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29. 変わりゆく姿
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* * * * * *
王都から外れたジギルの街では、ここ最近無いほどに観光客が増えて賑わっていた。それもそのはず、近くの森で万病に効くという月花草が見つかったというのだ。その情報を得た商人や薬師がひっきりなしに訪れている。
「なんだか最近旅人さんが増えてくれて助かるねぇ。月花草様様だよ」
「そうさねぇ。一時期は大罪人がこっちに逃げて来たとかで物騒だと思ってたけど、景気が上向いてくれて良かったよ」
そう、この街はリリスが逃げてきた森の隠れ家に一番近い街だった。街の掲示板にはそこかしこに大罪人リリスの似顔絵が貼られ、生死を問わず、捕縛した者には500万クレジット支払われると言う。要するに体のいい賞金首と化しているわけだ。
「商人とか薬師とか言うけど、ほとんどは聖騎士とか警備隊の密偵じゃない。最近は森の中でも人を見かけるようになったし、この街ももうダメね」
姿を変えて食糧調達のために街を訪れたリリスであったが、どうやら自分を捕縛するための追手の数が増えている。ルクスがいない今、情報収集をするにも何をするにも自らの手で行わねばならず、リリスは知らぬ間に焦りを感じ出していた。
意味不明の顔の激痛も治まり、森の隠れ家での生活にも少し慣れてきたが、リリスはどうにも落ち着かない日々を送っていた。それは時折自分の中に誰か別人の記憶が入り込んで来るような不快な感覚だった。
暗い牢に閉じ込められ、与えられるのは残飯の野菜が少し入ったスープと、歯がおれそうな程固いパン。それも時折アオカビが生えている時すらある。地面に這い蹲って食事をし、気が付くと上品な洋服を着た連中に叩かれ、蹴られ、鞭を振るわれ、時には魔法の試し打ちの的にされたりもする。そんな過酷な経験はしたことがないはずなのに、そんな映像が頭の中を掠めるのだ。
「あれは一体なんなのかしらね。まぁ、気にしたって仕方ないものね。それより、これから先どうするか考えなくちゃ」
街で食料を買い、人目を避けて森の隠れ家へ戻ると、そこには待ちわびていた相手がいた。
「アステル様! 待ってたのよ。中々来てくれないから、どうしようかと思ってたの」
「おや、いつも強気なお前がいきなり弱音か?」
「そんなこと言わないでよ。聖女候補の襲撃に失敗して今じゃお尋ね者なんだから。ルクスは捕まってどうなったのか見当もつかないし、参っちゃうわ」
「なら、お前はこれから俺の側近として、王宮に来てもらう」
「えっ? 王宮? 入れるの?」
「あぁ、まずはこれを使え」
そう言って渡されたのは錠剤のような白い小さな魔石だった。
「これは? 飲み込めばいいの?」
「あぁ。姿を変える魔法を仕込んだ魔石だ。飲むと姿が変わるまで痛むがそれは我慢しろ」
「分かったわ」
言うが早く、リリスはその魔石を飲み込んだ。途端に何とも形容のし難い痛みが全身を駆け巡る。
「ぐっ! ぐあぁぁっ! だ、いだぁい……」
あまりの痛みに目の前が涙で霞む。床に倒れこんだ先にアステルの歪な笑みが見えた。
(あ……私、この光景、前にも見たことがあるわ)
リリスの記憶の奥底から呼び出されたのは、以前にもこの薬を飲んだ経験があるという事だ。体中を毒虫が這いまわるような激痛にも身に覚えがある。あれはいつの事だったのか。どうして自分がこの薬を飲んだのかが思い出せない。
「どうだ? 少しは落ち着いたか?」
「は、はい」
「起きられるようなら、起きて鏡でも見てみろ」
言われてゆっくり起き上がり、部屋にあった鏡をのぞき込む。するとそこには今までの自分とは思えない別人が立っていた。以前のピンクゴールドの髪は落ち着いた濃紺に、淡い若葉を思わせたミントグリーンの瞳はブルーに変わっている。以前は可愛らしく男性の庇護欲をそそる見た目だったが、今回は理知的で冷たい印象を抱かせる姿になっている。
「これはまた、凄いわね。この姿はどれぐらいもつの?」
「魔石の効果が切れるまでだから、当分は変わらないさ」
「へぇ。これなら誰も私がリリスだって気付かないわね」
「お前には、これから隣国の使節大使アステルの側近として働いてもらう。聖教会側から聖杯に近づくのはもうムリだからな」
「ご、ごめんなさい」
「なぁに、聖杯に近づく方法は一つじゃないさ。今度はお前の力でこの国の国王をたぶらかしてもらう」
「王様を?」
「そうだ」
「へぇ……いいわね、それ」
ニヤリと笑うその姿は、纏う色こそ違っても、紛うことなく悪女リリスの素顔だった。
その頃、スタイン侯爵家のシャーロットの部屋では、彼女の使い魔のマビルが姿を現し、何やら報告を始めていた。
「そう。ようやく魔王が姿を現したのね?」
『はい。今は隣国からの使節大使としてアステルと名乗って王宮に招かれて滞在しているようです。リリスの方は姿を変え、今度は魔王の側近として王宮に上がるようです』
「で? ターゲットは国王陛下?」
『はい。主のご想像の通りでした』
「シュナイダーの方は?」
『そちらはシリル様が頑張ってくださり、着々と準備が整っております』
「そう、シリルが研究室で色々頑張ってるのね。そろそろ何かご褒美をあげなきゃダメかしら?」
『それは主のお気持ちのままに』
マビルの会話に出たシリルとは、シャーロットの弟であり、次期スタイン侯爵になるスタイン家の一人息子である。ご存じの通りスタイン家の面々は、一癖も二癖もあるツワモノぞろいである。シリルも類に漏れず、かなりの変わり者だった。そして、大のシスコンでもある。
するとシャーロットの部屋のドアが凄い勢いで開き、小さな塊が彼女の胸に飛び込んできた。
「シャル姉さま! お呼びでございますかっ?」
「まぁ、シリル。相変わらず元気そうで良かったわ」
シャーロットがそう答えると、シリルは嬉しそうにグリグリと彼女の胸に顔を埋めて来る。仕方ないという風に小さく息を吐き、その小さな頭を撫でてやると、彼は嬉しそうに破顔した。
「姉さま、ボクの研究室、見に来ます?」
「そうね。マビルからあなたが頑張ってると聞いたばかりよ?」
「うれしいなぁ~。姉さまに認められるためにボクがんばってますから」
「そう。ありがとう」
姉のシャーロットの前では常に可愛く慎ましいシリルであるが、実はこの少年はある意味とんでもないモンスターである。スタイン侯爵家の中でも魔族研究に優れていて、数多くの魔物やそこから派生した特殊個体を使役しているのだ。中でも彼の専門分野は吸血種であり、最強と言われる吸血鬼の始祖でさえこの一四歳の少年には逆らえないという。
そんなシリルに誘われるがまま、地下深くにある彼の研究室に足を踏み入れると、そこには沢山の試験官ならぬ人体蘇生装置が設置されており、その中の一つにシャーロットにも見覚えのある一人のダンピールが入っていた。そう、その人物こそ、リリスの生物学上の父であるシュナイダーであった。
「ここまで復活するのに、随分時間がかかったわねぇ」
「そうですね。ダンピールは本来再生能力が高いのですが、彼はかなりズタボロにされてましたからね。おまけに心臓の魔核まで欠けていたので、正直ここまで再生できたのが不思議なぐらいです。何らかの強い意志が彼を支えていたのではないでしょうか」
「…復讐…かしらね。仲間や妻子を殺されたのですもの。その恨みは比べ物にならないわ」
「復讐ですか。たとえそうだとしても、それが彼の生きる意欲に繋がってくれるなら、ボクは素晴らしいことだと思います。彼には幼い頃から随分助けてもらいました。だからこれからの人生も頑張って生きて欲しいと思います」
「そうね。本当にそのとおりだわ」
ダンピールのシュナイダーは、数百年に渡ってスタイン家に所属する魔族専門の殺し屋であった。実は彼、スタイン家の先祖にあたる娘と吸血鬼の間に生まれたハーフなのである。本来日の光の元で生活できないバンパイアとは違い、彼はバンパイアの特殊の力を引き継ながら人間同様に昼でも行動が可能なのだ。そこを利用し、彼は人間に害を及ぼすバンパイアを同じダンピールの仲間たちと駆除して回っていた。
そんな彼を邪魔に思っていた魔王アステルは、数年前に彼と仲間たちのアジトを襲った。現場は文字通り皆殺しの様相を呈しており、マビルから通報を受けた救援隊が駆けつけた時はもう誰も息をしていなかった。かろうじて魔核と身体の一部が残っていた者の遺体を回収し、こうしてシエルがその体を蘇らせていたのだ。
「それでシュナイダーの意識はもうあるの?」
「はい。まだ一日にほんの数分しか会話できませんが、あと数日もすれば蘇生装置からでれますよ」
「そうなのね。シュナイダーとまたお話しできるのはうれしいわ」
シャーロットやシリルが物心ついたころから、シュナイダーはスタイン家を時折訪れては二人の遊び相手をしてくれた。魔物について教えてくれたり、黒魔法の使い方を教えてくれたり、変態ロリコン趣味のオヤジに誘拐されそうになったら助けてくれた。
幼少時からゴスロリ衣装を身に纏ったシャーロットやシリルはそれはそれは可愛らしく、ロリコン趣味の下衆野郎共には大層人気があった。まだ上手く黒魔法が使いこなせない二人のために、彼は下衆野郎共を蹴散らすために色々と手を尽くしてくれたのだ。
「ボクもシュナイダーおじさんのために色々と頑張ったんだよ?」
「まぁ、本当? 凄いわね」
「うん。せっかくイチから身体を作り直せるんだから、強くなるように色んなオプションを付けたげたんだ」
「オプション?」
「うん。例えばねぇ……」
シリルがシュナイダーのために頑張ったこと。それは前腕を取り外せば、肘の先からもの凄い勢いの火魔法が噴き出すこと。目や口から雷魔法が放出できるようにしたこと。指先からは魔法弾が発射でき、相手を一撃必殺でやっつけられる仕様にしたこと……等々だった。「これで魔王もイチコロだよ」と満面の笑みを見せる美少年に、シャーロットも思わず笑顔を引きつらせてしまう。
「そ、そ、そ、そう…」
(え…それってマ○ンガー? いやウ○トラマン? コ○バトラーだったかしら? どっちにしても、それ使う時の絵面、かなりマズいんじゃないの?)
ダークヒーローの最たる存在であるダンピールが、昭和のお子様ヒーローの如く目からビーム光線を発射する姿など見たくない。マジで嫌だ。間抜けすぎる。
何処をどう間違えばそんなオプション装備が出来るというのだ。シャーロットのこと以外は何故かセンスが暴走してしまうシリルに、シャーロットは大きな溜息をつく。
無自覚かつ無垢な好意ほど恐ろしいものはない。シュナイダーが目を覚ましたら、一体どう説明したものかと、頭を悩ますシャーロットだった。
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