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第二部 一章 この人数でもソロキャンと言いきる勇気編
初めての友達 (初音視点)
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「あの童、どこに行ったのじゃ?」
森田屋の中庭は決して広い訳ではなく、むしろ簡素過ぎて隠れる場所を探す方が難しい。
「もしも~し、少しお話しようなのじゃ~」
中心部に置かれていた台の下を覗いて声を掛けてみたが、結果は見当近いで空振りに終わってしまう。
「全く、こんな花も恥じらう麗人が声を掛けておるというのに、一体どこへ…」
言いかけた所でリュックから外に出たギンレイが背後の外壁をしきりに引っ掻いて尻尾を振ると、中から人の気配と小さな声が聞こえた。
「むむ、でかしたぞギンレイ!
ほらほら怖くないから出てきてたも~」
逃げられないと分かると観念したのか、壁と思われていた外納戸の扉から震えそうな声が聞こえてくる。
「あの…あ、貴女は誰なの……?」
ようやく聞けた少女の声。
ワシは安堵すると同時に、怖がらせてしまった事について謝罪を口にした。
「驚かせてすまぬ。ワシは九……初音という者じゃ。
こいつは…犬のギンレイ、弟みたいなものよ。
よければ少し話でもせぬか?」
外から聞こえた声から、相手が同じ年頃の子供であると判断したのか、納戸の主はほんの僅かに扉を開けてワシの顔を見てくれた。
その娘は人の歳で8つか9つになる頃と思う。
前髪を目に掛かる所で切り揃え、奥の小さな瞳を潤ませてワシを見つめている。
「その…私…は、お鈴《すず》…です」
薄い桜色の着物に草履姿の少女は、手にした鞠を抱き締めるようにして自身の名前を口にする。
その恥じらう様子からワシと同じ気性であると分かり、こちらも幾分か心持ちが楽になった。
「お鈴は何をして遊んでおった?
よければワシにも教えてはくれぬか」
今にも泣き出しそうな顔を必死に堪え、無言で持っていた手鞠を差し出してみせるお鈴。
ゆっくりと驚かせないよう慎重に手を伸ばし、鞠の質感や模様を確かめると同じように、ゆっくりと手を放す。
「良い鞠じゃ、誰かの手製かの?」
そう言うとお鈴は、ここにきて初めて笑顔をワシに見せてくれた。
「うん、お母さん。
お体の調子が良かった時に作ってくれたの…」
母上…。
最後にお会いしたのはいつの頃だったか。
あの手鞠からは、子を想う母の温かな気持ちが確かに伝わってきた。
なんだか羨ましくもあり、悲しくもある複雑な感情が胸を締めつけるようじゃ…。
「そうか、母上の体調が快方に向かうようにワシも祈っておるぞ」
ゆっくりと少女の心が開いていくのを感じる中、今度はお鈴が質問を投げ掛ける。
「それ…洋装?
変わってるけど…とっても似合うね」
「ふぁあ…そ、そうじゃろ…?
ワシほどの『はい からー』なら『わんぴんす』も余裕で着こなしてみせるわ」
密かに気に入っている所を褒められて少し動揺してしまうが、完璧に取り繕う事に成功する。
「うん、そのお帽子も素敵…。
どこで買ったの? ここでは見ないわ」
「お、おう。『あわじょん』じゃよ」
つば広帽子まで見逃さぬとは…。
ワシ、決めた。
この娘はワシの妹にしよう。
「あわ…じょん…?」
おっと、つい気持ちよくなって『あわじょん』の事を口走ってしまう。
あしなから口外するなと言われておったのじゃったわ。
「あ~いや、渡来品じゃよ。
ここいらでは見ぬであろ?」
「え…えぇ、そうだね。でも凄い、渡来品なんて大人でも持っている人は少ないよ」
せーふ!
ここでも完璧な立ち回りを見せるワシ。
自分の才が怖いくらいじゃ。
お鈴から尊敬の念が伝わるのを感じ、まさに天にも昇る心持ちよのぅ。
打ち解けていくと会話も少しずつ弾み、いつしか笑い合う間柄になった頃、姿を見せないワシを心配してあしなが呼びに来た。
「初音~、そろそろ食事にしようか。
こっちの娘はお鈴ちゃんだっけ? こんばんは」
お鈴は現れたあしなに驚いたが、今度は逃げずにちゃんと挨拶を返す。
流石はワシの妹じゃ!
「名残惜しいがまた明日、絶対じゃぞ。
絶対の絶っ対じゃからな~」
そう言うと、お鈴も小さく手を振って見送ってくれた。明日も……絶対に…。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
森田屋の中庭は決して広い訳ではなく、むしろ簡素過ぎて隠れる場所を探す方が難しい。
「もしも~し、少しお話しようなのじゃ~」
中心部に置かれていた台の下を覗いて声を掛けてみたが、結果は見当近いで空振りに終わってしまう。
「全く、こんな花も恥じらう麗人が声を掛けておるというのに、一体どこへ…」
言いかけた所でリュックから外に出たギンレイが背後の外壁をしきりに引っ掻いて尻尾を振ると、中から人の気配と小さな声が聞こえた。
「むむ、でかしたぞギンレイ!
ほらほら怖くないから出てきてたも~」
逃げられないと分かると観念したのか、壁と思われていた外納戸の扉から震えそうな声が聞こえてくる。
「あの…あ、貴女は誰なの……?」
ようやく聞けた少女の声。
ワシは安堵すると同時に、怖がらせてしまった事について謝罪を口にした。
「驚かせてすまぬ。ワシは九……初音という者じゃ。
こいつは…犬のギンレイ、弟みたいなものよ。
よければ少し話でもせぬか?」
外から聞こえた声から、相手が同じ年頃の子供であると判断したのか、納戸の主はほんの僅かに扉を開けてワシの顔を見てくれた。
その娘は人の歳で8つか9つになる頃と思う。
前髪を目に掛かる所で切り揃え、奥の小さな瞳を潤ませてワシを見つめている。
「その…私…は、お鈴《すず》…です」
薄い桜色の着物に草履姿の少女は、手にした鞠を抱き締めるようにして自身の名前を口にする。
その恥じらう様子からワシと同じ気性であると分かり、こちらも幾分か心持ちが楽になった。
「お鈴は何をして遊んでおった?
よければワシにも教えてはくれぬか」
今にも泣き出しそうな顔を必死に堪え、無言で持っていた手鞠を差し出してみせるお鈴。
ゆっくりと驚かせないよう慎重に手を伸ばし、鞠の質感や模様を確かめると同じように、ゆっくりと手を放す。
「良い鞠じゃ、誰かの手製かの?」
そう言うとお鈴は、ここにきて初めて笑顔をワシに見せてくれた。
「うん、お母さん。
お体の調子が良かった時に作ってくれたの…」
母上…。
最後にお会いしたのはいつの頃だったか。
あの手鞠からは、子を想う母の温かな気持ちが確かに伝わってきた。
なんだか羨ましくもあり、悲しくもある複雑な感情が胸を締めつけるようじゃ…。
「そうか、母上の体調が快方に向かうようにワシも祈っておるぞ」
ゆっくりと少女の心が開いていくのを感じる中、今度はお鈴が質問を投げ掛ける。
「それ…洋装?
変わってるけど…とっても似合うね」
「ふぁあ…そ、そうじゃろ…?
ワシほどの『はい からー』なら『わんぴんす』も余裕で着こなしてみせるわ」
密かに気に入っている所を褒められて少し動揺してしまうが、完璧に取り繕う事に成功する。
「うん、そのお帽子も素敵…。
どこで買ったの? ここでは見ないわ」
「お、おう。『あわじょん』じゃよ」
つば広帽子まで見逃さぬとは…。
ワシ、決めた。
この娘はワシの妹にしよう。
「あわ…じょん…?」
おっと、つい気持ちよくなって『あわじょん』の事を口走ってしまう。
あしなから口外するなと言われておったのじゃったわ。
「あ~いや、渡来品じゃよ。
ここいらでは見ぬであろ?」
「え…えぇ、そうだね。でも凄い、渡来品なんて大人でも持っている人は少ないよ」
せーふ!
ここでも完璧な立ち回りを見せるワシ。
自分の才が怖いくらいじゃ。
お鈴から尊敬の念が伝わるのを感じ、まさに天にも昇る心持ちよのぅ。
打ち解けていくと会話も少しずつ弾み、いつしか笑い合う間柄になった頃、姿を見せないワシを心配してあしなが呼びに来た。
「初音~、そろそろ食事にしようか。
こっちの娘はお鈴ちゃんだっけ? こんばんは」
お鈴は現れたあしなに驚いたが、今度は逃げずにちゃんと挨拶を返す。
流石はワシの妹じゃ!
「名残惜しいがまた明日、絶対じゃぞ。
絶対の絶っ対じゃからな~」
そう言うと、お鈴も小さく手を振って見送ってくれた。明日も……絶対に…。
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