13 / 14
中学生編
4
しおりを挟む
顧問の指示があると、篠田がネットを潜ってセッターポジションを通り過ぎ、八島のところまで無言で歩いてくる。
アウェーなレギュラー側の空気を諸共せず、「そこ、退け」と八島を睨《ね》めつけた。下からの眼光の鋭さに、一瞬慄いてしまう。
「八島、行こうぜ! 俺らも連携を組んで、俺ら独自のバッテリーになってこうぜ」
「……っス」
セッターの多田が八島の背中を押して、コート外へと誘う。
すれ違う岸先輩を視線で追えば、「岸先輩、一本お願いします」と篠田に声をかけられていた。
「了解!」岸先輩の笑顔に初めて、絆されないきゅう、とした胸の痛みに襲われる。
「……俺、岸先輩のトスを打たせて貰えないんですか」
「え?」
背中を押して隣のコートに移動させる多田が、手を離す。
「俺、練習でも一回も先輩のトスを打ったことがない。綺麗なトスを打ったって練習にならないからって」
「……そうか」
「でも、多田先輩だって十分に上手なセッターっス。さっきのクイックだって、合わせたこともなかったのにできた」
「っはぁぁー。ちょっとざわつくようなこと言うなよなーさっきからー」
ホッと胸を撫で下ろした多田先輩が、八島の背中を今度は強く叩いた。
内臓が押し出される感覚を伴いながらえずく。「ちょ、叩き過ぎっス」。
「おい、何してんだ」
高崎先生が早く来いと催促し、ようやっと顧問のところまで駆けつけた。
「お前らは、教えるよりも見て感覚で覚えた方が早そうだな。八島は篠田、多田は岸をよく見とけ。アレがお手本といってもいいだろう」
そういって、八島と多田を置いてベンチ側のコートに戻って行った。
「え、俺ら置き去り?」
「みたいっス」
「んだよ、期待の新星も篠田に負けたかぁ」
「どういうことっスか」
「さっきので篠田が一躍レギュラー争奪戦に名乗りを上げたわけだからなー」
2人は遠巻きにシート練をみるため、その場に腰を下ろした。まだまだ残暑の残る体育館は蒸し器だ。
早速一本目のサーブが打ち込まれる。
それはネットイン(ネットに当たったボールがころっと自陣に落ちる)したボールで、一本目はセッターである岸が触る展開になってしまった。
「篠田! 頼むね」と岸先輩は動じない。予測の難しいボールをできるだけ高く上に上げる。
すると、岸先輩と篠田は完全にポジションを入れ替わり、篠田がセットアップをし始めた。
「おいおい、嘘だろ?! 篠田、セッターも出来んの? つか、どこに上げるんだ? 予測つかねぇ」
「……」
岸先輩は篠田に一本目を任せて、場所を入れ替わると、それで終わりにするのではなく、篠田の方向に走り込んでいた。アレはクイックの走り込みだ。
ベンチ側のブロッカーもセンターに3枚(人)ついて飛んでいる。
「レフト! 低めにいきます!!」
篠田の正解は並行(ネットに並行なトス)で、ブロックは1枚が限界だ。それもタイミングの合っていない、意味をなさないブロックだ。
完全に岸先輩の囮に釣られていた。
レフトスパイカーも言われた通り、速目のテンポを踏んで助走し飛んだ。
ブロックを気にせず打てるということを実感したのか「……ナイストス」とスパイク後にいった。
「やっぱ次元が違うなー! 俺らもあんな風になるまでにどれだけの特訓が必要なんだろうなー。いや、お前はそんなに時間かかんねぇか」
「……いえ。あそこまでのレベルはセンスどうこうの次元じゃないっスよ」
「そうだ。あの状況は普通に考えたら、岸がセッターなんだから、一本目に触れば相手のブロッカーはまず、岸という選択肢を除外するだろう」高崎先生がこちらに歩きながら解説をしだす。
「それにあの見た目だ。スパイク打てなさそうな感じだから尚更だ。なのに、ブロッカーは岸に飛んだ。どうしてかわかるか」
「……それはやっぱり、岸がトリッキーだから釣られて、ですかね」と多田先輩は意見する。
「んーそれもそうかもな。岸は経験豊富で上手だ、という部内の共通認識からバイアスが生じているらしいが、実際に岸のブロックについてみると一番分かりやすいんだけど……んー。答えを言うと、はっきり言って、さっきのプレーの篠田は、確かにいい判断だ。そして、その効果を発揮しているのは岸が、あたかもトスを上げてもらい、打とうという気概を見せたからだ。そもそも、岸の奴今のローテーション(自陣のサーバーが変わる毎に時計回りに1ずつ回っていく)だと後衛だぞ」
篠田も多田も盲点だったらしく、「あ」と声を漏らす。
「中学生にはなかなか伝わんないかなぁ、この凄さ」頭をガシガシとかいて、高崎先生は悔しさを顕にした。
「いや、クイックのようなトリッキーなトスワークが選択肢にあること自体凄いんだけど、岸は岸の役割を全うしていることが凄いんだよ。ブロッカーを少しでも翻弄するために、面倒で体力を消耗するだけの囮を全うしたんだ。俺がこれから打つ、と感じさせたから、現に3枚も釣られたんだ」
「私立に通う君らなら、理解してきたか?」明らかに八島を見ていった。
(……凄いことだけは伝わったっス)
「……はぁ。多田。お前が八島の面倒を見とけよ。成績も。多分コイツ、まぐれでここの中学に受かったぞ」
「え。お前、分かんなかったのか?」
「……」
「頭でプレーするタイプじゃないらしい。直感タイプに理路整然と何言っても伝わんねぇから、多田がフィーリングで俺の言葉を伝えてくれ」
「そんな無茶な」
「お前なぁ、まじでマグレなんか!」多田先輩は項垂れる他なかった。
「っス。俺も未だになんで受かったか……」
「おい……」
「ここ、一応偏差値60超えだぞ……」
「授業大変っス」
「……一緒にテスト勉強しような。赤点のエースなんて、聞こえが悪すぎる」
アウェーなレギュラー側の空気を諸共せず、「そこ、退け」と八島を睨《ね》めつけた。下からの眼光の鋭さに、一瞬慄いてしまう。
「八島、行こうぜ! 俺らも連携を組んで、俺ら独自のバッテリーになってこうぜ」
「……っス」
セッターの多田が八島の背中を押して、コート外へと誘う。
すれ違う岸先輩を視線で追えば、「岸先輩、一本お願いします」と篠田に声をかけられていた。
「了解!」岸先輩の笑顔に初めて、絆されないきゅう、とした胸の痛みに襲われる。
「……俺、岸先輩のトスを打たせて貰えないんですか」
「え?」
背中を押して隣のコートに移動させる多田が、手を離す。
「俺、練習でも一回も先輩のトスを打ったことがない。綺麗なトスを打ったって練習にならないからって」
「……そうか」
「でも、多田先輩だって十分に上手なセッターっス。さっきのクイックだって、合わせたこともなかったのにできた」
「っはぁぁー。ちょっとざわつくようなこと言うなよなーさっきからー」
ホッと胸を撫で下ろした多田先輩が、八島の背中を今度は強く叩いた。
内臓が押し出される感覚を伴いながらえずく。「ちょ、叩き過ぎっス」。
「おい、何してんだ」
高崎先生が早く来いと催促し、ようやっと顧問のところまで駆けつけた。
「お前らは、教えるよりも見て感覚で覚えた方が早そうだな。八島は篠田、多田は岸をよく見とけ。アレがお手本といってもいいだろう」
そういって、八島と多田を置いてベンチ側のコートに戻って行った。
「え、俺ら置き去り?」
「みたいっス」
「んだよ、期待の新星も篠田に負けたかぁ」
「どういうことっスか」
「さっきので篠田が一躍レギュラー争奪戦に名乗りを上げたわけだからなー」
2人は遠巻きにシート練をみるため、その場に腰を下ろした。まだまだ残暑の残る体育館は蒸し器だ。
早速一本目のサーブが打ち込まれる。
それはネットイン(ネットに当たったボールがころっと自陣に落ちる)したボールで、一本目はセッターである岸が触る展開になってしまった。
「篠田! 頼むね」と岸先輩は動じない。予測の難しいボールをできるだけ高く上に上げる。
すると、岸先輩と篠田は完全にポジションを入れ替わり、篠田がセットアップをし始めた。
「おいおい、嘘だろ?! 篠田、セッターも出来んの? つか、どこに上げるんだ? 予測つかねぇ」
「……」
岸先輩は篠田に一本目を任せて、場所を入れ替わると、それで終わりにするのではなく、篠田の方向に走り込んでいた。アレはクイックの走り込みだ。
ベンチ側のブロッカーもセンターに3枚(人)ついて飛んでいる。
「レフト! 低めにいきます!!」
篠田の正解は並行(ネットに並行なトス)で、ブロックは1枚が限界だ。それもタイミングの合っていない、意味をなさないブロックだ。
完全に岸先輩の囮に釣られていた。
レフトスパイカーも言われた通り、速目のテンポを踏んで助走し飛んだ。
ブロックを気にせず打てるということを実感したのか「……ナイストス」とスパイク後にいった。
「やっぱ次元が違うなー! 俺らもあんな風になるまでにどれだけの特訓が必要なんだろうなー。いや、お前はそんなに時間かかんねぇか」
「……いえ。あそこまでのレベルはセンスどうこうの次元じゃないっスよ」
「そうだ。あの状況は普通に考えたら、岸がセッターなんだから、一本目に触れば相手のブロッカーはまず、岸という選択肢を除外するだろう」高崎先生がこちらに歩きながら解説をしだす。
「それにあの見た目だ。スパイク打てなさそうな感じだから尚更だ。なのに、ブロッカーは岸に飛んだ。どうしてかわかるか」
「……それはやっぱり、岸がトリッキーだから釣られて、ですかね」と多田先輩は意見する。
「んーそれもそうかもな。岸は経験豊富で上手だ、という部内の共通認識からバイアスが生じているらしいが、実際に岸のブロックについてみると一番分かりやすいんだけど……んー。答えを言うと、はっきり言って、さっきのプレーの篠田は、確かにいい判断だ。そして、その効果を発揮しているのは岸が、あたかもトスを上げてもらい、打とうという気概を見せたからだ。そもそも、岸の奴今のローテーション(自陣のサーバーが変わる毎に時計回りに1ずつ回っていく)だと後衛だぞ」
篠田も多田も盲点だったらしく、「あ」と声を漏らす。
「中学生にはなかなか伝わんないかなぁ、この凄さ」頭をガシガシとかいて、高崎先生は悔しさを顕にした。
「いや、クイックのようなトリッキーなトスワークが選択肢にあること自体凄いんだけど、岸は岸の役割を全うしていることが凄いんだよ。ブロッカーを少しでも翻弄するために、面倒で体力を消耗するだけの囮を全うしたんだ。俺がこれから打つ、と感じさせたから、現に3枚も釣られたんだ」
「私立に通う君らなら、理解してきたか?」明らかに八島を見ていった。
(……凄いことだけは伝わったっス)
「……はぁ。多田。お前が八島の面倒を見とけよ。成績も。多分コイツ、まぐれでここの中学に受かったぞ」
「え。お前、分かんなかったのか?」
「……」
「頭でプレーするタイプじゃないらしい。直感タイプに理路整然と何言っても伝わんねぇから、多田がフィーリングで俺の言葉を伝えてくれ」
「そんな無茶な」
「お前なぁ、まじでマグレなんか!」多田先輩は項垂れる他なかった。
「っス。俺も未だになんで受かったか……」
「おい……」
「ここ、一応偏差値60超えだぞ……」
「授業大変っス」
「……一緒にテスト勉強しような。赤点のエースなんて、聞こえが悪すぎる」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる