短編集 ~レトロ喫茶 GRAVITY~

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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不良品 ~ヒメ~

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 とある商店街の片隅にあるレトロな喫茶店GRAVITY。たぶんあなたの住んでいる街の喫茶店です。入口に地球儀みたいなイラストが描かれた看板が出ているあの店です。

 晴れた朝、出勤前のミドルがカウンターのいつもの席でアイスコーヒーを飲んでいます。

 そこへ、真っ白いワイドパンツを履いた女性が入って来ました。

「おお、君は……」
「本当にこのお店にいつもいるんですね。よかった、また会えて」

 どうやらお2人は顔見知りのようです。
「マスター紹介するよ。ヒメさん。先週、港の近くのバーで一緒だったんだ」
「はじめまして。モーニングセットお願いします。ドリンクをレスカにしていただくことってできますか?」
「かしこまりました。モーニングセットのトーストにはバターかジャム、蜂蜜をお付けしますがどれにいたしましょう? この店では全部、とお答えになる方がほとんどですが……」
「ふふ、全部でお願いします」

 今日のミドルはライトグレイに桃の実のような深い赤のペーンが入ったベストの上からインクブルーのジャケットを羽織っています。
「珍しい組み合わせね?」
「ああ、合わせにくい色目だな」
「でも何故だかおかしくないっていうか、落ち着いてる感じ」
 ミドルはヒメさんの方に向き直り、
「これは生地メーカーが違うけど、どちらも平織りの生地でよく見ると全く同じ釦を使ってステッチの糸の色も同じだから揃って見えるんだよ。貧乏サラリーマンの着回しの工夫だ」
「そんな合わせ方、考えたこともなかった。ミドル、これ見てよ。ベージュだったのを真っ白にしたの」
「ずいぶんきれいに漂白したな。まったくムラがない」
「古着でシミがあったから……」
「好きなものを好きなように自分でアレンジして大切に長く着るってのはとても楽しいな」


「ところで、港のバーで聞いた噂なんだけど……ミドルって地球人じゃないって本当?」

 これは大きなピンチです。
 話しを聞いていた私はドキッとしました。まさかミドルと私がミカン星から来たということが知られてしまったのかと……

「誰だい、そんなくだらないことを言ってるのは?バーのマスターかい?それとも写真館のあいつかい? 実はな、俺はミカンセイジンなんだ」
 あっさりミドルは白状してしまいました。

「例えばだよ、こんな文章が書いてあったらヒメさんはどう思う?」

 大変申し訳ございません。
 こちらの商品は最終仕上げを行わないまま出荷してしまいました。無理は承知でお客様に最終仕上げをお願いしたく存じます。

「最悪ね、そんなメーカー。私なら絶対返品する。クレーム入れてSNSにもアップして炎上させてやる!完全に不良品ですよね!!」
「だよな、怒るよな。でもこの商品がカップラーメンだったらどうだい?返品するかい? その続きにはこう書いてある」

 蓋を開け、中の液体スープと具材を取り出し、熱湯を容器の内側の線まで入れて蓋をして3分お待ちください。最後に液体スープを入れてよく混ぜて、具材を乗せてお召し上がりください。

「それなら普通ね。何の問題もない。なんか当たり前だけど、カップラーメンは食べ物としては未完成なのね」
「そうだな。カップラーメンなら当たり前だ。じゃあそれがデニムパンツだったらどうだい?」
「それは困るな。ポケットやファスナーが付いてなかったりってことでしょ?」
「そうじゃなくて、こんな説明が付いてたらどうだ?」

 こちらの商品は最終仕上げをしないまま出荷してしまいました。商品の特性から穿きこんで行くうちに色落ちしたり、縮んだり伸びたりしながら購入されたお客様によって個性あるデニムパンツに育っていきます。大量生産している商品ですが1年後には1本として同じものはない特別なデニムパンツになることでしょう。
 この先の最終工程はお客様にお任せいたします。
 どうぞ育てる過程をお楽しみください。


「素敵ね。デニムを育てるって。でもこのパンツはいつ完成するの?」
「穿いて育てて、穿いて育てて、破れて穿けなくなるまで、ずっと未完成だ。破れても直して穿いたらまだまだ育ち続けるぜ」
「ずっとミカンセイ……?」
「人間もな。港のバーのあいつらが俺のことをミカンセイジンって言ってるのはその事さ」
「ミカン星の人じゃなくて未完成人なのね」


 ミドルは大きなピンチを乗り切ったようです。
 カウンターの上のヒメさんのレモンスカッシュのグラスの縁に飾ってあったのは何故かレモンではなくミカンでした。
 私もまだまだ未完成ですね。


 本日もご来店ありがとうございました。
 それではまた……ごきげんよう




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