Tell you; and a teacher

夏油いずも

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俺と兄貴とセンセイと

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5年ぐらい前に俺の兄貴が私立の高校を卒業した。



その学校は問題児があつまる所謂ヤンキー校で、言わずもがな荒れに荒れていた。あろうことか俺の兄貴はその中でもトップに立つ程強かったらしく、卒業式には家まで花道が作られた。ちなみに兄貴はかなり名の知れたチームのトップでもあったけれど。



……暇人どもが他人の迷惑を考えろ。



だから俺は勤めて品行方正を心がけたのにも関わらす、色んな人達に目をつけられる事になったのだ。



頭が色とりどりな強面のオニイサンやら、兄貴目当てのギャルだのオネーサンやら、その筋の人……。



付け加えて言うなら、兄貴は容姿はモデル並みに良い。もっともこれはイタリア人の祖母から譲り受けた血のお陰だろう。俺も兄貴も日本人離れした栗色の髪に瑠璃色の瞳。それらを抜きにしても顔立ちは整った方だと思う。



卒業後色んな裏社会の方々が兄貴をスカウトに来たが、兄貴はそれらを全て断っていた。何処其処組の若頭とか、有名ホストクラブだとか。



だが、兄貴はいつの間に資金を貯めたのか、卒業すると自分で店を開きたいなどと言い出し、今は冴えない喫茶店をひっそり営んでいる……つもりらしい。が、その喫茶店が不良君達の溜まり場になっていることもまた、公然の秘密だ。今だ兄貴を慕ってヤンチャをしている後輩君達は、チームの根城にしているクラブより余程こっちの喫茶店の方に足繁く通っているぐらいだ。



それでも、学生時代の兄貴の悪行の数々を目の当たりにしてきた俺には、今の落ち着いた兄貴と語らうのは何にも変えがたい貴重な時間であるわけで。



こうして放課後、学校が終わるとたまに兄貴の喫茶店に来たりして、真面目に働いているのか様子を見る事にしている。



だが、さりとて普通の兄弟のように「兄ちゃん数学教えてくれよ」「馬鹿かよ?で、どこ?」なんて会話があるはずもない俺と兄貴が交わす言葉と言えば。


「……お前、今日【怒羅魂】潰したって?」

「……【どらごん】ってなんだっけ?」

「お前が(多分)今日ぶちのめした奴等のことじゃね?」

 ……あー。そう言えば。人相が悪い五、六人の男子高校生に絡まれた気がする。みんなガタイが良い割にはチャラチャラした奴等ばっかりだったけど。確か「heavenの凱(かい)の弟ってのはテメーか!?」とか言われてた気がする。



だとすれば。



「今日も不良に絡まれたのは兄貴のせいだろ。いい加減にして欲しいんだけど?止めさせろや」

「わり。無理」



にっこり笑って小首を傾げる兄貴を見るに、罪の意識など持ち合わせていないことは一目瞭然だった。



最早呆れ返って言葉を無くした俺は、黙って飲み物代も払わず店の外へ出る。



家に帰る途中で気が付いた。



明日は学校が休みだから良いとて、月曜日には数学の小テストをすると言い渡されている。



ヤバい。勉強しないと。



こういう時はマジで頼りにならない兄貴の凱ではなく、とっても頼りになる隣人にお願いするのが一番良い。



隣校のS高校の教師、宮藤春臣。



春臣はオンナ癖が悪くて女子生徒にまで手を出す不届き者だが、小さい頃から懐いていた俺には滅法甘い。だから、物を借りたり勉強を教えて貰ったりするのも茶飯事だ。



帰ってみると、まだ春臣の家の灯りは点いていなかった。しばらく様子を伺っていたら春臣は帰って来たものの、酔い潰れている上に連れが四、五人いるらしい。



あ、今日駄目じゃん。



仕方がないから春臣に勉強を教えて貰うのは、明日にしよう。



その日は勉強を教えて貰うのを諦めて、クリアしていなかったサバイバル系のゲームを起動した。 


そして翌朝。朝の10時に春臣の家のインターフォンをこれでもか、とばかりに連打した。俺にしてみれば軽いスキンシップのつもりだが、春臣は本気でこれを嫌う。嫌がらせだもんねーだ。てゆーかだだっ広い家に一人暮らしだし別にいいじゃん。

だが意外にも意外、鳴り響くインターフォンのけたたましさに耐えかねて出てきたのは、見知らぬ若い男だった。

「お前、誰?」

開口一番に俺が発した第一声。

顔はまぁイケてる方?無駄に整いすぎてる兄貴と同じぐらいに良い方だと思う。身長は割と高め。サラサラの黒髪でシャープな顔立ちには、どこか暗い陰が差しているようにも見える。


「人に名前を聞く前にまず自分から名乗れよ」

ぶっきらぼうにその黒髪は言った。

「知らない奴に個人情報を漏らすほど馬鹿じゃないし。いいからあの女の敵を出せよ」

溜め息をついた黒髪は頭をわしわしと掻くと

「宮藤サンなら二日酔いでぶっ倒れてんだけど。俺は櫻っつー宮藤サンと同じ学校で働いてる数学教師。つか、ホントにお前誰?」

「俺は大斗(ひろと)。この家の隣に住んでる。今日は春臣に数学の課題教えてもらう約束だったんだけど!!早く起こせよ」
「お前、中学生?」
「高3!!東高校の!!」

言い捨てると俺は靴を脱ぎ捨て、春臣が寝ているであろう居間に向かう。居間には知らない人が二人、あとはうちの学校の歴史科の鎌崎先生、そして物理の鷹嘴先生も混じっている。

ごろごろと男ばかりが雑魚寝している隙間を縫って春臣に近づくと、襟首を掴んで思いきり揺らした。

「春臣早く起きて勉強教えろよ!!」

春臣は寝ぼけ眼で俺を見遣ると、面倒臭げに、くあっとあくびを漏らした。

「っあー…?大斗ぉ?」
「起きろよ女っ誑し!!早く勉強教えろ!!今度の小テストで点獲らないとヤバいんだよ!! 」
「なんだっけ?物理?」
「数学だっつんてんだろ!!1人で勉強しててもわかんねーんだよ!!」
「いや、威張って言えないからね、そういう事は」

部屋をぼんやり眺めていた春臣の視線が一点で止まった。その先を指さし、俺を振り返ってへらりと笑う。

「数学ならあっこの櫻君に聞け。アイツあれでも数学の教師だから」
「春臣の方がいい。アイツなんか神経質そうでヤダ」
 だってアイツ、如何にも【THE・数学教師!】みたいな雰囲気なんだもん。苦手な雰囲気びしばし感じるもん。問題出来なかったら絶対馬鹿にするよ?

「教えてやってもいいですけど?ただしテメーには見返りを要求すんぞ」
「見返りって何をだよ?」
「さあねぇ…。考えとく」

うわ、しかも見返りまで要求してきた。春臣の悪行のおかげで世のセンセーの事を『聖職』だとは思えなくなってる俺には、櫻センセーとやらがニヤリと笑って呟く見返りも、如何わしいコトに違いないと確信を持って言える。

「やっぱお前やだ。春臣に教えて貰う」
「いいからぐだぐだ言ってないで教科書筆記用具持って来い」

うー…と睨んで櫻センセーを見たが、今度は淡々と喋る様子に少しだけ警戒を溶いた。

「良い点取らねーと、ヤバいんじゃねーの?」

うぅぅ…。背に腹は変えられない。取り敢えずテスト範囲内だけでも教えて貰うとしよう……。





そして日付替わって本日行われた数学の小テストは、春臣んちにいたS高校のナントカというセンセーのスパルタ式授業のおかげで、かなり楽にクリアできた。

あれ?そう言えばあのセンセーの名前、なんだっけ?

喧嘩と食べ物の事以外覚えてくれない俺の頭は、既にあのセンセーの顔と名前すら忘れている。

有名企業でお偉いさんのお父さんは、今日も遠方に接待の仕事らしいから、どうせ夜遅くじゃないと帰って来ないんだろう。兄貴は儲かってるんだか儲かってないんだか分からない喫茶店でヤンチャ仲間と遊んだり、繁華街に繰り出したりしてるんだろう。お母さんは俺が小さい頃既に他界して、この世にはいない。

隣に住んでる春臣は、小さい頃から俺の事を可愛がってくれた。俺も実の兄貴より、実際のところ春臣の方に懐いていた。だって春臣の方がああ見えて面倒見良かったし。馬鹿兄貴は弟を苛めるサディストだったし。そういえば昨日勉強を教えてくれたセンセー、兄ちゃんに少し似てなくもなかったような気がする。昨日はかなり苛められながら教えられた。

あのセンセーの名前、後で春臣に聞いておこう。
 


「大斗!!お前今日はまっすぐ帰んの?」
「あー?カラオケでも行くー?」

同じクラスの中原翼(なかはらつばさ)がゴミ箱を片付けながら俺に聞いてきた。翼は今日、日直だったっけ? 

「昨日も行ったじゃんつまんなくね?つか、大斗暇なら付き合えよ」
「なんかムカつく言い方。って言うかお前また安藤先生のストーキングに付き合わせる気かよ」
「早苗先生のアフターを知りたいだけー。いいからつきあえって」
「まぁ行ってもいいけど。けど、安藤せんせーって付き合ってるオトコとかいねぇの?」
「いたらぶっころす」

この前もこいつにこうやって付き合ってやった気がする。そして暫く翼がうちに居座りそうな予感もする。だけど、恋する仲間を助けてやるのは満更良い気がしなくもない。第一、安藤先生の事を話す時の翼の目はきらきらと輝いていて、とても綺麗だと思う。悔しいから本人には絶対言ってやらないけど。人間、恋をするとこうも生活態度が変わるんだろうか?

恋か。

食い気優先の俺には縁がない話。第一、相手に合わせて行動する事からして、まず無理だろう。翼はよく安藤先生の生活に合わせて行動できると思う。俺だったらそんな束縛される生活は絶対無理。

でも『恋すること』に憧れている自分もいたりする。

そりゃ一応年頃のオトコのコなわけだし。できれば優しくて可愛いカノジョが欲しいなーなんて思うけど。極々たまーに、下駄箱に手紙が入ってたり女子生徒に呼び出しを受けたりするが、今一つピンと来ないので、未だに誰とも付き合った事がねえ。第一、告白してくる彼女等の事をよく知らないし、知ろうとも思わない。

そう考えると、両思いって、すごく稀な確率なんじゃないだろうか?


翼の恋は、いつか実るんだろうか? 




安藤先生は職員会議のあと学校を出て、ふらりと近隣する大学へ入って行った。

これはまずい。制服を着ている男子高生が(しかも大学に用事があるようには、とても見えない男子生徒が)いかにもストーキングしてますみたいな態度で入っても大丈夫だろうか?学食目当てと見えなくもないだろうが、今この時間に入っても、門番に怪しまれるんじゃね?

門の前で暫く翼とやきもきしていたら、大学前のコンビニで何だか騒ぐ人の声がした。

安藤先生が出て来る様子なかったので、俺と翼はそっちへ移動した。


 騒ぎの中心にいたのは、サラサラの黒髪ロングヘアーを揺らした、色白の綺麗なお姉さん。

その人の回りには数人の、チャラチャラしたヤロー達。 

なるほど、ナンパか。

でも明らかにお姉さんは嫌がっている。

これは助けない訳にはいかないだろう。  

翼と目を会わせると、ナンパヤロー達の中に突っ込んで、ソイツらをぼこぼこにしてやった。まぁ、一方的な気がしなくもないが、嫌がる女の子を怖い目にあわせたんだから、これぐらい我慢しろっての。もっとも、俺も翼も元来暴れるのが好きだから、という理由も八割ぐらいはあるかも知れない。

「お姉サン、ケガはない?」

振り返ってお姉さんに聞いたら、震えてはいたものの、気丈に堪えて頷いた。

「助けてくれて、どうもありがとうございます。私は櫻温和(さくら はるか)。この大学に、会社からの出向で来ているの」
「お姉さんが無事ならいいけど。お姉さん美人だから、気を付けなくちゃ駄目じゃん」
「大斗!!安藤先生がでて来た!!追っかけんぞ!!」

俺達は慌ただしく、お姉さんに別れを告げた。

ん?

そういえばあのお姉さん、どっかで見たことあるような…。

どこだっけ?



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