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討伐戦《前》 その1
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前輪二つ後輪一つのどっしりとしたスクーターが、トロトロと減速してトスンと静止した。
まずはモーターのスイッチを切る。それからハンドルを少しだけ切った状態で、駆動輪をロックする。ここまでは教習所で教えられる通り。
それから障害物の無い限りは右へ、体ごと四十度ほど回してから、つま先を揃えてシートから滑り落ちる。普段であれば右肩にトートバッグを提げているので、車体が左側に残ってくれた方が収まりがいいからだ。つまりこれは習慣の類。今のように身一つの状況では、特別な効果を持ち合わせない。
そして最後にシートの座面に手を乗せた。その高さは彼女のウェストに迫る。これはもう儀式の様なもの。成長期とは何だったのだろうかとか、そもそもそんなもの有ったのだろうかといった無駄な思考を取り払う為に必要な時間。毎度毎度こんな事をしているのではない。時折そんな気分になるというだけだ。
やがてシイナはほうっと息を#吐__は3いた。シートをペチペチと叩いてからゴーグルを取り外し、それからハーフメットを脱ぎ去る。あちこちで癖毛の跳ねている明るい色のベリーショートがふわふわと風に靡いた。これで支度は終わり。鼻と口を頬ごと覆うゴテゴテしたマスクは外さない、外せない。毒ガスが充満しているだとかそういう理由では無くて、単に彼女の自身の体質が故に。
シイナはもともと鼻が良かった。特に嗅ぎ分けることに関しては、比較対象を自身の記憶に求めることも出来たほどだ。それがあったからこそ今の彼女を模っている全てと巡り合う事が出来た。そこまでは良かった。
問題が起きたのは半年ほど前。彼女の住む町にしては珍しい、雨、それも霧雨が降った日のこと。この地方出身ではないシイナは雨の匂いというものに郷愁を誘われ、傘をさして一人浸っていた。この辺りの雨は随分と「ツンツン」するんだなと、胸一杯に吸い込んで愉しんでいた。そして視界が真赤に染まった。当時は大騒ぎになった。
以来ことある毎に検査だ試験だと連れまわされていて、現在は多少尖った共感覚の類であろうという評価に落ち着いている。その過程で、どんなニオイに対してどんな症状が出るかについても、ある程度絞り込まれた。その結果、彼女はこの役割を押し付けられてしまった。不意打ちでマモノを見つける、という彼女にしか出来ない役割を。
<マモノ>
それは半年ほど前に初めて観測されて以来、洋の東西を問わず各地で頻発している「現象」の異名。人口密度の低い場所で発生する傾向が強く、その内容は三段階に分かれている。
第一段階は「発生」。有機無機、生物非生物を問わず、特定の「対象」が只管集合する。例えば「土」の「マモノ」であれば、鉱物由来の粒子のみならず、腐食した植物や動物の死骸まで含めた「土壌」が寄り集まって密度を上げていく。そうして「核」になる。
この段階ではシイナにも判らない。目視やセンサーを駆使した所で「ちょっと盛り上がっている」以上の情報は得られない。幸いなことに、ここまでであれば被害は無いに等しい。問題は次。
実害をともないだす第二段階、「成長」を始めた「マモノ」は移動する。それによって、倒壊や陥没といった明確な被害をまき散らす。経路上に何某の設備があった日には目も当てられない。見つけ次第破砕すべしとされている。なにより、被害規模が加速度的に増大する次の段階へ移らせるわけにはいかない。
ただ厄介な事に、この段階のマモノは自信を隠蔽しようとする。平べったく伸びたり地中に埋まったりして、周囲にとけこもうとする。幸いなことに第一段階と違い電波音波X線を組み合わせればその位置を特定する事は出来るのだけれど、そうするとそれらが刺激となって、折角じっとしてくれているマモノが活発化してしまう。そこでシイナに白羽の矢が立った。当然、彼女が感じている臭気の組み合わせを再現する研究は続いているが、これまでの所結果は出ていない。
シイナは一度、鼻を短くスンと鳴らして、すぐに顔をしかめた。彼女が装着しているのは所謂防毒マスクというもので、その役割は特定のガス濃度の低減だ。マモノのにおいを直接かいだら、彼女はのた打ち回る破目に陥る。他者にとってはただのオゾン臭でしかなくても、彼女にとっては「タバスコを瞳に垂らさたらこうなるだろう」という刺激になってしまうのだ。だからマスクは外せない。それゆえに、彼女のマスクにはマイクとスピーカーが組み込まれていた。
「見つけたよ」シイナは左胸にあるポケットに収まっている、無線機のボタンを押しながら言った。「間違いない、と思う」
まずはモーターのスイッチを切る。それからハンドルを少しだけ切った状態で、駆動輪をロックする。ここまでは教習所で教えられる通り。
それから障害物の無い限りは右へ、体ごと四十度ほど回してから、つま先を揃えてシートから滑り落ちる。普段であれば右肩にトートバッグを提げているので、車体が左側に残ってくれた方が収まりがいいからだ。つまりこれは習慣の類。今のように身一つの状況では、特別な効果を持ち合わせない。
そして最後にシートの座面に手を乗せた。その高さは彼女のウェストに迫る。これはもう儀式の様なもの。成長期とは何だったのだろうかとか、そもそもそんなもの有ったのだろうかといった無駄な思考を取り払う為に必要な時間。毎度毎度こんな事をしているのではない。時折そんな気分になるというだけだ。
やがてシイナはほうっと息を#吐__は3いた。シートをペチペチと叩いてからゴーグルを取り外し、それからハーフメットを脱ぎ去る。あちこちで癖毛の跳ねている明るい色のベリーショートがふわふわと風に靡いた。これで支度は終わり。鼻と口を頬ごと覆うゴテゴテしたマスクは外さない、外せない。毒ガスが充満しているだとかそういう理由では無くて、単に彼女の自身の体質が故に。
シイナはもともと鼻が良かった。特に嗅ぎ分けることに関しては、比較対象を自身の記憶に求めることも出来たほどだ。それがあったからこそ今の彼女を模っている全てと巡り合う事が出来た。そこまでは良かった。
問題が起きたのは半年ほど前。彼女の住む町にしては珍しい、雨、それも霧雨が降った日のこと。この地方出身ではないシイナは雨の匂いというものに郷愁を誘われ、傘をさして一人浸っていた。この辺りの雨は随分と「ツンツン」するんだなと、胸一杯に吸い込んで愉しんでいた。そして視界が真赤に染まった。当時は大騒ぎになった。
以来ことある毎に検査だ試験だと連れまわされていて、現在は多少尖った共感覚の類であろうという評価に落ち着いている。その過程で、どんなニオイに対してどんな症状が出るかについても、ある程度絞り込まれた。その結果、彼女はこの役割を押し付けられてしまった。不意打ちでマモノを見つける、という彼女にしか出来ない役割を。
<マモノ>
それは半年ほど前に初めて観測されて以来、洋の東西を問わず各地で頻発している「現象」の異名。人口密度の低い場所で発生する傾向が強く、その内容は三段階に分かれている。
第一段階は「発生」。有機無機、生物非生物を問わず、特定の「対象」が只管集合する。例えば「土」の「マモノ」であれば、鉱物由来の粒子のみならず、腐食した植物や動物の死骸まで含めた「土壌」が寄り集まって密度を上げていく。そうして「核」になる。
この段階ではシイナにも判らない。目視やセンサーを駆使した所で「ちょっと盛り上がっている」以上の情報は得られない。幸いなことに、ここまでであれば被害は無いに等しい。問題は次。
実害をともないだす第二段階、「成長」を始めた「マモノ」は移動する。それによって、倒壊や陥没といった明確な被害をまき散らす。経路上に何某の設備があった日には目も当てられない。見つけ次第破砕すべしとされている。なにより、被害規模が加速度的に増大する次の段階へ移らせるわけにはいかない。
ただ厄介な事に、この段階のマモノは自信を隠蔽しようとする。平べったく伸びたり地中に埋まったりして、周囲にとけこもうとする。幸いなことに第一段階と違い電波音波X線を組み合わせればその位置を特定する事は出来るのだけれど、そうするとそれらが刺激となって、折角じっとしてくれているマモノが活発化してしまう。そこでシイナに白羽の矢が立った。当然、彼女が感じている臭気の組み合わせを再現する研究は続いているが、これまでの所結果は出ていない。
シイナは一度、鼻を短くスンと鳴らして、すぐに顔をしかめた。彼女が装着しているのは所謂防毒マスクというもので、その役割は特定のガス濃度の低減だ。マモノのにおいを直接かいだら、彼女はのた打ち回る破目に陥る。他者にとってはただのオゾン臭でしかなくても、彼女にとっては「タバスコを瞳に垂らさたらこうなるだろう」という刺激になってしまうのだ。だからマスクは外せない。それゆえに、彼女のマスクにはマイクとスピーカーが組み込まれていた。
「見つけたよ」シイナは左胸にあるポケットに収まっている、無線機のボタンを押しながら言った。「間違いない、と思う」
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