姪だけど、抱かれたい!

茜色

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告白

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助手席のシートにもたれ、澄んだ夜の空気を深く吸い込んだ。
夜空はどこまでも深く黒く、金のビーズを撒いたように星々が瞬いている。満点の星とはこういう様を言うのだろうか。東京とは全然違う、降るような星空に呑み込まれそうになる。
ひんやりした夜風が心地良い。今この地に遼ちゃんとふたりきりで訪れている幸せとせつなさで、やけに胸が苦しくなってきた。

そうこうしているうちに、自動販売機まで水を買いに行っていた遼ちゃんが戻ってきた。開いている助手席のドアに手を添えながら、少し背をかがめて私の顔を覗き込む。
「大丈夫か?ほら、水。スッキリするぞ」
そう言ってペットボトルを私に差し出した。ちゃんとキャップも外してくれている。
「ありがとう。平気だよ、気分は悪くないから大丈夫」
私は受け取った冷たい水をコクコクと飲み、ふうっと息をついた。遼ちゃんは私の様子をじっと見つめている。

遼ちゃんは優しい。いつだってこうして私を心配して、大事に扱ってくれて、困ったことがないか気遣ってくれる。私は遼ちゃんの姪だから。生まれたときから面倒を見てくれていたから。
・・・でも、やっぱりそれだけじゃ嫌だ。告白したあの日から4年半、自分に言い聞かせて欲張りにならないよう我慢してきたけれど、これ以上このままでいるのは辛い。辛くてたまらない。
私はどうにかこの胸の痛みから解放されたい一心で、気づいたら本音を口にしていた。やはり少し酔っていたせいかもしれない。

「遼ちゃん、私、苦しい・・・」
「ん?やっぱり気分悪いか?少し横になる?」
「違うの、そうじゃないの。・・・私、自分の気持ちをこれ以上抑えるのが、苦しい」
私は手を伸ばして、遼ちゃんのジャケットの袖をギュッと掴んで引っ張った。
「梓・・・」
「遼ちゃん、好きな気持ちを抑え続けるの、もう無理だよ、私」
一度言葉にしたら、堰を切ったように想いがあふれ出した。もう23になるのに、私はまだまだ子供のままだった。遼ちゃんを追い詰めると分かっていて、自分の気持ちを一方的にぶつけずにいられないのだから。

「迷惑なのも、分かってる。私のこと、姪としか見てくれないのも知ってるけど、でも・・・遼ちゃんが好き。困らせたくないのに、気持ちが止められない。どうすればいいのか分からなくて、苦しいよ」
私の眼から大粒の涙がぽろぽろと落ちていった。泣くのは嫌だ。すぐ泣く自分は嫌いだ。なのに、どうしても想いが込み上げてきて、頬が濡れるのを止められなかった。

遼ちゃんは深く息を吸い込むと、限りなく優しい手で俯いている私の髪を何度も撫でた。
「そうだな。苦しいよな。・・・好きな気持ちを我慢するのは、ものすごく辛いよな」
そう言いながら、温かい指先で私の涙をそっと拭ってくれた。
なんだかさっきより息が近く感じられる。どうしてだろうと眼を上げたら、遼ちゃんが思いつめたような眼で私をじっと見つめていた。その艶っぽい眼差しに、ドキッとする。

「梓・・・。もう、お互い苦しむのはやめようか」
「・・・え?・・・」
お互いって?遼ちゃんも苦しんでたってこと・・・?どうして・・・?
意味が分からず戸惑っている私の頬を親指で撫でると、遼ちゃんは更に身をかがめ、突然私の唇にキスした。


これはきっと夢だ。いつも淋しくなると見てしまう願望一色の夢。こんな夢は見慣れている・・・。
一瞬ぼうっとしてそんなことを考えそうになり、温かく濡れる感触にハッと我に返った。
夢じゃない。私に覆いかぶさるようにして、遼ちゃんが今、私の唇を優しく吸っている。熱くて柔らかくて、私をすっぽり包み込んでしまうようなキス。唇だけで、身体ごと持っていかれそうな甘く切ないキス・・・。
身体から力が抜けて、助手席のシートにズルッと滑りそうになった。遼ちゃんが慌てて唇を離し、私の二の腕を掴んで支えてくれる。

「悪い、びっくりしたか?」
「遼ちゃん、どうして・・・?こんなこと・・・」
呆然としている私の顔を見て、遼ちゃんがくすぐったそうに少し笑った。
「・・・俺ももう、自分の気持ちを抑えるのはやめるってことだよ」
遼ちゃんはもう一度私の唇にチュッとくちづけると、私の肩先の髪をすくって手に取った。
「宿に行こう。向こうでゆっくり話すよ」
「・・・何を、話すの?」
「・・・俺の覚悟」
遼ちゃんはそう言って身を起こすと、大きな歩幅で運転席へと回り込んだ。私の心臓は、壊れそうなくらい激しく暴れていた。


遼ちゃんが予約していたのは、それぞれの客室が離れのように独立した造りになっていて、プライベートな露天風呂が付いたとても優雅な宿だった。
テレビで紹介されているのを見た気がする。宿泊料がとても高くて、ものすごく人気があってなかなか予約が取れなくて、しかも客室の作りからしてカップルに特に人気の宿だったはずだ。
どうして遼ちゃんは、私をこんな宿に連れてきたのだろう?遼ちゃんがチェックインしているのをロビーのソファに腰かけて待っている間も、客室係に部屋に案内されている間も、自分がいま現実の世界にいるとは思えなくて、足元がおぼつかずフラつく有様だった。
「まだ、酒が残ってるみたいだな」
遼ちゃんが少し心配そうに私の背中を支えたので、「違うの、大丈夫」と慌てて首を振った。お酒なんてとっくに抜けていた。いま自分の身に起こっていることが信じられなくて、状況についていくのに必死だったのだ。

部屋に通され、客室係が一通りの説明を終えて出ていった後、私はずっと息を詰めていたのが苦しくて、ハアッと大きく深呼吸した。廊下を歩いていた途中から、不安定な私の足取りを心配した遼ちゃんに手を繋がれたままだ。
「・・・この部屋に、ふ、ふたりで泊るの?」
「そうだよ。一緒に泊るんだ」
「こ、こんなすごいところ、よく予約できたね・・・」
「半年前から押さえてたから」
遼ちゃんが揺るぎない眼で答え、私は改めて眩暈を起こしそうになった。

私たちが泊る部屋は、和室と洋室のテイストを上手い具合にブレンドした広い造りで、落ち着いた内装でシックに仕上げてあった。板張りの床は裸足で歩いてもいいくらい清潔で心地良く、置いてある家具やインテリアは上質でセンスの良いものばかり。ひとつも無駄を感じさせない、とても洗練された空間だった。
部屋からそのまま出られる大きなテラスは森に面していて、この時間は美しい星空を見上げるのに申し分ないスペースになっている。そしてその隣にはヒノキ造りの露店風呂。他の客室や外からは決して見えないように絶妙な計算で配置されている。これなら完全にプライバシーが確保された状態で、思い切りくつろげそうだった。
何より私を動揺させたのは、ベッドルームだった。露天風呂からそのまま続くベッドルームは、キングサイズの高級ベッドが一台、しっとりと落ち着いた空間に鎮座していた。
こんなの、ハネムーンで泊るような部屋だ・・・。私は頭がついていかなくて、真っ赤な顔でオロオロしながら遼ちゃんの手をぎゅうっと握り返した。

「・・・怖い?」
私の顔を見て脅えていると思ったのか、遼ちゃんが少し心配そうに尋ねてくる。
「ううん、そうじゃなくて・・・。私、何が起こってるのかまだちゃんと理解できてない・・・」
「ん、そうだな。ごめん、何も説明しないままこんな部屋に連れてこられて、びっくりしたろ」
遼ちゃんは指で鼻の頭を掻くと、ちょっと恥ずかしそうな顔で私を見た。
「・・・今夜、ここで梓を俺のものにしていいか・・・?」
私はへなへなとその場に崩れそうになり、慌てた遼ちゃんに抱きとめられた。


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