く。結局のことろ貴哉はボクのことを姉の身代わりにしていただけで、ボクを恋愛相手として見ていなかったのだと思い知らされた。

 ここで否定することもできただろう。
 だけど、ここで否定したところで追及は止まることなく続くのだろうと考えると否定はせず、ただしはっきりと肯定することもせず曖昧に答えてみる。
 話の流れではっきりと否定することも肯定することもできるよう、逃げ道を残しておく。

「何で母さんがそんなこと知ってるの?」

『じゃあやっぱり、』

「そうなんだろうね、ボクのことだと思うよ、彼女って。
 でも、付き合ってたってわけじゃないよ」

 ボクの言葉を肯定と捉えた母にそれ以上否定し続けることが馬鹿らしくなりその言葉を受け入れるけれど、それでもボクの本意ではなかったことは分かって欲しくてそんな矛盾した言葉を告げる。

 大輝が何か言いたそうな顔をしていたけれど、《終わらせるから》と先ほどの言葉の下に書き込み、次の言葉を待つ。
 予定では無難な言葉を交わし、こちらの気持ちを汲むことなく続けられる会話に付き合う気は無いからと連絡を断つことを告げるはずだった。
 そして、連絡を絶った上で自分の気持ちを手紙にしたため、完全に縁を切るつもりだった。

 貴哉とのことも自分の気持ちも全て抑え込み、誰も悪者にすることなく、自分の意思でフェイドアウトするつもりだったのに、姉の言葉ばかりを信じてボクを責める言葉に疲れてしまったから。

『彼女が出来たって言うくらいだから付き合ってたんじゃないの?』

「それ、姉さんが言ったの?」

『うん』

 姉の言葉を信じる母は、その話を聞いた時にどう思ったのだろう。
 《彼女》がいる貴哉と連絡をとり続けていたことを咎めたりはしなかったのだろうか。

「そっか、そうなんだ。
 でもそれって、姉さんの気を引きたかったからそう言ったんだと思うよ。

 ボクは、姉さんの身代わりだったんだから」

 ボクの言葉に母がなんと答えるのか、そんなことを考えたボクの耳に聞こえてきたのは予想外の声だった。

『身代わりって、』

 母の静止するような声が聞こえたということは、始めから姉も話を聞いていたということなのだろう。

「姉さんもそこにいるの?」

 冷静に答えたつもりだけど動揺を隠すことができず、弱みを見せてはいけないと言葉を続ける。

「結局、姉さんの言葉を信じるんだ」

 嘲るように言ったつもりだったけれど、重ねた手に力を込めた大輝は《切る?》と文字で問いかける。
 終わらせると告げたはずなのに、その言葉に頷きそうになるけれど、聞こえてきた姉の声に反射的にNOと伝えてしまった。

『だって、事実でしょ?嘘吐き』

 無難な言葉で話を終わらせ、連絡を断つことを伝え、手紙で自分の意思で家族との繋がりを断つと伝えるつもりだった。
 大輝にそう言われたからではなくて、揉めて絶縁するよりは、いつかまた《家族》として受け入れることも受け入れられることもできるかもしれないと打算があったから。

 いつかは貴哉との間に何があったのかを話すことができるかもしれない。
 貴哉がボクに伝えた姉の悪意を昇華して、貴哉と過ごした時間を消化して、それを口にすることで姉との関係に変化が訪れるかもしれないなんて甘いことも考えていた。

 だって、姉弟なのだから。
 もしかしたら《貴哉》という共通のパートナーを通して理解し合えるかもしれないなんて思ってしまったけれど、姉のボクに対するマイナスな感情を増幅するだけだったのだと絶望する。

 それならば、自分の向けた刃がどれだけ人を傷付けたかを思い知らせてやろうと口を開く。

「姉さんが思ってるようなのじゃないんだけどね」

『でも、付き合ってたんでしょ?』

 どうしてもボクの口から付き合ってると言わせたいのだろう。
 何度も何度も繰り返される会話が面倒だったけれど、それでも姉の思い通りに話を進めたくなくてはっきりと口にすることを避ける。

「ボクと付き合ってるって貴哉が思ってたなら《彼女》なんて言うかな。
 パートナーとか、恋人とか、言い方は色々あるのに《彼女》って言うのは姉さんの代わりにしてたからなんじゃないの?」

 貴哉との関係を話すと決めたせいか、姉の前で取り繕っているのも馬鹿らしいと思いいつもの呼び方に戻す。
 そして、得意そうにあの日のことを話す姉に刃を向ける。

「あの日、姉さんに会いに行ったことも知ってたよ。
 だからボクは、あの部屋を出たんだ」

 姉はきっと、ボクがあの部屋で貴哉のことを待ち続けていたと思っていたのだろう。
 あの部屋で、独り淋しく貴哉を待つボクを想像して溜飲を下げていたのだろうか。

 貴哉が帰ってきたことを喜び、世界が終わらなかったことを喜び、世界が終わるかもしれない時にボクを置き去りにしたことなど無かったかのように日常に戻ったと思っていたのだろうか。

 そして、そんな見せかけの平穏を壊すためにお腹の中の存在を盾に再びボクを傷付けようとしていたのだろうか。

 それなら。

 ボクを傷つける姉も、そんな姉を咎めない母も必要無い。

 だから、ボクはボクを守るために覚悟を決めた。
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