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○○○
「でも、引越しとか大変だし」
 嬉しいのに、それなのに臆病な僕は断るための口実を探してしまう。
 素直に頷いてしまえばいいのに、それなのにそれができない理由は何だろう?

「だったらこの際、家買っちゃう?
 それとも家建てる?」
 だからどうしてそうなるのだと言いたいけれど、きっと冗談で言っているのわけではないだろう。
「この建物って買えないの?
 それとも同じようなの建てちゃおうか。2人でならローン組んでも大丈夫じゃない?」
 この先、離れることなど考えてないような言葉。
 僕たちの関係が永遠に続くと言う保証なんか無いのに。

「家なんて要らない。
 そんなことしたら駄目になった時に困るから」
 怒られるだろうけれど本心だ。
「そっちの部屋に戻るのは考えてもいいけど、それでもこの部屋はこのままにしておくし」
 小心者の僕は逃げ場所を無くしたくないのだ。

「駄目だよ。
 もう逃さないって言ったでしょ?」
 彼が諭すように言う。
「そんなに俺のこと信じられない?
 どうしたら信じてくれる?」
 その問いかけにしばらく考えてから口を開く。

「家族に反対されたらどうするの?」
「大丈夫、雅と付き合う時に宣言してあるから」
「何を?」
「添い遂げたい相手ができたから実家から足が遠のくけど邪魔するなって」
 絶句してしまった。
 実家では僕のことはどう伝わっているのだろうか。
 そして話してくれた彼の事情。

 僕と付き合うと決めた時に自分がゲイであることと、添い遂げたい相手ができたことを伝えたこと。
 2人の時間を大切にしたいから実家に帰る頻度を減らしたいこと。
 それに対して両親は容認し、弟からは〈好奇心では無くて理解したいから〉と質問攻めにあったこと。
 知らずに腫れ物に触るように接するくらいなら、しっかり理解してちゃんと話せる関係がいい。〈恋愛対象の性別が同性か異性かだけでしょ?〉と言われ、薄々そうじゃないかとは思ってたと言われた時には彼の方が面食らったと笑う。
 そして彼の家族の総意が〈多様性の時代だし〉なのだそうだ。

 ゴムだとかローションだとか、いかにも知ってる風なメッセージは彼から得た知識をフル活用していたようでヤキモチを妬いて彼に詰め寄るか、自分にコンタクトを取るかすると思ってやったことだったらしい。

「他に何か心配なことは?」
 彼が僕の体を離し、顔を覗き込む。
 彼の家族に会いたい気持ちが大きくなった僕だけど、それでもまだ素直に頷く事ができない。
「会社にバレたら困るでしょ」
 仕事を頑張っている彼に会社のことを持ち出すのは卑怯だろう。それをわかっていてわざと言ってみる。
「僕は自由業みたいなものだし、この先何かあっても顔を出す気はないけど会社員ともなるとパートナー同伴が義務付けられる事も有るんじゃないの?」
「自分の出世のために、そのために女性のパートナーを作る気は無いし、パートナーとして同伴するなら雅がいい。自慢のパートナーだよ?」
 何を言っても駄目なのだろうか。
 彼の事は大好きだし、彼の言葉は嬉しい。だけど、いざ大切にされてみれば逃げようとしてしまう。

 僕はどうしたら良いのだろう?
 どうしたら彼を幸せにしてあげる事ができるのだろう?

●●●
「もう待たないから」
 またしても悩みこむ雅に宣言する。
「雅が自分から話してくれるのを待つつもりだったけど、そっちがその気なら待たないから。
 雅を幸せにできるのは俺だけなんだから、だから俺にしときな」

 雅は一体何を悩んでいるのだろう?
 チェーンの要らない居場所を提供できるのは俺だけだし、怯えて夜を明かす必要のない存在だって俺だけだ。

 それだけで充分じゃないか。

「だって、僕と添い遂げたいだなんて聞いた事ない」
 考えて考えて出した答えがそれだったのだろう。
 そう言われてみれば俺はちゃんと雅に伝えた事が無かったかもしれない。
 言葉に出した事は有る。有るけれど、それは酔っている時だったり、最中だったり、〈勢い〉で言ったと思われても仕方のない場面ばかりで〈ちゃんと向き合って〉伝えた事はなかったかもしれない。

 その事に気付き俺は姿勢を正す。

 姿勢を正し、深呼吸をし、そして伝えた。

「雅、愛してる。
 俺は雅と添い遂げる覚悟だし、雅が嫌だと言っても離すつもりもない。
 俺と一緒なら幸せになれるよ?」

○○○
 突然の言葉だった。
 はじめは何を言われたのか理解できなかった。
 そして、理解できないなりに反芻し、その言葉の意味に気持ちが溢れ出てしまう。

「僕だって、愛してる。
 愛してるから嫌いになる前に離れたんだ。
 それなのに、こんなところまで来て…。
 本当に、幸せにしてくれる?」

「指輪、見に行かないとだね」
 僕の言葉に彼は満面の笑みで答えてくれた。
 小さく頷くことしかできなかった僕だけど、再び抱え込まれた彼の腕の中でその逞しい胸に頭を押しつける。

 ここに辿り着くために僕の気持ちは流れ続けていたのだ。

 何かが次々と流れ出していくけれど、その想いは彼に受け取られ、彼からもまた想いが溢れ出す。

 その想いは僕に届き、僕からはまた想いが溢れ、僕たちの想いはいずれ池となり、湖となり、そして海のように僕たち2人を包み込んでくれるはずだ。

 僕はもう、独りじゃない。
 僕はもう、怖くない。
 








 
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