通学路

海乃うに

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通学路

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 このところつづいている出来事に僕は溜息をついた。またか、とうんざりする。ただでさえやる気のでない朝の通学路でなにかしらの死骸を見つけてしまうのがこれでもう三日もつづいているのだ。朝から死と向かい合うなど気持ちの良いはずがない。
 一昨日はつぶれたミミズだった。誰かに踏まれたのかぺちゃんこになり、道路のコンクリートと一体化していた。可愛そうだとは思ったけれど、だからといって僕にできることは何もない。そもそもこんな人の行き来がある場所へ出てきたことがいけないのだ。きっと街路の花壇から出てきたのだろうが、それにしてもずいぶんな危険を冒したものだ。これまで自分がいたのとは違う世界にでも行ってみたくなったのだろうか? もしも僕がミミズならきっと遠くの花壇へ冒険しようなどとは思わない。外へ向かわなくて良いのならずっと内を向いていたい。毎朝早起きして学校へ行っているけれど、本当はとても面倒なのだ。
 それでも僕はそのまま学校へ向かった。だって毎日どうやって生きればいいのか分からないのだから、とりあえず見様見真似でみんなと同じようにやってみるしかない。それに学校へ行く、ということはとても面倒だけれど、そこへ行けばそれなりの世界が待っている。今年から通っている高校はこの地域では評判の良い学校だし、僕自身の成績もそこそこだ。友人だってもちろんいる。僕は特別目立つわけでもなければ目立たないわけでもなくて、たとえば学園もののドラマなどを見ていれば台詞をしゃべっている主人公たちの周りにちらちらと映り込むような生徒だ。でもこの世界をつくりあげているのはそういった画面の端の隙間を無駄にしない、僕らのような者たちだ。だから僕は毎日学校へ行っている。大げさに言えば、世界をつくるために。
 それから昨日はバッタだった。前日のミミズに比べるともう少し死骸らしさがあった。周囲の人々は道端で一度きりの生を終えてしまったバッタになど目をくれるでもなく目的地へ向かって歩いてゆく。僕はでも、スクールバッグを地面に置き、しゃがみ込んで目の前に横たわるバッタを観察した。死に場所が道路の端だったことが幸いし、体のかたちはきれいなまま保たれていた。小さな黄緑色の体におそろしく弱々しい足、それでいて意外と主張の強いお腹を見ていると、僕自身はどうやって死ぬのだろうかと考えてしまった。でもそんなことを考えても分かるはずもない。僕はバッグを持って立ち上がるとそのまま学校へ向かった。帰り道もそこを通ったけれど、当然のようにバッタのことは忘れていた。
 そして今朝、こんなにも遠く離れた場所からでも分かる。鳥が死んでいる。茶色の塊が道路の片隅で僕が通りかかるのを待っている。
 でも、と僕は思う。
 でも、どうして誰も立ち止まらないのだろう。
 茶色くて小さな鳥。こんな町中を飛んでいる鳥なのだからきっと雀だろう。そうだ、雀だ。どうして死んだ雀が転がっていて誰も何の反応も示さないのだろうか。
 僕はそこで足が止まってしまった。虫が死んでいるのを見るのは平気だったけれど、そういえば鳥の死んでいるところになんて出くわしたことがない。以前友人から、車にはねられた猫を見かけたという話を聞かされたときも、そんなことを聞くだけで怖ろしくなってしまったものだ。怖ろしい? いや、気持ち悪いと言うべきだろうか。話を聞かせてきた友人も辛そうだった。だったらなぜ僕らは虫の死骸を見るのは平気なのだろうか。それが小さいから? いや、小さくても大きくても生き物であることに違いはない。
 そう思ったとき、僕の中で何かが弾けたような気がした。この世に生れた限り、必ず死ぬ。人生がどのくらいの長さになるかは分からないが、とにかく僕らは死に向かって前進している。だったら、今が僕の人生の最先端なのだから精一杯生きなければならないのではないか。そうだ、学校へ行くのが面倒だなんて考えず真面目に勉強するべきだ。高い目標だって掲げた方が良い。大体僕はこんなにも平和な国で暮らしていて学校がつまらないだなんて何を贅沢なことを言っているのだろうか。
 そこまで考えると、僕は今日から立派な大人になるべく生きようと心に誓った。立派な大人がどんなものかはさっぱり分からないが、とにかく志は高い方が良いと思ったのだ。
 そして意を決して一歩踏み出した。あそこで死んでいる雀に祈りを捧げてから登校しよう。これからはこの世にある命に感謝しながら生きてゆこう。
 そんな壮大なことを考えながら、僕はなんて立派な人間なんだと自画自賛しながら、一歩一歩雀の方へ進んでゆく。進みながら、心の中で雀に語りかけた。ねえ、君はどうして死んでしまったの? 空があまりにもきれいで夢中になっているうちにビルの壁へぶつかって墜落してしまったの? それとも生まれつき羽が弱くてうまく飛べなかった君を、仲間たちが見捨ててしまった? だったらなんて悲しい死に方だろう。でも大丈夫だよ、僕がいる。僕がこれから君のために祈りを捧げよう。だからどうか安らかに眠ってほしい。
 雀のところまで来た僕は、でもふたたび立ち止まってしまった。そこに転がっていたのは土で汚れてくたくたになった軍手でしかなかった。僕は周囲を見渡す。すぐそばのビルで工事が行われている。ここで作業をしている誰かが軍手を落とし、踏まれたり土がついたりして白かった軍手がまだらに茶色くなったようだ。
 なんだ、と思った。なんだ、これは。そう思いながら登校し、僕は授業中に堂々と居眠りをした。
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