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●●●
 酔った頭で考えてみる。
 最後にコンタクトを取った直後は電源が入っていないか電波の届かないところに、と告げられたメッセージが話中を知らせる音に変わった時にブロックされたのだと悟った。
 連絡手段が無くなったことで何とか雅を探したいと動こうと思っても、仕事に忙殺されて気付けば大晦日だ。

 その間もメッセージは送り続けていたけれど電話をしたのは初めてだったことに気付く。もしかしてブロックが解除されているのだろうか?
 メッセージを改めて見ても既読は付いておらず半信半疑なまま雅の番号を呼び出す。

 通話ボタンを押せば雅は気付いてくれるだろうか?今更だと嫌がられるのでは無いか、そう考えると臆病になってしまう。呼び出した番号を一度閉じてメッセージアプリを開く。
〈今から電話するから。
 迷惑ならブロックして〉
 既読はつかないけれどブロックを解除してあるのならメッセージだって解除している可能性が高い。とりあえずメッセージを送ってから数分待つ。
 
 もしもメッセージアプリのブロックが解除されているのならいつからなのだろうか?毎日送り続けたメッセージと時折送るメッセージ。
 全て見られたとしたら…居た堪れない。
 雅に届かないと思い、色々と情けない泣き言も沢山送った気がする。既読を付けずに見る方法なんてあるのかと少し調べてみれば色々とやり方がある事に驚く。そう言えば雅のスマホは通知内容が表示されるようにしてあったはずだ。
 着信音に気付いて声をかけるとロックを解除することなく何かを確認しているのは見慣れた光景だった。

 もしもメッセージが届いたのならばどんな気持ちで俺からのメッセージを見ていたのだろう。

○○○
 着信音がしなくなったスマホを持ったままどうすればいいのか分からず、ふわふわとした頭のまま画面を見つめることしかできなかった。
 不在着信の表示と共に並ぶ彼の名前。

 これは現実なのか、夢なのか。
 
 テレビは相変わらず誰かが歌う姿を映しているけれど、誰かの声が聞こえているはずだけど、それでも僕の目はスマホの画面から離せず、また着信を告げる音がするのでは無いかと耳を澄ましてしまう。

 もしもまた電話が来たら僕は指を動かすことができるだろうか?

 考えて考えて、結論が出ないままスマホを見つめている時に入ったメッセージ。

〈今から電話するから。
 迷惑ならブロックして〉

 彼からのものだった。
 迷惑なんかじゃない。
 ずっと待っていた彼からの連絡。
 次に電話がかかってきたら指を動かしてしまうだろう。

 それにしてもこんな都合のいいことがあるのだろうか?
 淋しくて淋しくて、僕が必要なのは彼なのだと思い知らされながらも動くことができなかったのに。
 自分から連絡手段を断つことを決めたのに、それなのに淋しくてブロックを解除してしまった僕にこんな都合のいいことが起こっていいのだろうか?

 確かに彼はメッセージを送り続けてくれてはいたけれど、もしかしてそれは僕の頭が都合よく見せた幻想だったのでは無いのだろうか?

 ふわふわする頭では考えがまとまらない。

 これは現実?
 これは僕が都合よく見る幻想?

●●●
 少し時間を置こうと思ったけれど〈少し〉とはどのくらいの時間を指すのかで悩んでしまう。

 スマホが手元にあればブロックも着信拒否も1分もあれば出来る事だ。 
 それならば1分以上経った今、もうかけてもいいのではないだろうか?
 悩んで悩んで、ちょうど歌い始めたグループを目の端に映しながらこの曲が終わったらかけ直そうと決める。
 早く終われ、早く終われ。
 そんなふうに思うならさっさとかけてしまえば良いじゃないかと思ったけれど、勇気の出ない俺はそんなふうに決めないと実行できそうになかったのだ。

 もしも電話をかけて電源が入っていないか電波が…とアナウンスされたら、もしも通話音が流れたら、考えると悪いことしか思い浮かべることができない。
 それでもこのチャンスを逃したくなかったのだ。

 横目で見ていたテレビで曲の終わりを告げるかのように画面が切り替わる。

 俺は意を決して指を動かした。

○○○
 どうしていいのか分からないまま時間だけが過ぎていく。
 ブロックなんてできなかった。
 だって僕はまだまだ彼のことが好きだから。

 僕に執着して執着して、毎日のようにメッセージを送ってくれる彼のことをどうやったら嫌いになれるのだろう?
 舞雪にこんな現状を伝えたら〈重い〉とか〈気持ち悪い〉とか言われそうだけど、人の好みなんてそれぞれなのだ。
 僕はそんな重い気持ちで縛りつけて欲しいのだから。

 でもこれが夢だったら、都合よく僕の頭が見せた幻想だったなら?
 もしそうならばこの想いを抱えたまま朽ちていくのもいいかもしれない。
 誰にも求められず、誰のことも求めず、ただただ惰性で生きていくのもいいだろう。

 何とも有難いことに昔の栄光のおかげで僕の生活はまだまだ安泰だろう。
 今度出してもらうことになっている本だって、プラスになることはあってもマイナスになることはないだろう。
 自費出版では無いのだからそもそも僕の負担などない。

 そうか、別にこの場所で僕が独り朽ち果てていっても誰かに迷惑をかけることなどないのだ。
 まぁ、朽ち果てると言っても表現なだけで実際の生活は今まで通り送るのだろうけど、僕の大切な気持ちなんて朽ちてしまえば楽になれるのかもしれない。

 自分でももう何をどうしたいのかわかっていなかった。
 ノンアルコールのワインで酔えるなんて、僕の頭はどうしてしまってのだろう?

 ふわふわしていた頭は徐々に思考力がなくなっていく。
 酩酊状態のような高揚感。

●●●
 そっと押した通話ボタン。
 スマホを耳に当てコール音を聞く。
 雅は出てくれるのだろうか。

 何度目かのコールの後で通話が繋がる。
「もしもし、雅?」
 呼びかけてみるけれど返事は無い。
 少しの音も聞き逃したくなくてテレビを消す。

「雅、聞こえてる?」
 声が聞きたくて、返事をして欲しくてもう一度呼びかける。
 電話越しに聞こえるのはテレビの音だろうか、何かが聞こえてはいるけれどそれが何かまでは分からない。

「雅、会いたいんだ。
 会ってちゃんと話をしたいんだ」
 返事がないままだけど気持ちを伝え続ける。

「あのメッセージは誤解だから。
 写真は本物だけどキスなんてしてないから。

 信じられないならちゃんと弟に説明させるし、信じてもらえるまで何でも答えるし」
「弟?」
「そう、弟」
 反応があったことが嬉しくて食い気味に言ってしまった。

「あれ、送ったの弟なんだ。
 理由は説明すると長くなるけどちゃんと証明できるから」

○○○
 戸惑っているうちに再び鳴り出したコール音。
 そうか、これは僕の願望が見せた幻想だ。それならば出ても大丈夫かもしれない。電話に出て、彼に甘えたって大丈夫かもしれない。

 彼の声を聞きたくて通話ボタンを押してしまった。
「もしもし、雅?」
 久しぶりの彼の声が嬉しくて何と返せばいいのか分からず無言になってしまう。

「雅、聞こえてる?」
 もっと僕を求めて欲しい。

「雅、会いたいんだ。
 会ってちゃんと話をしたいんだ」
 僕のことだけを見ていて欲しい。

「あのメッセージは誤解だから。
 写真は本物だけどキスなんてしてないから。

 信じられないならちゃんと弟に説明させるし、信じてもらえるまで何でも答えるし」
「弟?」
 彼の言葉に思わず返事をしてしまった。
「そう、弟」
 反応をしたせいか彼の声が少し大きくなる。

「あれ、送ったの弟なんだ。
 理由は説明すると長くなるけどちゃんと証明できるから」
 僕の幻想のはずなのに、どうして僕の知らない〈弟〉が出てくるんだろう?

●●●
「そんなの知らない」
 雅の声が硬くなったような気がした。
「弟なんて、聞いたことない」

「言ったことなかったよね。
 雅に変なこと送ったの、弟なんだ」
 拒絶するかのように硬くなった声に焦って言い訳をする。

 会社の近くに住んでいること。
 都合よく部屋を使っていたこと。
 雅への不満をポロリと溢したせいで、余計な世話を焼いてあんなメッセージを送ったこと。
 休日出勤の合間に弟の都合を無視して休憩場所にしていたため、それをやめさせるためにも雅とコンタクトを取りたくて挑発的なメッセージを送ったこと。

「僕の何が駄目だったの?」
 一気に喋った後に聞こえた弱々しい声。
「不満があっても言えないような関係だったんだ」
 その言葉が胸に刺さる。

「違うんだ、お願いだから話を聞いて」
 懇願することしかできなかった。

○○○
「そんなの知らない」
 初めて聞く情報に頭がついていかない。ふわふわと思考能力が低下した頭では理解できないかもしれない。
「弟なんて、聞いたことない」
 違う、理解するのを拒否しているのだ。弟なんて知らない。
 そうやって僕を騙すつもりなのだろうか?

「言ったことなかったよね。
 雅に変なこと送ったの、弟なんだ」
 彼の声に焦りが混じり、次々と言葉を続ける。

 弟が会社の近くに住んでいること。
 都合よくその部屋を使っていたこと。
 僕への不満をポロリと溢したせいで、余計な世話を焼いてあんなメッセージを送ったこと。
 休日出勤の合間に弟の都合を無視して休憩場所にしていたため、それをやめさせるためにも僕とコンタクトを取りたくて挑発的なメッセージを送ったこと。

「僕の何が駄目だったの?」
 僕への不満と言われ、弱くそう聞くので精一杯だった。
「不満があっても言えないような関係だったんだ」
 知らず知らずのうちに涙が溢れる。
 さっきまでのふわふわとした気持ちよさなんてどこかに吹き飛んでしまった。

「違うんだ、お願いだから話を聞いて」
 電話の相手は本当に彼なのだろうか?




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