イノセントキラー

ゴンザレス

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 昼休みも終わり教室へ戻ると、「三浦ー、菊池さんが放課後残って欲しいってさ」とクラスメイトの人が声を掛ける。

「話したいことがあるんだと」
「え、菊池さん、ここに来たの?」
「毎日来てんよ」

 「でも、お前がいないと知ると、でっかい弁当持って戻っていくけどな」と悔しそうにいう。

「そっか。申し訳ないことしてたな」

 弓月は竜ヶ崎に連絡を入れ、今日は別行動を取ることにした。

(どうせ俺がいても先に逃げるだけだし、というか最近の状況だと俺がいる方が邪魔にしかなってないし、今日はこれで良かった気がする)

 先ほど伸ばされた片方の頬を摩って、今度は自ら伸ばしてみた。「痛いじゃん」。

 菊池の気持ちに気付かなかったとは言えない。しかし、始まりは竜ヶ崎に手酷い振られ方をした菊池を見兼ねて、声をかけたことが始まりだ。
 そこには、竜ヶ崎への逆恨みを恐れたことも含まれている。ゆえに、純粋な同情心で声をかけていない。

 そんな弓月は彼女の気持ちに紳士に応える資格はあるのだろうか。
 自問自答しながら、放課後に伝えられるであろう言葉の返答を考えあぐねる。

 その答えが見つからぬまま、その時は無情にも訪れる。

 「弓月君! やっとまともに話せるね」教室に残る弓月に菊池が声をかけた。

「百合ちゃん。最近はずっと付き合い悪くてごめんね」
「……ううん。それより、校内で竜ヶ崎と一緒でいいの? ただでさえ、噂が出回っちゃってるのに」

 「変な目で見られ続けてない?」と弓月の身を案じてくれている。

「あは、たしかに余計に見られてる気がするかも。前よりも人が近寄らなくなったかな」

 弓月は竜ヶ崎を迎えに行く度、人が近寄りもしなくなっていることに違和感を感じていた。もう、好奇な目でも見ないのだ。視線も感じない。

「でも、別にいいかなぁ。仲の良い友達なんてシロくらいだし」
「それは竜ヶ崎の後ろにいただけだからなんじゃないかな?」

 菊池は弓月の手を取り、自分の頬に添える。「私は、厚化粧を止めたら、価値観がガラッと変わったよ。もちろんあの日、弓月君が綺麗だって言ってくれたからなんだけど」。

「だから、弓月君も竜ヶ崎から一度離れてみるといいんじゃない? 仲の良い友達ができるかもしれないし、もしかしたらもう既にいるのかもしれないよ」

 そして、弓月が午後からずっと危惧していた言葉が菊池の口から発せられた。「弓月君のクラスメイトもきっと弓月君のこと好きだよ。私も……私は男の人としてすごく好きだけど」。

 僅かに弓月の下から見つめる菊池の瞳が揺れている。さらに、添えられた手からも緊張が伝わり、真剣で真っ直ぐな感情が届けられる。

 考えのまとまらないままこの時を迎えてしまったが、伝え方を迷っていただけで結果は考える余地もなかった——「ごめん」。

「俺、好きとかまだよく分かんない。でも、すごく気持ちは伝わったよ、ありがとう。やっぱり強い女の子は勇気も度胸もあって、凄いや」
「違う。違うよ。その勇気は弓月君がくれたものなの」

 ゆっくりと菊池の頬から手を離す弓月。その間、菊池の眼から伝う涙を拭うことはしない。

「俺、帰るね。短かったけど仲良くしてくれてありがとう」

 「今すぐ走ればシロに追いつくかな」と独り言を呟きながら教室から出ようとした刹那——。

「竜ヶ崎から離れた方が良いって言ったのに」

 下卑た笑い声が二人だけの教室に木霊する。弓月が振り返れば、狂ったように笑いながら涙を止めどなく流す菊池が問う。「私より、人の表面しか見ない竜ヶ崎を取るんだ、弓月君」。

 明らかな絶望を体感しているらしい。

「人間の皮を被っていれば相手は誰でも良いような竜ヶ崎の方が私より良いの?! 私の自慢の髪を触りながら、別の人間と重ねてるアイツの方が!」

 「……おかしい、おかしい!! どうして、アイツは何も変えずに欲しい物が手に入るのよ! 不公平じゃない! まるで、まるで私はアンタたちの……当て馬……」と滂沱ぼうだの涙を流す。

 そして、泣き崩れて床に膝を着く菊池に「シロは何も手に入ってないと思うよ。だって、シロは何も欲しがらないから」と弓月はいう。

 それを聞いた菊池は嘲笑して弓月に言った。「……じゃあ、アイツは欲しがらないんじゃなくて、欲しがれないんだ。いい気味」。

「弓月君、私、言ったから。竜ヶ崎とは離れた方が良いって」

 この言葉を最後に、菊池はおもむろに立ち上がり教室を後にした。菊池は男に二度泣かされた。

 ポツンと佇む弓月に、優しく差し込む西陽が哀愁をより深く感じさせる。
 
「百合ちゃんは絶対に俺に泣かされちゃいけない人だった。だから、傷つけないように今まで何時間も考えてたんだけどな」

 「結局こうなるんだ」弓月は天を仰いだ。でなければ重力で落ちてはならないものが流れ落ちそうだったのだ。
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