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『戦技』と『名前持ち』
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(予定変更だ!)
タクは小鬼三匹に向かって走り出す。直線ではなく相手に的を絞らせないように、ジグザグと蛇行しながら距離を詰める。
『GUU⁉』
今まで受け身気味だった俺が突っ込んできたことに、小鬼達は一瞬驚くような声を上げたが、二体いるショートソード持ちの小鬼の片方が、冷静に他の小鬼二体に命令を出す。
『GYA!』
命令を受けた小鬼は瞬時に、俺を囲むように左右に広がり各々の武器を構える。
INTは低そうなくせにこういう連係プレイはできるんだな。俺は内心で素直に感心した。
(だが、まだ甘い)
俺は自分から見て左側に広がっていた棍棒を持った小鬼に急速に接近する。
緑小鬼は向かってくる俺に、力任せに棍棒を振るった。
速度はある。だが、やはり直線的で相手の予備動作を確認しておけば、避けることはタクには容易かった。
俺は瞬時に棍棒の軌道を見切り、体をひねるように、棍棒の当たり判定から体を外す。
無残に棍棒は地面を叩き、小鬼の体に致命的な隙が生まれる。棍棒を振りぬいた状態の前傾姿勢で、がら空きの首裏に狙いを定め俺は刃を振るう。
(もらっ———っッ)
刹那、俺は攻撃を中断し右方向に飛ぶ。
数瞬まで俺がいた場所には、いつの間にかショートソードを持った小鬼が剣を振りぬいた体勢で立っていた。
(…は? コイツ、どっから———まさか…)
タクは周囲の状況を確認した。
(コイツ、味方を障害物代わりに)
攻撃後で隙を見せていた小鬼の体を、障害物のように使い、俺の死角から攻撃を繰り出してきたようだ。先程タクが木の影に隠れて奇襲を仕掛けたように。
(学習してるのか?)
戦闘中にも関わらずタクの頭は、戦闘とは関係のない方に一瞬トリップする。
会話を繰り返すことによって人間と遜色ない言語能力を手に入れるAIが存在するように、この緑小鬼たちも俺との戦闘の中で学習している。ありえない話ではない。
眼前には攻撃後の小鬼二体をかばうように、もう一体のショートソードを持った小鬼が立ちはだかっていた。
仲間を守ろうとする、防衛本能だろうか。
しかし、今のこの状況で三匹が一か所に集まるのは、完璧に悪手だった。
(…全員、射程内)
待ってました、とばかりに俺は構えを変える。
両手でしっかりと刀を握り、左足を前に右足を後ろに半身の体勢を作り、少し腰を落とす。上半身を僅かに右にひねり、刀を背中側へ引き絞るように構える。
そして一言、呟いた。
「《月閃》」
刹那、光が走った。
右から左へ一筋の光跡が残る。軌跡上の緑小鬼たちは何が起きたか分からず混乱していた。
『GYA———』
次の瞬間。三匹の緑小鬼たちの頭部上半分が体から滑り落ちた。
パリン。膝から崩れ落ちた三匹の緑小鬼たちはほぼ同時に、自分の死因すら分からず粒子となって消え去った。。
一瞬の出来事であった。
この現象を引き起こしたタク自身も、ほとんど自分が何をしたか理解していなかった。
しかし、一瞬前まで背中側に構えられていた刀が左側に振りぬかれているのを確認すると、タクは大きくため息を吐いた。
初めてだったが上手くいったことにタクは安堵する。
これが、ログに表示されていたお知らせであった。
タクが放ったのは【武器スキル】の中に存在する特殊技能の【戦技】というものだ。
【戦技】とは【武器スキル】を一定以上、上げることによって使用可能になる必殺技のようなものだ。
そう、必殺技だ。
武器ごとに異なり、特徴があり通常攻撃よりも範囲、攻撃回数、威力に優れ。ここぞというべきに放つ大技。
まさに男子のロマンである。
今使った《月閃》は【刀】スキルの【戦技】の中でも最下級のものだ。だが小鬼三匹程度なら、余裕で倒しきれるようだ。範囲は使用者の体の中心からだいたい前方六十度。射程は二メートル半ってとこか。HPの減り方からして威力は通常攻撃の三倍。初期の【戦技】にしては十分な威力だな。単発攻撃だが速度もあるので非常に使い勝手がいい。
タクは《月閃》について考察しつつ、森の中を再び探索し始めるのであった。
■■■
そして、かれこれ三時間位経ったころ。
タクはいまだに《誘いの森》を駆けていた。
今のタクのレベルは八。あの小鬼との戦闘後、休むことなく狩りを続けていた。
「次、何処だぁぁ!」
完全に深夜テンションで森の中を駆けずり回っている。
【索敵】系のスキルを持たないタクは、ただひたすらに森の中を駆けずり回り、足音で寄ってきたモンスターや、自分の目や耳で見つけたMOB共を、サーチアンドデストロイしていた。
今も視界の端に見つけた【狼】三匹に突撃していくところであった。
三時間前までのタクなら一体づつ確実に倒していく状況だが、今のタクには【狼】三匹は敵ではなかった。
【狼】がこちらに気付き遠吠えをあげようとしたときには、先頭にいた狼の喉笛を掻っ切り、二匹目の首を跳ね飛ばしていた。流れるような動作で二体の【狼】を討伐する。
最後に残った【狼】は結局最後まで何が起きたかも理解できず、頭部を縦に両断され絶命した。
タクは最後に倒した【狼】が光の粒子に変わるのを見届けると、近くにある木に背を預け、一息ついていた。
今倒した【狼】から得た経験値でレベルが九に達したようだ。耳元でファンファーレが鳴り響きレベルアップを告げていた。
俺はステータス欄を開き、今のレベルアップで得たステータスポイントを《AGI》に振る。
このゲームではレベルアップすることによって、ステータスポイントを一、得ることができステータス欄から好きなステータスに振ることができる。
ちなみにステータスポイントを振ることができるステータスは五つあり《STR》《VIT》《INT》《DEX》《AGI》である。
ステータスの細かい説明は今回は省くが、タクは手に入れたステータスポイントを《STR》と《AGI》に振っていた。
タクの現在のスキルは、初期スキルの【刀】の他に【狼】からのドロップ品で【脚力強化】のスキルを装備していた。効果は発動後一定時間AGIを十五%上昇させるというものであった。
(そろそろ、頃合いだな)
そして、タクは現在受注したクエストの討伐対象であるモンスターの発生場所に向かっていた。
幸か不幸かその場所は【誘いの森】の中。現在タクがいる場所からすぐの位置であった。
【忘れ去られた墓所】
鬱蒼とした森の中で唯一、そこだけ木々が生えておらず、生命という概念そのものが避けるように円形状に木に囲まれた場所だった。円形の空所の中心には大きな石碑(?)があった。空は周囲の木々の枝に覆われて昼間にも関わらず薄暗い。
俺は辺りを警戒しつつ石碑へと近づく。そして石碑まで十メートルの位置で足を止め、顔を歪めた。
理由は、目の前にあった。
(…何だ、アレ?)
タクと石碑の間を陣取るように、身長二メートルの何かが立っていた。
全体的なシルエットとしては人間。ソレの外観を一言で表すなら『強化外装を纏った鬼』。明らかに俺の知っているファンタジー世界には似つかわしくない、性能だけを突き詰めたかのような、最新戦闘機の如き黒鉄の鎧。そして顔を覆うように装着されている鬼神のフェイスカバー。
カーソルは赤。敵性MOB。
まだ、そこまでは良い。
タクが顔を歪めた理由は別にある。タクの眼は鬼面の隣に浮かぶ識別名を見ていた。
【屍騎士グラジオ】種族:《不死族》
《名前持ち》であったからだ。
ネームドモンスターは他の通常モンスターよりも、強く設定されているのがMMORPGの定番である。個体差もあるが、ものによってはボス以上のスペックを持つものだって珍しくはない。
なんかの間違いだとあって欲しい、と一縷の望みをかけていたが、視界の端に表示されたログには、無情にもこの《グラジオ》が討伐対象であることが告げられていた。
俺はこの場から全力で逃げ出したい衝動に駆られ———。
ジジッ。
ノイズ音と共に周囲は暗褐色の霧によって囲まれてしまう。
(あ、成程。逃がす気は無いって訳です、か…)
RPGではド定番の死ぬか勝つまで出ることができないタイプの結界と考えるべきだろう。
というか噴水の広場の時といい、時折聞こえるノイズ音。
(あー、サーバーの強制移動か?…本格的に逃がす気が無いなぁ)
俺は止めていた足を再び前に出す。既に腹は決まっていた。
(こっちは、はなから逃げる気ないっつーの)
《グラジオ》との距離がしだいに狭まる。
そして、ついにお互いの武装の射程範囲に入る。《グラジオ》の装備は俺と同じ刀。
見たところ相手の刀の刃渡りは俺よりも長い。しかし、既にお互いの距離は俺の刀の有効範囲内に入っている。故に得物の長さによるアドバンテージは無視していいだろう。
俺は既に抜刀し、左手に愛刀を携えていた。
しかし《グラジオ》は刀に手を掛けることなく、直立不動であった。
(油断? 慢心? いや、この場合は俺が何かフラグを立て忘れたか? というかコレ生きてんのか? いやそもそも生き物なのか?)
———タクの悪い所が出る。一度思考すると止まらなく悪癖が。
既に彼我の距離は一メートル半を切ろうとしていた。
その時、グラジオが動いた。
体を低くし左腕が鞘を掴み、右腕が柄に触れた。《グラジオ》が戦闘態勢を取った。ただそれだけでギシギシと周囲の空気が軋む。全身の肌が粟立ち、呼吸が止まる。
時の流れが———一秒が無限に引き延ばされるような感覚。
俺が目で追えたのはそこまでだった。
「ッツ! 《瞬華》!」
咄嗟に【戦技】の始動句コマンドを唱える。
タクの意思関係なく刀が上段へ構えられる。そして文字通り眼にも止まらぬ速度で振り下ろされ、何かとぶつかった。
キイイイィィン!
金属同士がぶつかる甲高い異音と途方もない衝撃がタクの腕を襲う。振り下ろした筈の刀は、両手諸共頭上に跳ね上げられていた。あまりの衝撃に刀が手の中からすっぽ抜けそうになるのを何とか堪え、即座に《瞬華》の二撃目が放たれる。
《瞬華》は《月閃》の次に習得した【戦技】であり、前方へ縦の斬り下ろしと水平切りを放つ十字切り二撃構成だ。一撃目で相手の武器をはじき、二撃目で相手を斬る。
《グラジオ》は鎧装備であり、《瞬華》の二撃目が当たったとしても大したダメージは期待できない。だが確実に、少しでも削っていくことがRPGゲームでは大切である。
そして俺は《グラジオ》の攻撃後で、がら空きの胴めがけて水平切りを放ち、俺の刃が空を切った。
「なッ!」
俺は眼を疑った。一瞬前まで俺の前にいた《グラジオ》が刀の間合いどころか、七メートル近く距離が開いていたからだ。
即座に刀を引き戻し構えを取り直す。
【瞬間移動】系のスキル?
いや、違う、あいつは確実に近接戦闘型のMOBだ。ということは【移動補助】系のスキルか? 俺の【脚力強化】の上位互換みたいなスキルでも持っているのか。
目の前で起きた原理不明の光景に、俺の心は完全に動揺していた。
(違う、そうじゃない!)
「ッツ!」
俺は即座に短く息を吐く。
肺に閉じ込めていた、よどんだ空気を一気に吐き出し、新鮮な空気を取り込む。瞼を閉じ、一瞬だけ外界の情報を遮断する。そして、ゆっくりと瞼を上げる。目を閉じる前よりも明らかに視界がクリアに変わっていた。
タクの心から動揺が消える。タクは思考を切り替えた。
今のタクの頭にあるのは、未知の相手に対する恐怖ではなく、攻略すべき対象への思考。
タクは観察する。目の前にいる《グラジオ》という個体を。
刀を握る手に少し力を入れる。さっきのように刀を手放しそうにならないように。踵を少し浮かす。相手の動きに合わせて直感的に移動できるように。
タクは顔を動かさず視線だけを、視界の真ん中の下端に向ける。
そこにあるのは五つのスロット、装備中のスキルであった。タクは瞬時に左から二番目の【脚力強化】のスキルに焦点を合わせ、一瞬だけ凝視する。スキルスロットに表示された【脚力強化】のスキルが白黒に変わり、その上に数字が表示される。現在進行形で一秒づつ減っていくその数字を確認する。いわゆるスキルのクールタイムである。
タクはガブに言われた、視線によるスキル発動を試したのであった。本来なら、スキル名を口に出さなければ発動できないスキルであっても、この技術を使えば一瞬目線を外すだけで発動可能になる、便利技術だ。
これも一種のプレイヤースキルと呼ばれるものだろう。
しかし、やった後に気付いたが、《グラジオ》のような自分よりも速い相手に、一瞬でも視線を外すのは、結構な危険行為であった。
タクは視界左上、HPバーの下に表示された足のマーク———AGI強化を視界の端で確認する。
(さあ、第二ラウンドだ)
出来る限りの準備を終わらせ、タクが心の中で呟いた。
刹那、待っていたかのように《グラジオ》が動く。
前方に倒れこむように体を傾かせ、そして再び消える。
(今、五感、働かせろ)
タクは五感をフルで働かせる。
始まりの街の噴水広場でしたように、五感を研ぎあげ、鋭敏に。細かな違和感すら逃さない、そんな気概すら感じる程に。
ザクッ
草の生えた地面を踏む音。
タクの耳がその小さな痕跡をとらえる。
タクは五感から与えられた痕跡から必要な情報だけをくみ取り、情報を脳に叩き込む。瞬時に脳からはじき出された最善の動きを、タクの体は一瞬の逡巡なく実行する。
それはさながら機械のようであり、この時タクは、初めて今動かしている体が本当の意味で、自分の体でない事を実感した。
(目線をゼロ。概算百二十度。距離約二メートル)
鋭利なものが空気を斬る風切音を聞き、タクは体を屈ませる。同じタイミングで振り返り《グラジオ》の姿を視認する。
(対象確認。誤差、プラス五度。距離マイナス十三センチ)
《グラジオ》の刃はタクの頭上二十センチを通りすぎいった。だが、それほどの距離が開いていたにも関わらず、刀の振りぬかれた方向に首が引っ張られるほどの、風圧をタクは感じた。
しかし、それでもタクは怯まない。
現在の状況を好機と見たのか《グラジオ》の懐に一切の躊躇なく滑り込むと、全身鎧の隙間———脇の下を切り裂く。人間であれば急所に当たる部位であるが【不死族】に有効かどうかは微妙な所であった。
そして、即座に切り裂いた脇下を潜り抜け《グラジオ》の背後に移動する。同時に小さく跳躍、身長差のせいで見えていなかった面と胴の鎧の隙間、首裏を確認。
「シッ!」
裂帛の気合を込めた一撃を放つ、完全な死角からの断首確定コース。一切の手加減無しの一太刀。
しかし、その一撃は再び虚しく空を切る。
ザッ。前方か聞き覚えのある足音が聞こえた。
視線を向けると、そこには何事もなかったかのように《グラジオ》が立っている、がすべてが同じという訳ではなかった。脇下には俺が切り裂いた傷がダメージエフェクトとして赤く残っており、そこから絶えず赤光の粒子が散っている。 《グラジオ》という名前の横に表示されたHPバーは微々たるものであったが明確に減少していた。
初ダメージであった。
そして、俺は確信する。
このモンスターが倒せることを。
「…。かかって来いよ。その面引っぺがしてやる」
タクは再び刀を構えなおす。
タクは小鬼三匹に向かって走り出す。直線ではなく相手に的を絞らせないように、ジグザグと蛇行しながら距離を詰める。
『GUU⁉』
今まで受け身気味だった俺が突っ込んできたことに、小鬼達は一瞬驚くような声を上げたが、二体いるショートソード持ちの小鬼の片方が、冷静に他の小鬼二体に命令を出す。
『GYA!』
命令を受けた小鬼は瞬時に、俺を囲むように左右に広がり各々の武器を構える。
INTは低そうなくせにこういう連係プレイはできるんだな。俺は内心で素直に感心した。
(だが、まだ甘い)
俺は自分から見て左側に広がっていた棍棒を持った小鬼に急速に接近する。
緑小鬼は向かってくる俺に、力任せに棍棒を振るった。
速度はある。だが、やはり直線的で相手の予備動作を確認しておけば、避けることはタクには容易かった。
俺は瞬時に棍棒の軌道を見切り、体をひねるように、棍棒の当たり判定から体を外す。
無残に棍棒は地面を叩き、小鬼の体に致命的な隙が生まれる。棍棒を振りぬいた状態の前傾姿勢で、がら空きの首裏に狙いを定め俺は刃を振るう。
(もらっ———っッ)
刹那、俺は攻撃を中断し右方向に飛ぶ。
数瞬まで俺がいた場所には、いつの間にかショートソードを持った小鬼が剣を振りぬいた体勢で立っていた。
(…は? コイツ、どっから———まさか…)
タクは周囲の状況を確認した。
(コイツ、味方を障害物代わりに)
攻撃後で隙を見せていた小鬼の体を、障害物のように使い、俺の死角から攻撃を繰り出してきたようだ。先程タクが木の影に隠れて奇襲を仕掛けたように。
(学習してるのか?)
戦闘中にも関わらずタクの頭は、戦闘とは関係のない方に一瞬トリップする。
会話を繰り返すことによって人間と遜色ない言語能力を手に入れるAIが存在するように、この緑小鬼たちも俺との戦闘の中で学習している。ありえない話ではない。
眼前には攻撃後の小鬼二体をかばうように、もう一体のショートソードを持った小鬼が立ちはだかっていた。
仲間を守ろうとする、防衛本能だろうか。
しかし、今のこの状況で三匹が一か所に集まるのは、完璧に悪手だった。
(…全員、射程内)
待ってました、とばかりに俺は構えを変える。
両手でしっかりと刀を握り、左足を前に右足を後ろに半身の体勢を作り、少し腰を落とす。上半身を僅かに右にひねり、刀を背中側へ引き絞るように構える。
そして一言、呟いた。
「《月閃》」
刹那、光が走った。
右から左へ一筋の光跡が残る。軌跡上の緑小鬼たちは何が起きたか分からず混乱していた。
『GYA———』
次の瞬間。三匹の緑小鬼たちの頭部上半分が体から滑り落ちた。
パリン。膝から崩れ落ちた三匹の緑小鬼たちはほぼ同時に、自分の死因すら分からず粒子となって消え去った。。
一瞬の出来事であった。
この現象を引き起こしたタク自身も、ほとんど自分が何をしたか理解していなかった。
しかし、一瞬前まで背中側に構えられていた刀が左側に振りぬかれているのを確認すると、タクは大きくため息を吐いた。
初めてだったが上手くいったことにタクは安堵する。
これが、ログに表示されていたお知らせであった。
タクが放ったのは【武器スキル】の中に存在する特殊技能の【戦技】というものだ。
【戦技】とは【武器スキル】を一定以上、上げることによって使用可能になる必殺技のようなものだ。
そう、必殺技だ。
武器ごとに異なり、特徴があり通常攻撃よりも範囲、攻撃回数、威力に優れ。ここぞというべきに放つ大技。
まさに男子のロマンである。
今使った《月閃》は【刀】スキルの【戦技】の中でも最下級のものだ。だが小鬼三匹程度なら、余裕で倒しきれるようだ。範囲は使用者の体の中心からだいたい前方六十度。射程は二メートル半ってとこか。HPの減り方からして威力は通常攻撃の三倍。初期の【戦技】にしては十分な威力だな。単発攻撃だが速度もあるので非常に使い勝手がいい。
タクは《月閃》について考察しつつ、森の中を再び探索し始めるのであった。
■■■
そして、かれこれ三時間位経ったころ。
タクはいまだに《誘いの森》を駆けていた。
今のタクのレベルは八。あの小鬼との戦闘後、休むことなく狩りを続けていた。
「次、何処だぁぁ!」
完全に深夜テンションで森の中を駆けずり回っている。
【索敵】系のスキルを持たないタクは、ただひたすらに森の中を駆けずり回り、足音で寄ってきたモンスターや、自分の目や耳で見つけたMOB共を、サーチアンドデストロイしていた。
今も視界の端に見つけた【狼】三匹に突撃していくところであった。
三時間前までのタクなら一体づつ確実に倒していく状況だが、今のタクには【狼】三匹は敵ではなかった。
【狼】がこちらに気付き遠吠えをあげようとしたときには、先頭にいた狼の喉笛を掻っ切り、二匹目の首を跳ね飛ばしていた。流れるような動作で二体の【狼】を討伐する。
最後に残った【狼】は結局最後まで何が起きたかも理解できず、頭部を縦に両断され絶命した。
タクは最後に倒した【狼】が光の粒子に変わるのを見届けると、近くにある木に背を預け、一息ついていた。
今倒した【狼】から得た経験値でレベルが九に達したようだ。耳元でファンファーレが鳴り響きレベルアップを告げていた。
俺はステータス欄を開き、今のレベルアップで得たステータスポイントを《AGI》に振る。
このゲームではレベルアップすることによって、ステータスポイントを一、得ることができステータス欄から好きなステータスに振ることができる。
ちなみにステータスポイントを振ることができるステータスは五つあり《STR》《VIT》《INT》《DEX》《AGI》である。
ステータスの細かい説明は今回は省くが、タクは手に入れたステータスポイントを《STR》と《AGI》に振っていた。
タクの現在のスキルは、初期スキルの【刀】の他に【狼】からのドロップ品で【脚力強化】のスキルを装備していた。効果は発動後一定時間AGIを十五%上昇させるというものであった。
(そろそろ、頃合いだな)
そして、タクは現在受注したクエストの討伐対象であるモンスターの発生場所に向かっていた。
幸か不幸かその場所は【誘いの森】の中。現在タクがいる場所からすぐの位置であった。
【忘れ去られた墓所】
鬱蒼とした森の中で唯一、そこだけ木々が生えておらず、生命という概念そのものが避けるように円形状に木に囲まれた場所だった。円形の空所の中心には大きな石碑(?)があった。空は周囲の木々の枝に覆われて昼間にも関わらず薄暗い。
俺は辺りを警戒しつつ石碑へと近づく。そして石碑まで十メートルの位置で足を止め、顔を歪めた。
理由は、目の前にあった。
(…何だ、アレ?)
タクと石碑の間を陣取るように、身長二メートルの何かが立っていた。
全体的なシルエットとしては人間。ソレの外観を一言で表すなら『強化外装を纏った鬼』。明らかに俺の知っているファンタジー世界には似つかわしくない、性能だけを突き詰めたかのような、最新戦闘機の如き黒鉄の鎧。そして顔を覆うように装着されている鬼神のフェイスカバー。
カーソルは赤。敵性MOB。
まだ、そこまでは良い。
タクが顔を歪めた理由は別にある。タクの眼は鬼面の隣に浮かぶ識別名を見ていた。
【屍騎士グラジオ】種族:《不死族》
《名前持ち》であったからだ。
ネームドモンスターは他の通常モンスターよりも、強く設定されているのがMMORPGの定番である。個体差もあるが、ものによってはボス以上のスペックを持つものだって珍しくはない。
なんかの間違いだとあって欲しい、と一縷の望みをかけていたが、視界の端に表示されたログには、無情にもこの《グラジオ》が討伐対象であることが告げられていた。
俺はこの場から全力で逃げ出したい衝動に駆られ———。
ジジッ。
ノイズ音と共に周囲は暗褐色の霧によって囲まれてしまう。
(あ、成程。逃がす気は無いって訳です、か…)
RPGではド定番の死ぬか勝つまで出ることができないタイプの結界と考えるべきだろう。
というか噴水の広場の時といい、時折聞こえるノイズ音。
(あー、サーバーの強制移動か?…本格的に逃がす気が無いなぁ)
俺は止めていた足を再び前に出す。既に腹は決まっていた。
(こっちは、はなから逃げる気ないっつーの)
《グラジオ》との距離がしだいに狭まる。
そして、ついにお互いの武装の射程範囲に入る。《グラジオ》の装備は俺と同じ刀。
見たところ相手の刀の刃渡りは俺よりも長い。しかし、既にお互いの距離は俺の刀の有効範囲内に入っている。故に得物の長さによるアドバンテージは無視していいだろう。
俺は既に抜刀し、左手に愛刀を携えていた。
しかし《グラジオ》は刀に手を掛けることなく、直立不動であった。
(油断? 慢心? いや、この場合は俺が何かフラグを立て忘れたか? というかコレ生きてんのか? いやそもそも生き物なのか?)
———タクの悪い所が出る。一度思考すると止まらなく悪癖が。
既に彼我の距離は一メートル半を切ろうとしていた。
その時、グラジオが動いた。
体を低くし左腕が鞘を掴み、右腕が柄に触れた。《グラジオ》が戦闘態勢を取った。ただそれだけでギシギシと周囲の空気が軋む。全身の肌が粟立ち、呼吸が止まる。
時の流れが———一秒が無限に引き延ばされるような感覚。
俺が目で追えたのはそこまでだった。
「ッツ! 《瞬華》!」
咄嗟に【戦技】の始動句コマンドを唱える。
タクの意思関係なく刀が上段へ構えられる。そして文字通り眼にも止まらぬ速度で振り下ろされ、何かとぶつかった。
キイイイィィン!
金属同士がぶつかる甲高い異音と途方もない衝撃がタクの腕を襲う。振り下ろした筈の刀は、両手諸共頭上に跳ね上げられていた。あまりの衝撃に刀が手の中からすっぽ抜けそうになるのを何とか堪え、即座に《瞬華》の二撃目が放たれる。
《瞬華》は《月閃》の次に習得した【戦技】であり、前方へ縦の斬り下ろしと水平切りを放つ十字切り二撃構成だ。一撃目で相手の武器をはじき、二撃目で相手を斬る。
《グラジオ》は鎧装備であり、《瞬華》の二撃目が当たったとしても大したダメージは期待できない。だが確実に、少しでも削っていくことがRPGゲームでは大切である。
そして俺は《グラジオ》の攻撃後で、がら空きの胴めがけて水平切りを放ち、俺の刃が空を切った。
「なッ!」
俺は眼を疑った。一瞬前まで俺の前にいた《グラジオ》が刀の間合いどころか、七メートル近く距離が開いていたからだ。
即座に刀を引き戻し構えを取り直す。
【瞬間移動】系のスキル?
いや、違う、あいつは確実に近接戦闘型のMOBだ。ということは【移動補助】系のスキルか? 俺の【脚力強化】の上位互換みたいなスキルでも持っているのか。
目の前で起きた原理不明の光景に、俺の心は完全に動揺していた。
(違う、そうじゃない!)
「ッツ!」
俺は即座に短く息を吐く。
肺に閉じ込めていた、よどんだ空気を一気に吐き出し、新鮮な空気を取り込む。瞼を閉じ、一瞬だけ外界の情報を遮断する。そして、ゆっくりと瞼を上げる。目を閉じる前よりも明らかに視界がクリアに変わっていた。
タクの心から動揺が消える。タクは思考を切り替えた。
今のタクの頭にあるのは、未知の相手に対する恐怖ではなく、攻略すべき対象への思考。
タクは観察する。目の前にいる《グラジオ》という個体を。
刀を握る手に少し力を入れる。さっきのように刀を手放しそうにならないように。踵を少し浮かす。相手の動きに合わせて直感的に移動できるように。
タクは顔を動かさず視線だけを、視界の真ん中の下端に向ける。
そこにあるのは五つのスロット、装備中のスキルであった。タクは瞬時に左から二番目の【脚力強化】のスキルに焦点を合わせ、一瞬だけ凝視する。スキルスロットに表示された【脚力強化】のスキルが白黒に変わり、その上に数字が表示される。現在進行形で一秒づつ減っていくその数字を確認する。いわゆるスキルのクールタイムである。
タクはガブに言われた、視線によるスキル発動を試したのであった。本来なら、スキル名を口に出さなければ発動できないスキルであっても、この技術を使えば一瞬目線を外すだけで発動可能になる、便利技術だ。
これも一種のプレイヤースキルと呼ばれるものだろう。
しかし、やった後に気付いたが、《グラジオ》のような自分よりも速い相手に、一瞬でも視線を外すのは、結構な危険行為であった。
タクは視界左上、HPバーの下に表示された足のマーク———AGI強化を視界の端で確認する。
(さあ、第二ラウンドだ)
出来る限りの準備を終わらせ、タクが心の中で呟いた。
刹那、待っていたかのように《グラジオ》が動く。
前方に倒れこむように体を傾かせ、そして再び消える。
(今、五感、働かせろ)
タクは五感をフルで働かせる。
始まりの街の噴水広場でしたように、五感を研ぎあげ、鋭敏に。細かな違和感すら逃さない、そんな気概すら感じる程に。
ザクッ
草の生えた地面を踏む音。
タクの耳がその小さな痕跡をとらえる。
タクは五感から与えられた痕跡から必要な情報だけをくみ取り、情報を脳に叩き込む。瞬時に脳からはじき出された最善の動きを、タクの体は一瞬の逡巡なく実行する。
それはさながら機械のようであり、この時タクは、初めて今動かしている体が本当の意味で、自分の体でない事を実感した。
(目線をゼロ。概算百二十度。距離約二メートル)
鋭利なものが空気を斬る風切音を聞き、タクは体を屈ませる。同じタイミングで振り返り《グラジオ》の姿を視認する。
(対象確認。誤差、プラス五度。距離マイナス十三センチ)
《グラジオ》の刃はタクの頭上二十センチを通りすぎいった。だが、それほどの距離が開いていたにも関わらず、刀の振りぬかれた方向に首が引っ張られるほどの、風圧をタクは感じた。
しかし、それでもタクは怯まない。
現在の状況を好機と見たのか《グラジオ》の懐に一切の躊躇なく滑り込むと、全身鎧の隙間———脇の下を切り裂く。人間であれば急所に当たる部位であるが【不死族】に有効かどうかは微妙な所であった。
そして、即座に切り裂いた脇下を潜り抜け《グラジオ》の背後に移動する。同時に小さく跳躍、身長差のせいで見えていなかった面と胴の鎧の隙間、首裏を確認。
「シッ!」
裂帛の気合を込めた一撃を放つ、完全な死角からの断首確定コース。一切の手加減無しの一太刀。
しかし、その一撃は再び虚しく空を切る。
ザッ。前方か聞き覚えのある足音が聞こえた。
視線を向けると、そこには何事もなかったかのように《グラジオ》が立っている、がすべてが同じという訳ではなかった。脇下には俺が切り裂いた傷がダメージエフェクトとして赤く残っており、そこから絶えず赤光の粒子が散っている。 《グラジオ》という名前の横に表示されたHPバーは微々たるものであったが明確に減少していた。
初ダメージであった。
そして、俺は確信する。
このモンスターが倒せることを。
「…。かかって来いよ。その面引っぺがしてやる」
タクは再び刀を構えなおす。
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