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いつまで経っても鳴り止まない電話と止まらないメッセージ。
〈鍵、ポストに入れておいたからあの子に渡したら?〉
着信が止まったのを見計らいメッセージを作る。既読がついているせいかメッセージは止まらないけれど、メッセージを送信するとそのままアプリを閉じる。既読がつかなければ諦めるだろう。
〈あれは違う〉
〈あの子とは何でもない〉
〈お願いだから話を聞いて〉
いい加減鬱陶しい。
あんな写真を撮られておいて今更何を言ってるんだろう?
彼に送った写真とメッセージのスクショがあれだけだと思っているのだろうか?アプリを開いた時に万が一人に見られたら、と気を使って大人しめの写真にしておいたのにもっとドギツイのを送ってやろうかとだんだんイライラしてくる。
〈今、駅に着いた〉
〈このまま帰るから〉
〈雅も来て〉
〈鍵は開けておくから〉
いつも思うけれど、別れると言われてからこんなに鬱陶しくするくらいなら、どうして「話をしたい」と言った時に色良い返事をくれないのだろう?
こちらからはっきりと別れを告げてから引き止められても今更でしかない。
今回だって僕が家を出るまでに色々と兆候はあったはずだ。
少しずつ減っていくクローゼットの服。定期的に入れ替えていた衣類。季節外れの服が無いことに気付いてもいなかったのだろう。旅行に行くわけでも無いのに時折スーツケースを使っていたことにも気付いてなんかない。そもそも僕が引っ越してきたと思っていたみたいだけれど、引っ越すにあたって家財をどうしたかとか聞かれたこともなかった。
もともと〈雅〉という彼の作り上げた人物が好きなだけで僕自身に興味があるわけではなかったのだろう。
欲しかったのは自分好みの〈雅〉であって、好みから外れれば、一度手に入れば用済みなのだ。
下着だって最後の一組になっても気付かないなんてよほど僕に興味がなかったのだろう。冷蔵庫の中だって、毎朝ミネラルウォーターを取り出す時にそれまで入っていた常備菜が無くなっていることに気付きもしなかった。
そして最後の最後で願った〈話がしたい〉と、その何とも控えめな僕の気持ちを蔑ろにしたのは彼だ。
〈電車に乗った〉
〈向かってくれてる?〉
〈待ってるから〉
電車の中から送っているのだろう。
しばらくはメッセージだけだろうけれど、駅に着いたらまた着信が始まるはずだ。音を切りたいけれど直輝が来るまでは我慢だ。
彼が電車に乗るのは15分程度。駅からゆっくり歩いても30分もあれば家に着くはずだ。
直樹が来るのとどっちが早いだろう?
直輝が来た時にメッセージやら着信やらが続くのは流石に避けたい。
そんな事を考えながらノートを片付ける。こんな状態で何か書こうと思った僕が馬鹿だった。そう思いつつも、1冊だけ仕様の違うノートを取り出す。
他のノートは所謂大学ノートだけれど、これだけはリング閉じのノート。中を開けば単語だったり、文章だったり、思い付くままに殴り書きされた言葉で埋め尽くされている。
淋しい
助けて
もう嫌だ
何が悪いの?
嫌い嫌い嫌い
好きだったのに
僕だけを見て
見ているだけで滅入るような言葉の数々。行き場のない気持ちを吐き出すためのノート。
書かれた文章は支離滅裂で自分でも解読不能なものが多いけれど、概ねネガティブな言葉が並んでいる。
淋しくない
疲れただけ
好きじゃない
写真なんて撮らせるな
連絡なんていらない
会いたくない
今回も思いつくままに言葉を書き出してみる。誰も知らないノート。誰も知らない僕の気持ち。
ただ、自分の偉いところはネガティブな言葉で埋め尽くされた中に〈死〉を連想させる言葉が無いところだろう。
でも、それだって自分の〈死〉を相手に良いように解釈されるのが癪なだけで、まだ好きだったから死を選んだなんて、俺のことが好き過ぎて死を選んでしまっただなんて、そんなふうに思われたら死んでも死にきれないから、だから生きて相手を後悔させ続けたいと思う自分のエゴなだけだ。
実際、さっさとブロックしないのは相手の動向を、焦る姿を、自分を追い求める姿を見たいというのが本音かもしれない。
わずかに残った自分への執着を見せられるのが嬉しいのかもしれない。
自分に対してどんな感情でも良いから向け続けて欲しいのだ。
自分が許せると思うまで執着してくれる相手を探しているのかもしれない。
そんな相手が現れることを望んでブロックをしないのかもしれない。
僕だけを愛して
無意識に書いた言葉が我ながら切なかった。
〈鍵、ポストに入れておいたからあの子に渡したら?〉
着信が止まったのを見計らいメッセージを作る。既読がついているせいかメッセージは止まらないけれど、メッセージを送信するとそのままアプリを閉じる。既読がつかなければ諦めるだろう。
〈あれは違う〉
〈あの子とは何でもない〉
〈お願いだから話を聞いて〉
いい加減鬱陶しい。
あんな写真を撮られておいて今更何を言ってるんだろう?
彼に送った写真とメッセージのスクショがあれだけだと思っているのだろうか?アプリを開いた時に万が一人に見られたら、と気を使って大人しめの写真にしておいたのにもっとドギツイのを送ってやろうかとだんだんイライラしてくる。
〈今、駅に着いた〉
〈このまま帰るから〉
〈雅も来て〉
〈鍵は開けておくから〉
いつも思うけれど、別れると言われてからこんなに鬱陶しくするくらいなら、どうして「話をしたい」と言った時に色良い返事をくれないのだろう?
こちらからはっきりと別れを告げてから引き止められても今更でしかない。
今回だって僕が家を出るまでに色々と兆候はあったはずだ。
少しずつ減っていくクローゼットの服。定期的に入れ替えていた衣類。季節外れの服が無いことに気付いてもいなかったのだろう。旅行に行くわけでも無いのに時折スーツケースを使っていたことにも気付いてなんかない。そもそも僕が引っ越してきたと思っていたみたいだけれど、引っ越すにあたって家財をどうしたかとか聞かれたこともなかった。
もともと〈雅〉という彼の作り上げた人物が好きなだけで僕自身に興味があるわけではなかったのだろう。
欲しかったのは自分好みの〈雅〉であって、好みから外れれば、一度手に入れば用済みなのだ。
下着だって最後の一組になっても気付かないなんてよほど僕に興味がなかったのだろう。冷蔵庫の中だって、毎朝ミネラルウォーターを取り出す時にそれまで入っていた常備菜が無くなっていることに気付きもしなかった。
そして最後の最後で願った〈話がしたい〉と、その何とも控えめな僕の気持ちを蔑ろにしたのは彼だ。
〈電車に乗った〉
〈向かってくれてる?〉
〈待ってるから〉
電車の中から送っているのだろう。
しばらくはメッセージだけだろうけれど、駅に着いたらまた着信が始まるはずだ。音を切りたいけれど直輝が来るまでは我慢だ。
彼が電車に乗るのは15分程度。駅からゆっくり歩いても30分もあれば家に着くはずだ。
直樹が来るのとどっちが早いだろう?
直輝が来た時にメッセージやら着信やらが続くのは流石に避けたい。
そんな事を考えながらノートを片付ける。こんな状態で何か書こうと思った僕が馬鹿だった。そう思いつつも、1冊だけ仕様の違うノートを取り出す。
他のノートは所謂大学ノートだけれど、これだけはリング閉じのノート。中を開けば単語だったり、文章だったり、思い付くままに殴り書きされた言葉で埋め尽くされている。
淋しい
助けて
もう嫌だ
何が悪いの?
嫌い嫌い嫌い
好きだったのに
僕だけを見て
見ているだけで滅入るような言葉の数々。行き場のない気持ちを吐き出すためのノート。
書かれた文章は支離滅裂で自分でも解読不能なものが多いけれど、概ねネガティブな言葉が並んでいる。
淋しくない
疲れただけ
好きじゃない
写真なんて撮らせるな
連絡なんていらない
会いたくない
今回も思いつくままに言葉を書き出してみる。誰も知らないノート。誰も知らない僕の気持ち。
ただ、自分の偉いところはネガティブな言葉で埋め尽くされた中に〈死〉を連想させる言葉が無いところだろう。
でも、それだって自分の〈死〉を相手に良いように解釈されるのが癪なだけで、まだ好きだったから死を選んだなんて、俺のことが好き過ぎて死を選んでしまっただなんて、そんなふうに思われたら死んでも死にきれないから、だから生きて相手を後悔させ続けたいと思う自分のエゴなだけだ。
実際、さっさとブロックしないのは相手の動向を、焦る姿を、自分を追い求める姿を見たいというのが本音かもしれない。
わずかに残った自分への執着を見せられるのが嬉しいのかもしれない。
自分に対してどんな感情でも良いから向け続けて欲しいのだ。
自分が許せると思うまで執着してくれる相手を探しているのかもしれない。
そんな相手が現れることを望んでブロックをしないのかもしれない。
僕だけを愛して
無意識に書いた言葉が我ながら切なかった。
応援ありがとうございます!
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