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30. カイブツ
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* * * * * *
レーベェン王国の辺境にある城の地下牢に一匹のカイブツが閉じ込められていた。彼女はその城の城主の娘が魔族に犯されて産んだ子だった。城主の娘はカイブツを産んで間もなく息絶えた。
城主は愛しい娘を不幸のどん底に陥れ、死に追いやったカイブツを恨んだ。野良犬より酷い残飯を与え、毎日血を流すほどに鞭を振るった。娘の兄弟はカイブツを攻撃魔法の的にして、鬱憤を晴らした。カイブツがどんなに泣き叫ぼうとその拷問は毎日続き、カイブツはやがて感情を失い、全てを諦めた。
そんなある日、毎日カイブツの元を訪れる城主がパタリと来なくなった。彼女をいたぶっていた兄弟も全く来なくなった。不思議に思っていたところへ、今まで見た事もない綺麗な少女が現れる。
「へぇ、あんたこんな所にずっと閉じ込められてたの?」
「?」
「安心して。もうあんたを虐めてた奴らは来ないよ。私がみ~んな殺しちゃったから。あ、もしかしてあんた、しゃべれないの? じゃあこれからどうする? うちに来る?」
「?」
少女に手を引かれて牢から出されようとしたが、外の世界は恐ろしいと思い込んでいたカイブツはその手を拒んだ。牢の鍵が壊されても、カイブツは外に逃げようとは思わなかった。腹が空いても、牢の中がネズミだらけになろうとも、その場を動こうとしなかった。
やがて、そんなカイブツの元を、例の少女が毎日訪れるようになった。彼女は美味しいパンと肉がたっぷりと入った美味しいスープを持ってきた。外に出て彼女の『家』とやらに行けば、毎日こんなに美味しい物が食べられるという。
そして彼女は徐々に自分の身の上話をするようになった。
彼女の名前は『リリス』といい、殺し屋という仕事をしているという。自分と同じ魔族の血が少し混じっているらしい。だが、彼女には、彼女を大切にしてくれる親という存在がいる。美味しい食事を与えてくれて、毎日楽しい話をして、寝る前はハグをしてキスまでしてくれるという。ママと言う存在は、とても良い香りがして、柔らかくて、温かくて、抱きしめられると安心するのだとか。パパは強くて逞しくて、いつも彼女を大切にし、護ってくれるんだそうだ。
なにそれ? あんたも同じ魔族の血が流れてるんでしょ? なのに、あんただけどうしてそんなに幸せそうなの? チョーだいよ。そのママとパパ。お日様が当たるとキラキラ光る髪も、宝物みたいに綺麗な瞳も、傷のない白い肌も、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、チョーだい。
カイブツは自分を助けてくれたはずの少女に感謝するどころか、妬みと恨みを抱いた。そして身が焦がれるほどの羨望も。
「お前の願い。叶えてやろうか?」
ある日、目の前に男が現れた。男は思わずひれ伏しそうになるほどの魔力をその身に纏っていた。逆らったら殺される。カイブツの本能がそう告げた。
「ヒっ!」
「お前の考えている事など手に取るように見え見えだ。お前の歪んだ心根が俺は好きだ。お前の醜い見た目も嫌いじゃない。だが、あの小娘の見た目が好きなら与えてやろう。幸せという概念も何もかも、お前が望むものを与えてやろうじゃないか」
そう言って男は小さな赤い魔核をカイブツに与えた。カイブツは逆らう手段など持たずに、促されるままにその赤い魔核を飲み込んだ。
突如、猛烈な痛みと脳みそを揺さぶられるような膨大な記憶がカイブツを襲った。全身を耐え難い痛みが駆け巡る。あまりの痛みに目の前が涙で霞んだ。床に倒れこんだ先に男の歪な笑みが見える。残飯を喰って寝て拷問を受ける日々の記憶など、あっという間にどこかへ仕舞われ、消え失せてしまった。
そう。カイブツはこの日、『リリス』になった。
スタイン侯爵家の長男であるシリルの研究室では、魔王アステルに一度は殺されたはずのシュナイダーが目を覚まし、人体蘇生装置から出されていた。薄暗い研究室に灯る魔光石の光に、一瞬眩しそうに目を細めるもすぐに慣れて、今度は目の前にいる懐かしい二人に視線を向ける。
「シュナイダー、お久しぶりね。身体の調子はどうかしら?」
「シャル様、お久ぶりです」
「ねぇ、シュナイダーおじさん、大丈夫だとは思うけど、少し体を動かしてみてよ」
「…こう、ですか?」
「そうそう。うん、バッチリ問題なしだね!」
以前は傷だらけだったはずの身体には、今は傷ひとつ残ってない。痛みも、ノドの渇きも、飢えさえも何も感じない。そればかりか、体の中から湧き上がってくる力がとてつもない量である。
「これはまた、何とも凄い身体だな」
「でしょ? でしょ? おじさんのために、頑張ったんだ。ボク」
「この体なら、あの時勝てなかったアイツにも勝てるかもしれない」
そう言って何やら行動を開始しようとしたシュナイダーに、シャーロットが慌てて待ったをかける。
「ちょっと! 一刻も早く魔王を殺したいのはわかるけど、落ち着いて! 確実に奴を殺して全ての策略をペチャンコに潰すには、ちゃんと計画的に動かないと。今、その準備をしてる最中だから、少しだけ待って。必ず奴に復讐させてあげるから」
シャーロットがそう言うと、シュナイダーは彼女を見て、何故か怪訝そうな顔をする。
「シャル様、少し…というか、かなり変わりましたね」
「え? あぁ、うん、まぁ。色々とあったからね。その話もおいおいゆっくりとするから」
「そうですか。まぁ、シャル様が望んでされたことなら、俺が文句を言うことじゃないですね。わかりました。サリーにリリス、そして仲間を殺された恨みは、必ず晴らします」
「あ。因みに、リリスの姿をした偽物がいるから気を付けてね。まぁ、今はまた別の姿に変わってるみたいだけど」
シャーロットはシュナイダーの娘、リリスの姿と名を語り、聖女候補や王太子妃を殺した怪物の存在を彼に伝えた。彼は娘の名を語った上に、悪事を働いた女に嫌悪感を隠さなかった。そして、魔王と一緒にその怪物も始末すると憤った。
「その怪物は、あなたの娘…リリスの記憶も全て受け継いでいるの。多分、彼女の魔核を食べたんでしょうね」
「なんだとっ! クソっ」
シュナイダーの怒りの波動で、スタイン家の建物がまるで地震がおきたようにグラグラと揺れた。
「ちょっ、シュナイダーっ、落ち着いてっ!」
シャーロットが慌てて宥めると、徐々に建物の揺れも静かになる。
「シュナイダーおじさん、そういえば、まだ新しい力を上手く制御出来てませんね」
「すまない。確かにそのようだ」
「では、おじさんの身体を設計したボクが、力のコントロールの仕方を説明しましょう!」
シエルが嬉々としてシュナイダーに説明を始める。身体に込められた魔力が魔王並みの膨大なものであること。そして従来のバンパイアの身体能力や変身能力、人心掌握能力に加え、影の中を自由に移動できる瞬間移動能力なども備わっている事を話す。
「で、本題はここからなのです! 魔力を現代風にカッコよく使えるように、おじさんの身体の各パーツに攻撃魔法の発生装置を取り付けました! まずはですね……」
自身の前腕を取り外せば、肘の先からもの凄い勢いの火魔法が噴き出すこと。目や口から雷魔法が放出できるようにしたこと。指先からは魔法弾が発射でき、相手を一撃必殺でやっつけられることなどを嬉しそうに全力で説明するシリル。
最初のうちは『おぉ!』とか驚いた様子のシュナイダーだったが、目や口から雷魔法が出せると言われたあたりから、徐々に表情に蔭りが見え出す。
(そりゃそうようね。だって……ダサいもの……)
シュナイダーの本物の娘 が見たら、絶対に『超ウケるんですけどぉ~』とか言って大笑いしそうだ。
完全に頬を引きつらせながら、それでもシリルの説明に何とか応じようとするシュナイダーを、黙って同情の視線で見守るシャーロットだった。
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