アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色

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誠也の本心

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 担当編集者の野村が原稿を持って社に帰った後、誠也は女物の下着を眼の前に置いて缶ビールを飲んでいた。

 たしかに次号のネタのために、女性用のセクシーな下着のデザインを調べる必要があるとは言った。だがそんなものはネットで画像を漁ればいいことだ。何もわざわざ本物の下着を持って来いなんて言った覚えはない。

「うちの嫁さんの会社から、もらってきてあげたよーん」
 野村はニヤけた笑みを浮かべながら、黒いレースのブラジャーとショーツのセットが入った袋を誠也に押し付けた。
「音原くんが欲しがってるって言ったら、嫁さんが喜んで提供してくれたんだよね~。あ、それね、後ろのホックが不良なんだって。売り物になんないの。だから遠慮しないでもらって。ね!」
 野村の妻の礼子は、女性用の下着をネット販売する会社を運営している。売りはデート用の勝負下着だそうで、スケスケのや穴開きやら、きわどいランジェリーなら何でもお任せなんだそうである。
 誠也も礼子には面識があり、それなりに世話になっている。彼女が関わっているとなると、むげに断るわけにもいかない。結局誠也が下着を渋々受け取ると、野村は満足して帰っていった。

 実際、ネットの画像より実物を見ながらの方が描きやすいのは事実だ。
今現在、誠也は毎月の連載を抱えている。だが実質的には1話完結の物語を毎月掲載しているといった方が良く、次の号ではランジェリーパブで働こうとするヒロインと、それをなんとか阻止しようとする主人公の恋愛を描く予定だった。
 ヒロインが身に着ける下着のデザインを考える必要があり、そのための資料として野村が現物を持ってきてくれたわけだ。せっかくの厚意を無駄にすることもないかと気持ちを切り替え、誠也は改めて黒い下着を手に取った。

 薄い布地をひっくり返したりレースをめくったりしながら、細部をじっくり観察してみた。
 ショーツはほとんどTバックだ。黒い紐、黒いレースにアクセントの赤い薔薇。これを身に着けたところで、お尻はほぼ丸見えと言っても過言ではない。
 ブラジャーのカップは浅めのようだ。透けた素材の上に黒いレースの飾りがあしらわれ、バストトップは一応隠れるようにしてある。が、二重に重なっているレース部分を指で左右にずらすと、裸の乳首が「こんにちは」するデザインになっていた。

「……こんな下着、誰が買うんだよ」
 半ば感心し、半ば呆れ、誠也はセクシーな下着を仕事机の上に放り投げた。
 珠里が普段身に着けている、可愛らしいデザインのものとは大違いだ。……いや、別に珠里の下着をまじまじと見たわけではないが、どうしたって一緒に暮らしていれば洗濯物を見ないわけにはいかないのだ。

 ……珠里。そうだ、仕事のためとは言え、こんなエロ下着を持っていることを珠里には知られたくない。アダルト漫画で生計を立てているくせにおかしな話だが、誠也は珠里の前では「いやらしい男」でいたくなかった。
 誠也は黒い下着を紙袋に隠すように突っ込み、机の端に追いやった。

 今夜、珠里は飲み会で遅くなると言っていた。
 珠里が社会人になって3ヶ月が過ぎたが、金曜の夜は飲み会だの友達との食事だの、帰宅時間が遅くなることがかなり増えた。21歳の会社勤めともなれば、世間的にもこれは普通のことなのだろう。
 誠也は高校在学中にプロデビューして以来ずっと在宅で仕事をしてきたので、いわゆる会社員生活とは無縁だ。もちろん、たまに友人と飲みに行くことはあるし、出版社主催のパーティーやら野村の誘いやらで夜の街に繰り出すこともあるにはある。
 だが基本的に引きこもりの生活だ。しかも本人はそれが苦ではない。出不精だし面倒くさがりだし、人付き合いも鬱陶しいと思うタイプだ。

 こういう性格は少年時代から変わっていないと自覚している。
 思えば中学の頃から周りの友人に、「おまえは見た目も運動神経もいいのに、ホント宝の持ち腐れだな」と言われてきた。誠也の趣味が漫画やイラストを描くことで、悪くないルックスを持ち合わせていながらまるで有効活用していなかったからだ。
 事実、全然モテなかったわけではないが、大半の女子からは微妙に距離を置かれていた気がする。授業中も休み時間も、ひたすらノートの隅に緻密なメカの絵やマニアックな漫画を描いている男子学生など、年頃の女の子からすれば不気味に見えて仕方なかったろう。

 そう考えてみると、自分が途中でアダルト漫画に転向したのを知っても、嫌がりもせずに応援する姿勢を見せた珠里はかなり特殊な例だと言える。
 ……気をつかってるんだろうな。
 珠里はおそらく、自分を養育するために誠也が金になる仕事を引き受けたのだと察し、嫌悪感より感謝の気持ちを持つべきだと自分に言い聞かせたのだろう。そういう子だ。

 ここで暮らすようになってから11年間、珠里はいつも誠也を気遣い思いやり、喜ばせようと振る舞ってきた。他に行き場がない以上、誠也と上手くやっていくしか道がないと思っていたのかもしれない。
 14も年下の女の子に、そういう気の遣わせ方をしてしまっている。だが分かっていながら誠也は珠里の存在に甘えていた。

 体調を心配してくれたり、母親のように小言を言ったり、誠也がスランプに陥っているときはさりげなく力づけてくれたり。
 時に優しく、時にちょっぴり生意気に。珠里の日々変化する表情や言動に誠也は甘え、癒され、慰められてきた。何のことはない、保護者として養っているつもりが、自分の方が珠里に助けられてきただけだ。

 祖母の美知子の葬式で、誠也は珠里に声を掛けた。
 大人に迷惑をかけないように、縁側の隅っこで声を殺して泣いていた女の子。親戚の人間は、誰もが責任を負わないよう逃げの会話を続けていた。
 あの時、ごちゃごちゃ考えるより先に、珠里の面倒は自分が見ようと思い立った。
 泣いている珠里に、幼い頃の自分を重ねたのだろうか。それとも、幼稚園で母親を亡くし、今度は祖母を失って完全にひとりぼっちになった女の子を、ただ放っておけなかっただけなのか。

 誠也自身も家族の愛情というものに縁が薄かった。母親とは早くに別れ、父は仕事があまりに多忙で一緒にいる時間が少なかった。だからこそ珠里との「疑似家族」生活に、思いがけない安らぎを感じてしまったのかもしれない。

「女の子の育て方」的な本をこっそり買って、思春期の少女にどう対応すべきか誠也なりに勉強した。
 珠里が初潮を迎えたり下着を買い替えたりしなければならないときは、大変だった。担任が気さくな女性教師だったので恥を忍んで相談し、あれこれサポートしてもらいながら何とかややこしい時期を乗り切った。

 照れくささを必死に押し隠し、珠里の学校行事にはできるだけ顔を出した。
 運動会も見に行った。中学の文化祭や体育祭も。年の離れた「兄」の顔で現れる誠也を、珠里はちょっと得意そうに友達に紹介してくれた。そうされると、誠也も柄にもなく嬉しかった。

 学校であった出来事、友達のこと、勉強の分からない箇所。珠里は何でも誠也に話した。
 眼を輝かせ、身振り手振りを交えて一生懸命伝えてくる。誠也は優しい相槌など打てるタイプではないので、からかったり憎まれ口をきくことも多かった。だがそれでも珠里は飽きもせず誠也に話し続け、心から楽しそうに笑っていた。そういう珠里を見ているのが好きだった。

 やがて、成長していく珠里の姿が次第に眩しく見えてきて、いつの頃からか直視しにくくなった。

「……なんであんなに可愛く成長しちまったかね」
 飲み干したビールの缶を握って潰し、ゴミ箱に放り投げた。これをすると珠里が怒る。「誠ちゃん、空き缶は台所のゴミ箱に分別してよ」と可愛く唇を尖らせて。実はその顔が見たくて、自分はわざとやっているような気もする。

 今年21歳の珠里は、誠也が想像していたよりずっと美しい娘に育った。
 叔母の響子も綺麗な人だったが、もっとキリッとした感じの顔立ちだった。珠里は母親とは違うタイプだ。
 大きな瞳とあどけなさの残る唇。妙に無防備な色気が漂う透明な肌。艶のあるダークブラウンの髪は、子供の頃と同じく肩先でサラサラと揺れている。そして本人は気にしているらしい華奢な身体。
 困ったことに、全部誠也の好みだった。それか、珠里だから好ましく思えてしまうのか。
 
 ……娘のような、妹のような。自分が保護者として引き取った従妹いとこ
 そういう存在を、そのままに見られなくなることが怖い。珠里が毎年誕生日を迎え大人になっていくにつれ、彼女を見る自分の眼が不純になっていくのが嫌だった。
 そもそも珠里を引き取ると申し出た時、親戚の連中はあからさまにホッとすると同時に、微妙に疑うような眼を向けてきたのだ。24の独身の男が10歳の女の子と一緒に暮らす。疑いたい気持ちは分かるが、誠也は無性に腹立たしかった。俺はそんな下衆な人間ではないと心の中で彼らに唾を吐いた。

 だからこそだ。決して珠里を「女」として見てはいけない。こんな危なっかしい気持ちを珠里本人に知られてはならない。
 自分の歪み始めた本心を知ったら、珠里はきっとショックを受けるだろう。「気持ち悪い」と、軽蔑されるかもしれない。それだけは耐えられないから、誠也は自分の本音と欲にひたすら蓋をしている。大丈夫だ。上手くやりおおせる。今までだって、これからも。
 ……これから。
 珠里は、いつまでこの家にいてくれるのだろう。
 ここから嫁に行けばいいなどとうそぶいているが、もし本当にその日が来たら、自分は果たして耐えられるのだろうか。


 ドアの向こうで物音がしている。
 珠里が帰って来たらしい。ぼんやり眼を開けると窓ガラスの向こうが真っ暗になっていた。時計を見れば夜の11時。やはり疲れが溜まっていたのか、昼過ぎにベッドに入ってから一度も目が覚めず熟睡していた。
 誠也はベッドから這い出て、Tシャツに手を突っ込んで腹をぼりぼり掻きながら寝室を出た。

 リビングには珠里の姿が見当たらず、その隣の誠也の仕事部屋から灯りが漏れていた。
「珠里?帰ったのか?」
 なんで俺の仕事部屋に……?不思議に思い部屋を覗き込むと、珠里がハッとした顔で振り返った。
「誠ちゃん……」
 頬が赤い。困惑しているような、ひどく恥ずかしそうな顔。
 何事かと思い珠里が手に持っているモノに視線を移した途端、誠也は「うあぁっ!」と大声をあげてしまった。

「誠ちゃん、これって……」
 珠里が手にしているのは、女物の黒いランジェリーだった。


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