憧れる君

相間 暖人

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憧れる君

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私は一人で教室に残っていた。

クラスメイトも全員帰って、私しかいないというのに教室はどんどんと熱を帯びていく。

7月の中旬という事もあり授業が終わるとエアコンが切られる為、みんな避暑地を求めて場所を変えたり、部活に行ったり、遊びに行ったりしてる訳だ。

私は窓を全開に開けて外を見ながら物思いにふける。

「負けちゃった。」

昨日は高校2年生になる私の初めての県大会だった。

剣道を小学生の時から始めてる私には顔馴染みの選手もたくさんいたが、その日の初戦に当たったのは初めて見る顔だった。相手の事を調べてみたら高校に入ってから剣道を始めた2年生らしい。

その相手に私は負けた。油断はしたのかもしれない、けれどそんな言い訳をしても負けた事は変わらない事実だ。

そして、追い打ちをかけるようにショックだったのはその相手が2回戦で私の後輩に負けた事。

いっそ、優勝まで駆け上がって凄い才能がある人となってくれていたら幾分良かったのかもしれなかった。



「はぁ。」

ため息を付きながら思う。今日部活行きたくないなぁ。

結果的に私より良い成績を収めた後輩の顔が浮かぶ。彼女との稽古では特に負けるという事もなかった、対戦相手の相性、気持ちの持ちようが勝敗を喫したのだろう。

私のキャラクターなんて「剣道少女」ってだけだったのにそれまで取られたらどうすればいいのよ。

テストの点数だってほとんどの教科がなんとか赤点を免れてるくらいだ。

部活サボって家に帰ろうかな、でも昨日のお母さん残念がってたし、こんな時間に私が帰ったら部活サボったのバレちゃうよなぁ。



教室の温度は30度を超えてきただろう、うだうだと悩んでいる間も夏は休んでくれない。

そろそろ限界だ、どこかで時間潰してから家に帰ろうと思い、席から立ち上がると、「ガラガラ」と教室の入口が開いた。

入ってきたのは有坂 浩太ありさか こうた、身長は180cmあるくらいでイケメン、更にはバスケ部エースで学力も学校で上位の人生一軍の男だ。表面上の一軍とは訳が違う、女子にはもてて、男友達も多い本物の一軍の男だ。

彼は少しこちらを見ながらも自分の机に行くと引出しからお弁当箱を取り出した。

どうやら忘れたのを取りに来たのだろう、完璧なこの人でも忘れ物はするんだなと思えると微笑ましい。

浩太は弁当を持ち上げると「忘れちゃって」と言ってるような笑顔で会釈しながらこちらを見る、それに反応して私も軽く会釈した。

「部活いかないの?」

そう話かけられたのは意外で少し驚く。

「うん、ちょっと行く気しなくて。」

そんな返事をしたからだろう、浩太はこちらに近づいてきて話でも聞くよといわんばかりだ。

「どうしたの?」

流石イケメン、女子の悩みにサラリと入ってくる。

戸惑いながらも無視するのはいけないので答える事にした。

「んー、昨日、剣道の県大会があったんだけど初戦で負けちゃってね。」

「私、小学生からやってるんだけど、高校から始めた子に負けちゃってさ、私は今まで何やってたんだろうなぁと。」

浩太は私の前の席に座り、こちらをじっと見てきた。

「それで、剣道は辞めたいの?」

いくら歴が短い相手に負けたからといっても、長い事やってきた剣道だ、辞めたいのかと聞かれるとそれには直ぐに返事ができなかった。

「んー。」

と悩む私。

「悩むくらいだったらさ、とりあえずは部活にいってみたら?気分変わる事もあるし。」

「それか、何か行きたくない理由でもあるの?」

流石イケメン、私の考えはお見通しってわけかと少し動揺してしまう。

「後輩がね、私より成績良くてね、なんかそれも悔しくて、自分が惨めな気持ちになる場所に行くのが少し怖い。」



「なるほどね。」

「まぁ、勝負の世界にはそういう事は付き物だからね。それで?リベンジはしないの?」

なかなかこの男は難しい。てっきり優しく慰めてくれるかと思っていたが、何か発破をかけられている気がする。

「リベンジはそりゃしたいよ。けれど、私なんかにはその権利も努力する力もないんだろうなぁとうちひしがれていたって訳。」

「剣道だけじゃなくって、勉強もできないし。だからこれからの人生は高望みせずに静かに過ごしていこう、そう考えていたの。」

自分の情けない所が出てしまう。

でも、本当の事だ、時間を費やして努力したって叶わない事はある。全ての人間が努力したら全員が幸せになれる世の中ではないのだ。

その中で私は負け組、負け組でもそれならそれなりの処世術があるだろう。



「その人生って楽しいの?あ、別に楽しいと思えるなら俺は文句はないんだけどね、少なくとも俺はそうじゃないかな。」

何よ、私の価値観に文句つけようっての。

「まぁ、実際、俺はバスケしてて剣道部もろくに見た事がないからどんな雰囲気なのかしらないけどさ。」

「今までの自分の頑張りを評価してくれてる人はいると考えてやってるよ。」

「だからさ、剣道部にもきっと評価してくれてる人はいるよ、今の自分は自分だけのものじゃない、そう考えてると頑張れんじゃないかな。」

自分は自分だけのものじゃない。そう考えると一緒に残念がってくれたお母さん、初戦敗退して慰めてくれた部活の同級生の顔が浮かぶ。

「あと、さっき言ってた後輩もきっと待ってるよ。」

そうかなぁ、そうだと良いけど。

私が悔しいからって、後輩は悪くないのに勝手に嫌いになろうとしたのかもしれない。何て自分勝手な事をしたのだろうと思う。

「それじゃぁ、立ち上がって。」

浩太はそう言うと私に立ち上がれと促す。

汗だくで椅子から立ち上がる私の心は少しだけ軽くなり、部活に行く気になった。

「ありがとう。」

とお礼を言うと颯爽と去っていく浩太。



そして、入れ違いに後輩が入ってきて私は驚く。

「もう、先輩!何してるんですか、遅いと思って迎えにきたら。」

さっきまで話のネタになっていた後輩が迎えにきたのだ。

「ぇ、ぇぇ?どうしてここに?」

焦りでうまい言葉が出てこない。

「どうしてって、もう、いつも部活休まない先輩が来なかったらそりゃ何かあるんじゃないかって心配しますよ。」

「それなのに迎えに来たらなんかイケメンの先輩と話してますし。入るに入れないじゃないですか!」

心配で見に来たら、私が浩太とのお喋りに夢中で来なかったと思われてるのだろう。

「あ、あの違うのよ、本当、彼とは何もないんだから。」

動揺してる私を見て、後輩は口を膨らませて言う。

「もう、先輩は私の憧れなんですから男になんて騙されないで下さいよね。ほら部活行きますよ。」

手を引っ張られて走る廊下。

これからまだまだ夏は暑くなりそうだ。
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