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『刹那』と『結末』
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覚悟は既に決まっていた。
ゆっくりとした足取りだが、《グラジオ》との距離は確実に縮まっていく。
そして六メートルの範囲に入った。
(———重いっ)
瞬間、体を押しつぶされるような、何かを感じる。
それは眼に見えず、音も聞こえない。ただ感じるもの。
殺意、威圧とでも言うようなものだろうか。全身に感じるそれらはとても重く、冷たく、昏く、押しつぶそうと全身にのしかかってきた。
それ以上の侵犯を許さぬという意が込められたそれは《グラジオ》の最終勧告だったのだろう。
ザリッ。
《グラジオ》の足が強く地面を踏みしめる。既に刀は鞘に納められ、抜刀モーションに入っていた。
二歩進み、俺は止まる。
ヒュン
刹那。
文字通り目と鼻の先を疾風が通り過ぎた。
俺は薄く閉じていた目を開く。
俺の視線の先では《グラジオ》の姿勢が、再び刀を振りぬいた後のそれになっていた。それはさっきと同じ光景、ただ今回は少し様子が違った。
『……』
《グラジオ》の驚愕が伝わってきた。
鬼面から漏れ出た黒髪が揺れ、面の二つの穴から見える黒曜石のような瞳は見開かれていた。
しかし、次の瞬間には驚愕は消える。
(切り替え、早っ)
再び《グラジオ》が抜刀モーションに入る。
俺に向けられていた瞳に殺意が増す。
『次は無いぞ』、そんな気概を感じる程に。
俺のHPは残り十パーセント。鮮やかな赤色だったHPバーは今やクリムゾンレッドになっていた。
次、止まった場合俺が攻撃を繰り出す前にはスリップダメージでデスペナ必至。
「…がっ、はっ!」
首を斬られている所為で声が出ず、始動句を呟くこともできない。
勿論、もしもの際の救済措置として【戦技】は始動句以外でも発動させることはできるが、今この状況でのそれは、ほぼ確実に死を招く行動だ。
事実上の【戦技】の使用不可。
しかし、俺は思いのほか落ち着いていた。
人間、本当にピンチになると一周回って平常心になるっていうのは本当のようだ。この間、テレビか何かで言っていたのを思い出す。
(…悪くない)
そして、この状況で無駄なことを考える程に回復している思考に俺は満足する。
瞬間、俺は走り出す。四メートルもの距離を一気に詰めるために。
《グラジオ》のHPも残りは二割。急所にクリティカルを叩き込めば、まだチャンスはある。
【脚力強化】込みの本気の疾駆。
並のモンスターなら対処しようとする前に、その首を跳ね飛ばせるだろう。
だが、俺の前にいるのは個体によってはボスすら凌ぐネームドモンスターだった。
(相手にとって不足無し)
《グラジオ》は俺の奇襲に一切慌てることなく、構えを崩すことはなかった。その足は大地を抉る程に踏みしめられ、その手は何よりも速く動く、瞳に映るのは俺の命ただ一つ。
《グラジオ》が動いた。
同時に俺の五感と、脳と、体が動く。
俺の視線が《グラジオ》の全身から情報をかき集める、むしり取れるだけむしり取り、即座に脳に情報を送り込む。
耳はかすかな音すら拾い集める、鍔と鞘が離れる音を逃さぬように大気の振動を貪欲にむさぼる。
脳は限界を超え回転し、思考を加速させる。相手よりも早く、相手を捉えるために。
全てがかみ合い、今日一番に俺の体が働いていた。
(あれっ?)
ふと気付くと視界から色が消えていた。
モノクロの世界。時の流れが極限まで引き延ばされ———。
俺は一瞬先を見た、気がした。
考えるよりも、感じるよりも速く、体が動く。
自分と《グラジオ》を結んだ直線状から体を左に三十センチずらした。
横薙ぎの一閃が放たれた場合、俺の首は間違いなく宙を舞うだろう。だが、その時の俺には分かっていた。
今から放たれる斬撃は———横ではなく、縦。
キイイィィン。
すぐ横をジェット機が通り過ぎたような高音が通る。それと同時に音が通った地面が斬れた。
巻き上げられる土煙に一瞬、俺の視界が塞がれる。
土煙の晴れた視線の先では、切っ先を天に向けた体勢の《グラジオ》が立っていた。
「———シッ」
俺はさらに加速する。
距離二メートル、刀を伸ばせばギリギリ届く距離。
しかし、俺は刀を振らなかった。一撃で沈めるためには急所へ攻撃を加える必要があったからだ。
遂に《グラジオ》の視線と俺の視線が近距離からぶつかる。
《グラジオ》は攻撃を放った後の無防備な状況。
対して俺は相手の懐に潜り込み、自分の間合いに敵を完全に捉えている。
どちらが優位かと言われれば、間違いなく俺である。
だが、《グラジオ》の瞳に負の感情は一つもなかった。
「ッツ」
頭上から殺気を感じた。
切り上げの攻撃を放ったはずの刀が、俺の肩めがけて振り下ろされた。
(しまっ———)
見誤った。奴の主要攻撃手段が抜刀に変わったからと言って、それで通常攻撃が無くなる訳が無い。
抜刀後に放たれた袈裟切り。
一撃目よりもはるかに速度は劣る、が回避は不可能。
《グラジオ》は勝利を確信した。
自分の刃が少年の肩に吸い込まれる瞬間を、幻視した。
そして少年の肩に刃が食い込もうとした。
その時《グラジオ》の刀と少年の肩の間に鈍色の何かが滑り込んだ。
それは少年の刀。
この世界に来てから共に戦い続けてきた相棒と呼べるもの。そして、ここまで自分に傷をつけ続けたもの。
《グラジオ》は割り込んだ刀ごと、少年を叩き切ろうと刀に込める力を強めた。相手の刀は限界であり今更気にする必要もない、そう結論付けた。
事実タクの刀の耐久値は限界であり、あと一合、刀を撃ち合ったらタクの刀は壊れていただろう。
そして、それが勝敗を分けた。
タクの刀と《グラジオ》の刀がぶつかった瞬間。
『ッツ?」
グラジオの体勢が崩れた。
刀をものすごい力で引っ張れたように体が前傾に倒れ込む。慌てて体勢を元に戻そうとする、しかし、重力がそれを許しはしなかった。咄嗟に右足を踏み出し、転倒だけは阻止する。
受け、流された…。
グラジオがその事実を確認した時には、既にグラジオの肉体に致命的な程の隙が生まれていた。
そこで気付く。自分のすぐ横に立っている、灰髪の少年の姿に。
反射的に左腕を掲げる、だがそれよりも速く、すり抜けるように少年の刀が、《グラジオ》の首に振り下ろされた。
次の瞬間、静かな墓所に肉と骨を断つ音がこだました。
「———スマ、ナイ」
■■■
《始まりの街》
「危なかった~」
リスポーン地点である、始まりの街の中央広場、その噴水の淵に腰かけ、タクは大きく胸をなでおろしていた。
デスペナ復活後の今になって自分がしたことを思い出し、今更になって、己の馬鹿さ加減に辟易としているところであった。
《グラジオ》との戦闘での最後の決め手になった技。ぶっつけ本番で使った【刀】スキルの一つが役に立った。なかなかリスキーな効果であったため、半ば賭けで使ったが成功したことにタクは安堵していた。
【刀】スキル 特殊技能【返礼の太刀】
【戦技】とは違い、始動句やモーション入力を必要としない【技能】の一つであった。
発動方法は対象からの攻撃を刀の腹で受けることによって発動する。
効果は、簡単に言えば反撃。
正確には相手の攻撃を受け流し、その後に攻撃を与えるというものだ。聞いた限りでは有用な【技能】に聞こえるかもしれないが実際は違う。まず初めにこの技能の使用後二秒間行動が封じられる。スキル発動後の硬直時間が【戦技】含め一番長い。使ったら最後、二秒間は何されても動けないのだ。多対一は勿論。一対一の状況でもほぼ使うタイミングがない。
そして二つ目はスキル発動の際のトリガーである。刀の腹で相手の攻撃を受け止めるという行為そのもの。
そもそも刀というのは刃以外の部位は存外脆い。腹で攻撃を受けた場合、耐久値がごっそり削られる。今回の使用では、【初心】の耐久値が限界だったので使う決断をしたが、その所為で【初心】はぽっきり逝ってしまった。
このことから【返礼の太刀】という技能はそこまで有用ではない。
「はあ~、まあ、刀は新しいのがドロップしたからいいけど」
心の中で【初心】を弔いつつ、新しい刀である、《グラジオ》からドロップした刀を、メニュー欄から装備する。
右腰の辺りが淡く発光し、光が収まると、そこには新しく刀が下げられていた。
俺はさらにメニュー欄を操作し、ステータスとドロップ品を確認する。
(お! レベルがいちあがって十になってる。…ん? スキルスロットも一つ増えてる)
九まではスキルスロットは五個だったが、今のタクのスキル装備欄は六つに増えていた。
ヘルプを確認したところ、レベルが十上がるごとに一つスキルスロットが増えていくらしい。
しかし、現状のタクのスキルスロットは、【刀】【脚力強化】の二つしか埋まっていないので、あまりその恩恵が実感できなかった。
ジジッ。
(来たか)
流石に慣れたサーバー間の移動の際に起きるノイズ音。
同時に俺は噴水に振り返る。そこには出会った時と同じように、全身ローブの何かが噴水の淵に佇んでいた。
「ありがとう」
心なしかクエスト開始の時よりも、声色が柔らかくなっている気がするが、俺の気のせいだろうか。
「気にすんな、俺は《依頼》をこなしただけだ」
「それでも言わせて欲しい。…本当に、ありがとう」
ローブの何かはもう一度深く頭を下げると、俺の眼の前に《依頼》完遂のお知らせが表示される。
あまりにも呆気ない結末に少々の消化不良さが否めない俺であったが、流石にここから『第ニラウンドだ』とかいって、目の前のローブとの戦闘が始めるのは流石に勘弁だった。
まあ、終わりなら終わりで俺は当初の目的を達成するために踵を返し、次の街に通ずるメインストリートにでようとして。
「———聞かないん、ですか?」
ローブに呼び止められた。
「別に。言いたくない事なら聞く必要もないし」
「…」
俺は肩越しにローブの瞳を見る。《グラジオ》と同じ黒曜石のような黒色の瞳を。
「ごめん、なさい」
俺は肩越しに手だけ振り、北のメインストリートに向かった。
北のメインストリートの道具店で回復アイテムを買い込み、再び街の外に出る。
現在の時刻は三時〇五分
タイムリミットは残り五十五分。
「さ、行きますか」
タクはデスペナによって一時的に低下したAGIを全力で活用し、北の第二の街【城塞都市 イルテ】に向かってダッシュで向かうのであった。少々しんみりとした空気を吹き飛ばすように。
ゆっくりとした足取りだが、《グラジオ》との距離は確実に縮まっていく。
そして六メートルの範囲に入った。
(———重いっ)
瞬間、体を押しつぶされるような、何かを感じる。
それは眼に見えず、音も聞こえない。ただ感じるもの。
殺意、威圧とでも言うようなものだろうか。全身に感じるそれらはとても重く、冷たく、昏く、押しつぶそうと全身にのしかかってきた。
それ以上の侵犯を許さぬという意が込められたそれは《グラジオ》の最終勧告だったのだろう。
ザリッ。
《グラジオ》の足が強く地面を踏みしめる。既に刀は鞘に納められ、抜刀モーションに入っていた。
二歩進み、俺は止まる。
ヒュン
刹那。
文字通り目と鼻の先を疾風が通り過ぎた。
俺は薄く閉じていた目を開く。
俺の視線の先では《グラジオ》の姿勢が、再び刀を振りぬいた後のそれになっていた。それはさっきと同じ光景、ただ今回は少し様子が違った。
『……』
《グラジオ》の驚愕が伝わってきた。
鬼面から漏れ出た黒髪が揺れ、面の二つの穴から見える黒曜石のような瞳は見開かれていた。
しかし、次の瞬間には驚愕は消える。
(切り替え、早っ)
再び《グラジオ》が抜刀モーションに入る。
俺に向けられていた瞳に殺意が増す。
『次は無いぞ』、そんな気概を感じる程に。
俺のHPは残り十パーセント。鮮やかな赤色だったHPバーは今やクリムゾンレッドになっていた。
次、止まった場合俺が攻撃を繰り出す前にはスリップダメージでデスペナ必至。
「…がっ、はっ!」
首を斬られている所為で声が出ず、始動句を呟くこともできない。
勿論、もしもの際の救済措置として【戦技】は始動句以外でも発動させることはできるが、今この状況でのそれは、ほぼ確実に死を招く行動だ。
事実上の【戦技】の使用不可。
しかし、俺は思いのほか落ち着いていた。
人間、本当にピンチになると一周回って平常心になるっていうのは本当のようだ。この間、テレビか何かで言っていたのを思い出す。
(…悪くない)
そして、この状況で無駄なことを考える程に回復している思考に俺は満足する。
瞬間、俺は走り出す。四メートルもの距離を一気に詰めるために。
《グラジオ》のHPも残りは二割。急所にクリティカルを叩き込めば、まだチャンスはある。
【脚力強化】込みの本気の疾駆。
並のモンスターなら対処しようとする前に、その首を跳ね飛ばせるだろう。
だが、俺の前にいるのは個体によってはボスすら凌ぐネームドモンスターだった。
(相手にとって不足無し)
《グラジオ》は俺の奇襲に一切慌てることなく、構えを崩すことはなかった。その足は大地を抉る程に踏みしめられ、その手は何よりも速く動く、瞳に映るのは俺の命ただ一つ。
《グラジオ》が動いた。
同時に俺の五感と、脳と、体が動く。
俺の視線が《グラジオ》の全身から情報をかき集める、むしり取れるだけむしり取り、即座に脳に情報を送り込む。
耳はかすかな音すら拾い集める、鍔と鞘が離れる音を逃さぬように大気の振動を貪欲にむさぼる。
脳は限界を超え回転し、思考を加速させる。相手よりも早く、相手を捉えるために。
全てがかみ合い、今日一番に俺の体が働いていた。
(あれっ?)
ふと気付くと視界から色が消えていた。
モノクロの世界。時の流れが極限まで引き延ばされ———。
俺は一瞬先を見た、気がした。
考えるよりも、感じるよりも速く、体が動く。
自分と《グラジオ》を結んだ直線状から体を左に三十センチずらした。
横薙ぎの一閃が放たれた場合、俺の首は間違いなく宙を舞うだろう。だが、その時の俺には分かっていた。
今から放たれる斬撃は———横ではなく、縦。
キイイィィン。
すぐ横をジェット機が通り過ぎたような高音が通る。それと同時に音が通った地面が斬れた。
巻き上げられる土煙に一瞬、俺の視界が塞がれる。
土煙の晴れた視線の先では、切っ先を天に向けた体勢の《グラジオ》が立っていた。
「———シッ」
俺はさらに加速する。
距離二メートル、刀を伸ばせばギリギリ届く距離。
しかし、俺は刀を振らなかった。一撃で沈めるためには急所へ攻撃を加える必要があったからだ。
遂に《グラジオ》の視線と俺の視線が近距離からぶつかる。
《グラジオ》は攻撃を放った後の無防備な状況。
対して俺は相手の懐に潜り込み、自分の間合いに敵を完全に捉えている。
どちらが優位かと言われれば、間違いなく俺である。
だが、《グラジオ》の瞳に負の感情は一つもなかった。
「ッツ」
頭上から殺気を感じた。
切り上げの攻撃を放ったはずの刀が、俺の肩めがけて振り下ろされた。
(しまっ———)
見誤った。奴の主要攻撃手段が抜刀に変わったからと言って、それで通常攻撃が無くなる訳が無い。
抜刀後に放たれた袈裟切り。
一撃目よりもはるかに速度は劣る、が回避は不可能。
《グラジオ》は勝利を確信した。
自分の刃が少年の肩に吸い込まれる瞬間を、幻視した。
そして少年の肩に刃が食い込もうとした。
その時《グラジオ》の刀と少年の肩の間に鈍色の何かが滑り込んだ。
それは少年の刀。
この世界に来てから共に戦い続けてきた相棒と呼べるもの。そして、ここまで自分に傷をつけ続けたもの。
《グラジオ》は割り込んだ刀ごと、少年を叩き切ろうと刀に込める力を強めた。相手の刀は限界であり今更気にする必要もない、そう結論付けた。
事実タクの刀の耐久値は限界であり、あと一合、刀を撃ち合ったらタクの刀は壊れていただろう。
そして、それが勝敗を分けた。
タクの刀と《グラジオ》の刀がぶつかった瞬間。
『ッツ?」
グラジオの体勢が崩れた。
刀をものすごい力で引っ張れたように体が前傾に倒れ込む。慌てて体勢を元に戻そうとする、しかし、重力がそれを許しはしなかった。咄嗟に右足を踏み出し、転倒だけは阻止する。
受け、流された…。
グラジオがその事実を確認した時には、既にグラジオの肉体に致命的な程の隙が生まれていた。
そこで気付く。自分のすぐ横に立っている、灰髪の少年の姿に。
反射的に左腕を掲げる、だがそれよりも速く、すり抜けるように少年の刀が、《グラジオ》の首に振り下ろされた。
次の瞬間、静かな墓所に肉と骨を断つ音がこだました。
「———スマ、ナイ」
■■■
《始まりの街》
「危なかった~」
リスポーン地点である、始まりの街の中央広場、その噴水の淵に腰かけ、タクは大きく胸をなでおろしていた。
デスペナ復活後の今になって自分がしたことを思い出し、今更になって、己の馬鹿さ加減に辟易としているところであった。
《グラジオ》との戦闘での最後の決め手になった技。ぶっつけ本番で使った【刀】スキルの一つが役に立った。なかなかリスキーな効果であったため、半ば賭けで使ったが成功したことにタクは安堵していた。
【刀】スキル 特殊技能【返礼の太刀】
【戦技】とは違い、始動句やモーション入力を必要としない【技能】の一つであった。
発動方法は対象からの攻撃を刀の腹で受けることによって発動する。
効果は、簡単に言えば反撃。
正確には相手の攻撃を受け流し、その後に攻撃を与えるというものだ。聞いた限りでは有用な【技能】に聞こえるかもしれないが実際は違う。まず初めにこの技能の使用後二秒間行動が封じられる。スキル発動後の硬直時間が【戦技】含め一番長い。使ったら最後、二秒間は何されても動けないのだ。多対一は勿論。一対一の状況でもほぼ使うタイミングがない。
そして二つ目はスキル発動の際のトリガーである。刀の腹で相手の攻撃を受け止めるという行為そのもの。
そもそも刀というのは刃以外の部位は存外脆い。腹で攻撃を受けた場合、耐久値がごっそり削られる。今回の使用では、【初心】の耐久値が限界だったので使う決断をしたが、その所為で【初心】はぽっきり逝ってしまった。
このことから【返礼の太刀】という技能はそこまで有用ではない。
「はあ~、まあ、刀は新しいのがドロップしたからいいけど」
心の中で【初心】を弔いつつ、新しい刀である、《グラジオ》からドロップした刀を、メニュー欄から装備する。
右腰の辺りが淡く発光し、光が収まると、そこには新しく刀が下げられていた。
俺はさらにメニュー欄を操作し、ステータスとドロップ品を確認する。
(お! レベルがいちあがって十になってる。…ん? スキルスロットも一つ増えてる)
九まではスキルスロットは五個だったが、今のタクのスキル装備欄は六つに増えていた。
ヘルプを確認したところ、レベルが十上がるごとに一つスキルスロットが増えていくらしい。
しかし、現状のタクのスキルスロットは、【刀】【脚力強化】の二つしか埋まっていないので、あまりその恩恵が実感できなかった。
ジジッ。
(来たか)
流石に慣れたサーバー間の移動の際に起きるノイズ音。
同時に俺は噴水に振り返る。そこには出会った時と同じように、全身ローブの何かが噴水の淵に佇んでいた。
「ありがとう」
心なしかクエスト開始の時よりも、声色が柔らかくなっている気がするが、俺の気のせいだろうか。
「気にすんな、俺は《依頼》をこなしただけだ」
「それでも言わせて欲しい。…本当に、ありがとう」
ローブの何かはもう一度深く頭を下げると、俺の眼の前に《依頼》完遂のお知らせが表示される。
あまりにも呆気ない結末に少々の消化不良さが否めない俺であったが、流石にここから『第ニラウンドだ』とかいって、目の前のローブとの戦闘が始めるのは流石に勘弁だった。
まあ、終わりなら終わりで俺は当初の目的を達成するために踵を返し、次の街に通ずるメインストリートにでようとして。
「———聞かないん、ですか?」
ローブに呼び止められた。
「別に。言いたくない事なら聞く必要もないし」
「…」
俺は肩越しにローブの瞳を見る。《グラジオ》と同じ黒曜石のような黒色の瞳を。
「ごめん、なさい」
俺は肩越しに手だけ振り、北のメインストリートに向かった。
北のメインストリートの道具店で回復アイテムを買い込み、再び街の外に出る。
現在の時刻は三時〇五分
タイムリミットは残り五十五分。
「さ、行きますか」
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