イノセントキラー

ゴンザレス

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「弓月くーん? また開いてるみたいなんだけど? これじゃ、綺麗に治ってたのに今度こそ傷目立つよ?」

 竜ヶ崎のことをデカワンコとあだ名で呼んでいた医者が弓月を叱る。「しっかり傷開いてるし。痛くなかったの?」。

 終始青ざめた竜ヶ崎に付き添われ、病院に連れて行かれた弓月。けろっとしている弓月を余所に、「今回は俺のせいだ」と後悔を口にする。

 医師は竜ヶ崎と弓月を交互に見て、にんまりとする。二人の間に繋がった何かを察したらしい。

「まぁほどほどにしなさいよー。僕、外科医だから弓月君のお尻事情は治してあげらんないからねー」
「へぁ?! え、先生……? 何言ってんの?」
「あれ? そういうことじゃなかった?」
「違わねぇ」
「シロまで!? 」

 「デカワンコ君の方がよっぽど覚悟が決まってるね。前は耳垂れたただのデカイだけのワンコだったのに」と竜ヶ崎に刺激を与える医師は、弓月の患部を処置しながらこともなげにいう。

「それより、ゆづの傷は大丈夫なのか」
「ああ、そこは僕の担当だから任せて。でも、その他はちゃんと君が面倒見るんだよ」

 「弓月君って話してるだけでも感じるほど無垢だからさ——あ、もう無垢じゃなくなったんだっけ」と今日はどこまでも挑戦的な先生に、弓月は竜ヶ崎と先生への視線を右往左往させて困惑する。

「大丈夫! デカワンコ君が弓月君のことを好きだってのは、君がここに運ばれた時から知ってるよぉ! それこそ、彼がそういうことを隠さないもんだからさぁ」

 弓月だけが困惑するので、竜ヶ崎は「……覚悟が決まって無かっただけで、俺の方が先だった」と白状する。

「だよねぇ。だからあの日、弓月君が寝てる間にこっそりキスしてたもんね」

 処置の最中に弓月が驚愕して頭を揺らした。おかげで、ピンセットが患部を突き刺してしまい、また出血をする。医師も爆弾を投下した自覚なしに、弓月を叱る。「こら、頭動かしちゃダメでしょ」。

「い、いやいや。無理でしょ?! 先生何言ってんの?!」

 痛みに堪えながら医師に噛み付いて見せるが、羞恥心を隠すのにはちょうど良い。

「えー、だって見えたんだもん」
「だもんって——」

 医師と茹蛸になった弓月のやりとりを「その話は、後で俺がちゃんと説明すっから、こっからはちょっと」と竜ヶ崎が止めた。 

「……ごめんごめん。弓月君、後ろのデカワンコ君が今の君の赤くなった顔を見られたくないから、これ以上はダメなんだって! さっさと処置済ませて、また一週間後に今度こそ、そこのデカワンコ君と抜糸しにおいでよ」

 したり顔で竜ヶ崎を見た後、「良かったね、弓月君」と今度こそ優しい言葉をかけてくれた。竜ヶ崎を知ることを勧めてくれた医師に、感謝してもしきれない。
 病院を出ると、ネット帽を被った弓月に「おぶってくから乗れ」と背中を貸してくれる。それに遠慮せず飛び乗る弓月。

「よし、おぶられたから、寝込みを襲った件については目を瞑れよな」
「え、説明なしにそれぇ?!」
「説明も何も、あの医者が言ったことが全てだ」

 「それよりも辛くねぇか、ケツの方は」と完全に話を逸らしたが、大人しく脱線されてやる。

 初体験で頭部の傷口が開いて出血するという忘れられない結末を迎えたわけだが、一段落すると病院での新事実と相まって羞恥心がやってくる。
 しかしながら、尻の奥が未だむずむずしているような違和感は残るものの、孔が切れたような痛みはない。経験の差というやつが、羞恥心と中和して複雑な感情である。

 竜ヶ崎の背中に顔を埋めて口をまごつかせる。

「な、なんか……すごかった。あんなのを他の女の子としてたのって聞くのは野暮なことくらい分かってんだけどさぁ」

 返答のない竜ヶ崎に「それよりもゴム着けてなかったから、あんなに……その、むず痒くなってたのかな」と話を変えた。

 すると、あ、と言って立ち止まる。「やべ。あれ、もしかしたら媚薬入りのローションだったかもしんねぇわ」とさらりと衝撃的なことを抜かした。

 これには、弓月も羞恥心を忘れて「それ使用済みの物だったら許さねぇからな!?」と怒声を浴びせた。さらに解せないのは、この怒りに竜ヶ崎は嬉しそうに笑って新品だと言ったことだった。

「どうしてそんなもん買ってんのさ!」
きたる日に備えて——」
「準備だけは一丁前に!」
「もちろん、身体目的じゃないからな」
「当たり前だ!」
「でも、きたる日が来て良かった」

 そう言った竜ヶ崎の顔はおぶられていて見ることができなかった。
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