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2.オフィーリアの記憶 ~ある懐かしき日々~ ①
しおりを挟むレーヴェン王国の王太子妃、オフィーリア・ド・レーヴェンは、幼い頃から王太子のオズウェルに乞われ、18歳で王家に嫁いだ。
5歳の頃、初めて会ったオズウェルは、金髪碧眼のザ・王子様と言える容貌だった。まるでキラキラの金粉と女優ライトを全身に浴びたような煌めきが目に眩しく、美形を見慣れた公爵令嬢でさえ、思わずフリーズしてしまうような存在感があった。
半面、幼いながらに自分が担うべき立場の重さを理解し、実直に向き合おうとする彼の姿に、オフィーリアが心を奪われるのにそう時間はかからなかった。
彼の不器用な優しさや自分へ向ける愛情を感じながら二人で一緒に過ごす時間は、忙しかったがとても幸せだった。
「リア、私にとって人生で一番幸せだと思った事は、何だと思う?」
「さて、何でしょう? 愛馬のロッジが生まれた事でしょうか?」
真剣な顔で、小首を傾げながら悩むオフィーリアの耳元で、彼が囁く。
「それは、リアと出会えたことだ」
「えっ? もう、オズったら!」
「本当だよ。愛しいリアが私を支えてくれる。それだけで幸せだ」
自然な距離で甘く言われてしまうと、すぐに耳まで熱が籠るのがわかる。慌てて顔を逸らそうとするオフィーリアの頬に手を添え、オズウェルは逃さないとでも言うようにその唇を啄んだ。
「すぐに赤くなる目元も、柔らかい唇も、全てが愛しく好ましい。リア、一生私の傍から離れないでくれ、お願いだ……」
「はい。オズが望むなら、リアはずぅっとあなたの傍におります」
甘く長い婚約期間を経て王家に嫁ぎ、オズウェルの妻となって約1年後、オフィーリアが第一子を授かった時は、それこそ彼は涙を流して喜んだ。だから、我が身に宿った小さな命を、彼女はことさら愛しく感じていた。
「本当に良くやってくれた!リアは凄い!子供が王子でも王女でも私はかまわん。リアと私の子供なのだ、どちらでも嬉しい!」
そう言って無邪気に笑うオズウェルは、王太子以前にオフィーリアにとってとても愛しい相手だった。
そんな愛しい人との間に授かった愛しい子。大切な存在。このままこの子が生まれれば、やがては夫が国王となり、我が子は次代を担う存在となる。そうすれば自分は陰から二人を支え、ずっと見守っていくことができる。王太子妃であるオフィーリアはそんな風に思っていた。
今から一年前、この国に大聖女候補が現れた。まだ聖教会に大聖女だと認められたわけではないが、それでもこの国に大聖女が生まれるかもしれない。これは慶事だと二人も喜んだ。
聖教会の大司教曰く、もともとこの国には、数年後に大聖女が現れるという予言が下りていた。それは国内でも重要な機密事項であり、教会内でも数名の幹部しか知りえない。そんな中、突然聖魔法を操るリリスが教会を訪れたときは、教会内はかなりの大騒ぎになったという。加えてその聖力の保有量から、もしかしたら彼女が予言の大聖女なのではないかという話になった。
本来の予言で、大聖女の顕現はまだ数年後とされていたため、教会もはじめはその存在を訝しんだ。が、彼女の聖力があまりに膨大なので、聖教会側はしばらくの間は彼女を大聖女候補とする事にした。
「妃殿下、ご存じですか? なんでもこの度新しく聖教会に召された大聖女候補のリリス様は、体から眩しいほどのオーラを放っているそうですよ? その上とんでもない美貌の持ち主だとか」
侍女のハンナが、オフィーリアの髪を梳きながらそう話す。
「まぁ、そうなの? よほど素晴らしい方なのでしょうね?」
「どうやら、週に一度は大聖堂でけが人や病気の民間人に癒しの術を施しているらしいです」
「あらまぁ、民間人にまで癒しの術を?」
「えぇ。術を施している最中のリリス様は大変お美しいらしく、その姿を見た誰もが心を奪われてしまうのだとか」
「そう、いつかお目にかかりたいものね」
もともと聖魔法を持つ者は、人に好かれる傾向がある。だから聖女が人々から慕われ、好かれるのは自然なものと考えられた。だが、リリスの場合は特別で、ほんの一瞬でも対面した人の心を魅了してしまう。特に若い男性にはその効果が大きく、貴族のように元より大きな魔力を保有する者ほどその心酔具合が激しかった。
オフィーリアはリリスの噂を耳にしたとき、夫のオズウェルは大丈夫だろうかと心配だった。王太子というだけあって、その魔力の保有量は人一倍多い。
しかし王族の場合、他者からの魅了や魔力干渉を受けないよう、幼い頃から特別な法具を身につけている。だからいくら相手が聖女であっても大丈夫だろうと思い込んでいた。
それに、妊娠をあれほど喜んでくれた夫が、外の女性に気を許すはずなどないと信じていたのだ。
「ご心配ですか?」
「まさか。ハンナ、私を揶揄ってるの?」
「いえいえ、からかうなんてとんでもございません。ですが、いかにリリス様がお美しくても、妃殿下に敵う女性などおりませんよ?」
「まぁ、上手ね?」
「えぇ、今度の城下視察の際は、ぜひこのハンナもご一緒させてください。で、叶う事なら、今流行のマカロウンなるものを食べてみたいです」
「あら、それはいいわねぇ」
ハンナと軽口を言い合い、不安をやりすごす。だが、そんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。
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