イノセントキラー

ゴンザレス

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 結局唇女だけではなく、もう一人の女もついてきて三人で歓楽街の方へ歩いている。両腕に華といいたいところだが、竜ヶ崎には二人の顔がノイズがかかったように曖昧だ。
 歓楽街を制服で歩き回ると後々面倒なことになりそうだが、この際どうでもよかった。

 竜ヶ崎の両サイドで、しおらしくしている玩具二体。竜ヶ崎は少し焦っていた。

(やべぇ……勃たないかもしんねぇ)

 そんな焦燥感に紛れて、いつも不意に感じていた憎たらしい視線を蔑ろにしてしまった。だから、「——おい、アンタ。これからどこに行こうとしてんだよ」の声がするまで、後ろの気配にまるで気が付かなかった。

 振り向かなくとも、この主は分かっている。女たちは怪訝そうに男を見るが、男にとって竜ヶ崎の両腕にくっついている華は羽虫と同然なのだろう。
 女たちの訝しげに送る視線を歯牙にもかけず、こちらへずんずんと近付いてくる。

「停学中に何シケ込もうとしてんだよッ!」

 挨拶代わりと言わんばかりに殴りかかる男。しかし、それは竜ヶ崎によって不発に終わる。そして、避けたついでに男の腕を後ろで捻り上げた。「桜木。お前、一人なのか」。

「当たり前でしょう。つか、ここは荒んだ性生活を送るクズ男が一発くらい殴られて喝を入れられるとこでしょうよ」
「まだヤってねぇっつの」
「だって、竜ヶ崎さんが三浦先輩の連絡にも返信せずどこほっつき歩いてるかと思えば、堂々と浮ついたことしてっから」

 彼女たちはここでようやく竜ヶ崎の正体を知り、黙ってこの場から姿を消した。歓楽街も目の前に差し掛かったところであった。

 桜木は悪びれもなく、「行っちゃいましたね」という。

 それに怒る気になれない竜ヶ崎は、安堵感が先行している。

「あの制服……」

 桜木も岡田の通う学校だと気付くと、途端にトーンダウンさせて竜ヶ崎を睨め付ける。下からより鋭さのある視線で突き刺してくる。

「アンタ、何がしたかったんですか。三浦先輩への当て付けですか」

(当て付け……? ゆづはもう菊池と?)

 竜ヶ崎は桜木の言葉に、全身の毛が逆立つ感覚に見舞われる。弓月の庇護をさせている桜木に手を出しかねない状態だ。

 この期間で弓月と距離を置くと決めたばかりなのに、嫉妬や憤りに支配されて、決意がいとも簡単に崩壊していく音がする。もし、その崩壊が完全に終わった時、その間は竜ヶ崎の良心は鳴りを潜め、本能のままに行動してしまうだろう。

 だが、幸いにもまだ残る理性。それらを総動員させて、「さっきの着信どうせお前だろ。わざわざ俺にかけてきて、何の用だ。俺はおめでたい報告なんて聞きたくねぇからな」と防戦を張る。

 返答次第では完全崩壊待ったなしだ。

 桜木は据わりかけた眼を向ける竜ヶ崎に深くため息を吐いた。そして、桜木は呆れ顔でいう。「この様子だと僕のメール既読だけ付けて読んでないですね」。

 竜ヶ崎の喉が一瞬詰まる。

 「あ、やっぱり。竜ヶ崎さんから僕に頼んできたんですから、放し飼いは良くないですよ」一瞬の動揺を見逃さない桜木。尚も鋭い目付きで竜ヶ崎を一喝する。

「アンタがそんな不誠実なことしちゃダメでしょ。三浦先輩至上主義なくせに、三浦先輩の気を揉ませるようなことして」
「はっ、お前がそれを言うのか。お前こそ三浦先輩至上主義だろうが。ゆづが望むなら俺とゆづを引き離すことも厭わないくせに」

 沸点が低下していく竜ヶ崎は桜木の胸ぐらを掴んで見下ろす。「そんな奴の事を信用して誠実な対応をしろ? 俺、イイ子じゃねぇから無理だな」。

「あぁ? アンタ、僕が暴走を止めてくれることに安心してたじゃないか。その矛盾に気付いてねぇとは言わせねぇぞ、おい」

 一歩も怯まずに竜ヶ崎に立ち向かう桜木に、弓月の面影がチラついて仕方ない。——人並みの恐怖を抱えているくせに、竜ヶ崎の前では強気で平気なフリをする弓月と。

 一方、桜木は弓月と違って虚勢ではないので、堂々と眼光鋭く竜ヶ崎を睨む。弓月至上主義になると、その他の人間に対する見え方は全てフラットだというのか。
 全く引けを取らない凄みに、据わりかけていた眼が正常になり、ただの輩の喧嘩へと昇華されていく。

「……アンタ、三浦先輩の怪我の経過知ってんのか 」

 掴まれていた胸ぐらを掴み返す桜木。怒りで手を振わせながら、細い腕から男の力で竜ヶ崎を揺さぶる。これ以上の暴力は竜ヶ崎も桜木も得策ではなかった。

「アンタが怪我をさせたようなもんなんだぞ!!」

 「アンタが……さっさと腹括ってりゃ、今回の騒ぎは起こさずに済んだんだぞ!!」と桜木が声まで震わせて、思いもよらないことを言った。
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