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第一部 ニ章 異世界キャンパー編
忠義の古強者、矢旗 八兵衛
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「キィィィィエエエエアアアア!!」
「ちょろまこまけろばば!!」
問答無用とばかりに、鬼の形相で襲ってくる謎の武士。
……怖いなんてもんじゃねェ!
マジに腰が砕けて言葉も出ない。
口から意味不明な音だけが独り歩きした挙げ句、いよいよ死を覚悟した矢先――。
「爺!? 矢旗の爺ではないか!
何故このような場所に居る! まさか…」
初音が誰かの名を口にする。
どこかで聞いた事がある気がするが……G?
矢旗の爺? それって…。
「姫様! 湯浴みのところ失礼致しました。
ですが、すぐに済みます故お待ちください。
すぐに賊の首をば打ち落として御覧に――」
「待て、其奴は葦拿という名の所有物じゃ。
ワシの物を勝手に手打ちにするは許さぬぞ」
どこからツッコミ入れればいいのやら…。
人の首を落とすだの、所有物だのと不穏極まりない話が進む中、少しだけ落ち着きを取り戻す時間を得た俺は、件の武士について可能な限りの観察を行う。
年齢はおよそ60代後半。
彼も初音と同じ鬼属かと思っていたのだが、額には角が生えておらず、俺と同じ普通の人間みたいだ。
だが、刀傷と思われる無数の痕が目を引く顔立ちは雄壮な顎髭を貯え、溌剌として精悍そのもの。
更には老齢を感じさせない屈強な肉体と、初音に注がれた忠義の眼差しから、相当な覚悟をもって家出娘を探し続けたのであろう。
頭部を守る兜の類いはなく、身に着けていたと思われる鎧は殆どがボロボロで、僅かな金属片を残すのみ。
どれだけの労苦をもってここまで来たのか、それは武士の魂である太刀は中程で折れ、脇差は鞘しか残されていない事からも明白だった。
「所有……とは御冗談を。
いくら寛大な御心を持つ姫様でも、斯様な馬の骨を求めるは余りに酔狂が過ぎまするぞ!」
「あーもー! 久方ぶりというに説教か。
爺も父上も、ワシの気持ちを分かっておらん!
いつまで子供扱いするつもりじゃ!」
なんか話が妙な方向に進んでる気がする…。
あれだけ気力に満ちた古強者が腰を屈め、まるで手のかかる孫の機嫌を必死に取っているように見える。
時々俺に向けられる殺意は相変わらずだが…。
「子供扱いとは心外で御座る!
当方も御殿も初音姫様の幸せを願うからこその縁談! それを嫌って熊野を出奔するとは――」
「そ・れ・が・イヤじゃと言うにぃぃいい!!」
とうとう癇癪を起こして方々に湯を撒き散らす初音。
こうなると手がつけられず、俺達は揃って現場を離れるしかなかった。
「はぁ~~相変わらずの気性……。
母君であらせられる妙天院様に瓜二つぞ」
すっかり意気消沈してしまった老人は溜め息をつき、酷く落ち込んだ様子で項垂れてしまう。
麻糸でキッチリ結わえた髪には所々が白く染まり、顔には傷痕を超える数々の皺が刻まれていた。
大方の予想通りと言うべきか、初音の守役として苦労しているのが痛いほど分かる。
そう考えれば、俺を殺すなどと息巻いていた先程とは別人に思えるくらい親近感が湧く。
「あの……怪我の方は大丈夫っすか?
あっちこっちから血が……」
携帯していた包帯と消毒液を差し出すが、老人は詰まらない物を見る目で突っ返す。
「ふん、そんな事か。
馬骨に気遣われとうないわ!
全てここに来るまでに浴びた返り血じゃ」
えらく怒られてしまった。
そういえば矢旗と呼ばれていた老人は、どうやって壊れた橋を渡ってきたんだ?
それどころか、道中には凶悪なデイドモグラの巣が無数にあったのだ。
俺が刺激してしまったせいで、膨大な群れは殺気立っていたはずなのだが…。
まさかとは思うが、たった一人で突破したのか?
「それよりも……お前は何者だ?
渡来人の身なりをしている割に、全く金子の臭いがしない。誰ぞから装束を奪ったのか?」
初対面で貧乏人とか泥棒呼ばわりかよ。
兎に角、話をして誤解を解く必要がある。
俺は神奈備の杜に住む事となった経緯や、初音との関係を搔い摘んで説明した。
もちろん、異世界から来たという事やAwazonの存在、そして女媧に追われている事実は伏せてだ。
「なに? 御禁制の杜で『きゃんぷ』とな?
貴様……頭がどうかしておるのか?
まともな考えとは到底思えぬ!」
ですよね~。
俺もヤバい場所だと知ってたら、わざわざキャンプなんてやらないっつーの!
この老人に別世界の事を話しても、絶対に信じてはくれないだろう。
そういう意味でも、初音の柔軟な思考は飛び抜けていたのだと思う。
「俺がキャンプしてるのは趣味の延長っつーか、止むに止まれずってトコです。それでも初音を巻き込んでしまったのは申し訳ないと思ってます」
「そう思うのなら、何故姫様を説得せぬ!
魑魅魍魎の類いに加え、立ち入りを禁じられた杜を隠れ蓑に盗賊や罪人が出入りしているとも聞く。
一刻も早く危険な杜から立ち去るべきなのだ!」
悔しいが老人の弁は正論だ。
やはり、女媧との一件を伏せたまま説得するのは難しいかもしれない。
しかし――神に狙われていると聞いて、頑なな老人はどう思うだろうか?
下手をすれば、ますます俺への不信感を募らせるに違いない。
進退極まりつつある中、視線を落とした先で釣り上げたばかりのツチナマズが目に入る。
まずはコイツを最大限に有効活用しよう。
「ここから帰るにしても、初音の機嫌が直らないと話にならないでしょう? 俺に良い考えがあります」
眼光鋭い武士の目が見開き、顎髭を撫でつけて提案の値踏みをし始める。
よし、交渉のテーブルに興味を示したぞ。
俺は老人の意図を正確に汲み取り、そこに自身の思惑を絡めた策を講じる事で、蜘蛛の糸ほどしかない活路に勝機を見出だす。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ちょろまこまけろばば!!」
問答無用とばかりに、鬼の形相で襲ってくる謎の武士。
……怖いなんてもんじゃねェ!
マジに腰が砕けて言葉も出ない。
口から意味不明な音だけが独り歩きした挙げ句、いよいよ死を覚悟した矢先――。
「爺!? 矢旗の爺ではないか!
何故このような場所に居る! まさか…」
初音が誰かの名を口にする。
どこかで聞いた事がある気がするが……G?
矢旗の爺? それって…。
「姫様! 湯浴みのところ失礼致しました。
ですが、すぐに済みます故お待ちください。
すぐに賊の首をば打ち落として御覧に――」
「待て、其奴は葦拿という名の所有物じゃ。
ワシの物を勝手に手打ちにするは許さぬぞ」
どこからツッコミ入れればいいのやら…。
人の首を落とすだの、所有物だのと不穏極まりない話が進む中、少しだけ落ち着きを取り戻す時間を得た俺は、件の武士について可能な限りの観察を行う。
年齢はおよそ60代後半。
彼も初音と同じ鬼属かと思っていたのだが、額には角が生えておらず、俺と同じ普通の人間みたいだ。
だが、刀傷と思われる無数の痕が目を引く顔立ちは雄壮な顎髭を貯え、溌剌として精悍そのもの。
更には老齢を感じさせない屈強な肉体と、初音に注がれた忠義の眼差しから、相当な覚悟をもって家出娘を探し続けたのであろう。
頭部を守る兜の類いはなく、身に着けていたと思われる鎧は殆どがボロボロで、僅かな金属片を残すのみ。
どれだけの労苦をもってここまで来たのか、それは武士の魂である太刀は中程で折れ、脇差は鞘しか残されていない事からも明白だった。
「所有……とは御冗談を。
いくら寛大な御心を持つ姫様でも、斯様な馬の骨を求めるは余りに酔狂が過ぎまするぞ!」
「あーもー! 久方ぶりというに説教か。
爺も父上も、ワシの気持ちを分かっておらん!
いつまで子供扱いするつもりじゃ!」
なんか話が妙な方向に進んでる気がする…。
あれだけ気力に満ちた古強者が腰を屈め、まるで手のかかる孫の機嫌を必死に取っているように見える。
時々俺に向けられる殺意は相変わらずだが…。
「子供扱いとは心外で御座る!
当方も御殿も初音姫様の幸せを願うからこその縁談! それを嫌って熊野を出奔するとは――」
「そ・れ・が・イヤじゃと言うにぃぃいい!!」
とうとう癇癪を起こして方々に湯を撒き散らす初音。
こうなると手がつけられず、俺達は揃って現場を離れるしかなかった。
「はぁ~~相変わらずの気性……。
母君であらせられる妙天院様に瓜二つぞ」
すっかり意気消沈してしまった老人は溜め息をつき、酷く落ち込んだ様子で項垂れてしまう。
麻糸でキッチリ結わえた髪には所々が白く染まり、顔には傷痕を超える数々の皺が刻まれていた。
大方の予想通りと言うべきか、初音の守役として苦労しているのが痛いほど分かる。
そう考えれば、俺を殺すなどと息巻いていた先程とは別人に思えるくらい親近感が湧く。
「あの……怪我の方は大丈夫っすか?
あっちこっちから血が……」
携帯していた包帯と消毒液を差し出すが、老人は詰まらない物を見る目で突っ返す。
「ふん、そんな事か。
馬骨に気遣われとうないわ!
全てここに来るまでに浴びた返り血じゃ」
えらく怒られてしまった。
そういえば矢旗と呼ばれていた老人は、どうやって壊れた橋を渡ってきたんだ?
それどころか、道中には凶悪なデイドモグラの巣が無数にあったのだ。
俺が刺激してしまったせいで、膨大な群れは殺気立っていたはずなのだが…。
まさかとは思うが、たった一人で突破したのか?
「それよりも……お前は何者だ?
渡来人の身なりをしている割に、全く金子の臭いがしない。誰ぞから装束を奪ったのか?」
初対面で貧乏人とか泥棒呼ばわりかよ。
兎に角、話をして誤解を解く必要がある。
俺は神奈備の杜に住む事となった経緯や、初音との関係を搔い摘んで説明した。
もちろん、異世界から来たという事やAwazonの存在、そして女媧に追われている事実は伏せてだ。
「なに? 御禁制の杜で『きゃんぷ』とな?
貴様……頭がどうかしておるのか?
まともな考えとは到底思えぬ!」
ですよね~。
俺もヤバい場所だと知ってたら、わざわざキャンプなんてやらないっつーの!
この老人に別世界の事を話しても、絶対に信じてはくれないだろう。
そういう意味でも、初音の柔軟な思考は飛び抜けていたのだと思う。
「俺がキャンプしてるのは趣味の延長っつーか、止むに止まれずってトコです。それでも初音を巻き込んでしまったのは申し訳ないと思ってます」
「そう思うのなら、何故姫様を説得せぬ!
魑魅魍魎の類いに加え、立ち入りを禁じられた杜を隠れ蓑に盗賊や罪人が出入りしているとも聞く。
一刻も早く危険な杜から立ち去るべきなのだ!」
悔しいが老人の弁は正論だ。
やはり、女媧との一件を伏せたまま説得するのは難しいかもしれない。
しかし――神に狙われていると聞いて、頑なな老人はどう思うだろうか?
下手をすれば、ますます俺への不信感を募らせるに違いない。
進退極まりつつある中、視線を落とした先で釣り上げたばかりのツチナマズが目に入る。
まずはコイツを最大限に有効活用しよう。
「ここから帰るにしても、初音の機嫌が直らないと話にならないでしょう? 俺に良い考えがあります」
眼光鋭い武士の目が見開き、顎髭を撫でつけて提案の値踏みをし始める。
よし、交渉のテーブルに興味を示したぞ。
俺は老人の意図を正確に汲み取り、そこに自身の思惑を絡めた策を講じる事で、蜘蛛の糸ほどしかない活路に勝機を見出だす。
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