異世界だろうがソロキャンだろう！？ one more camp！

第二部 最終章 one more camp！

羅刹が泣いた夜 (初音視点)

　亡き母上との邂逅かいこうにワシの胸は俄にわかに沸き立ち、抑えきれない興奮が姿勢を前のめりにさせる。
　幼き頃に死別して以来、父上に詳しい経緯も聞けず、暗澹あんたんと過ごした心の靄もやが晴れていくのを感じた。

「しかし、儂わしは心根を聞かれてしまった気まずさに耐えかね、思わず怒鳴ってしまった…。『神を騙かたり、我に説教するなど無礼であろう！』――なんと弱き心か。今にしてみれば恥じ入る他ない」

「そ、そのような事は決して…！」

　立ち上がって否定した言葉を父上は自嘲じちょう気味に制し、話を続けた。

「それでも巫女は――咲音さくねは姿を現さず、尚なおも神を演じようとしておった。少しずつ…ほんの僅かばかりだったが、言の葉を重ねる内に頑かたくなだった儂わしの心は満たされていく……温かく、慈愛に溢れた気遣いの心によって」

　やはり、幼き日の薄れ行く記憶は真まことであった。
　優しい母上の面影は幻想などではなく、真実なのだと証明されたのじゃ。

「いつしか声の主に強く惹かれ、顔を見せて欲しいとせがんだ。咲音さくねはどうするべきか迷っていたが、儂わしの願いを聞き届けてくれた。ふ……はははっ、数十年前の出会いだというのに、まるで昨日の事のように目ぶたに焼きついておるわ」

「それで…夫婦めおとに？」

　ワシは父上が赤くなるところを初めて目にし、驚きを隠すのに苦労する。

「そう、その通りぞ。
　一目惚れというものなど……本当にあるのかと、自分が一番驚いたものだ。悪逆の羅刹らせつ、熊野の鬼海賊と恐れられた儂わしがのう」

「そのような事など…」

　巷ちまたで耳にする父上の名声。
　慈悲深く民衆への思慮も欠かさない名君と称えられる一方、未だに戦場でついた悪名を伝え聞く。
　長命な鬼属きぞくは人よりも永い時を生きられる反面、後悔に費やす時間も多いのやもしれぬ。

「咲音さくねは自由奔放で常に好奇心旺盛でのう、一言で言ってしまえば……目を離してしもうたら、二度と戻って来ぬと思わせる――其方そなたはまさに咲音さくねの生き写しぞ」

「あしなにも同じことを…。
　初音はそこまで母上に似ておるのですか？」

　父上は笑うばかりで答えてくださらない。
　どうにも釈然とせぬが、過保護とも言える束縛の理由が知れた気がするわい。

「周囲の反対を押し切ってな、しばらくして生まれた子に初音と名付けた。短い間ではあったが……本当に充実した、幸福な時間を過ごさせてもらった」

　悟られぬように息を飲む。
　いよいよ母上の最後の時が迫っておるのを、語り手の表情から読み取ったからじゃ。

「だが、跡取りに恵まれなかった事を八兵衛が気にかけてのう、後から迎えたのが…」

「兼宗カシュウ！
　父上は何故なぜあのような輩やからを継室けいしつに――っ！？」

　爺じいの意見によって継室けいしつ(後妻)を迎えたという事実は初耳であり、思ってもいなかった経緯に驚く。
　その一方、先程まで流れていた穏やかな空気を一変させる鋭い視線が、有無を言わさずワシの言葉を遮る。
　血と鉄によって鍛えられた豪傑の気迫に圧され、出過ぎた発言に平伏して許しを乞う。

「…済まぬ、面おもてを上げて楽にせよ。
　娘からしてみれば当然の意見であろう。
　しかしながら、武家として男子の後継者は絶対。八兵衛の忠言は無理からぬ話。
　決して、決してあの者を恨んではならん。
　何故なら…………儂わしは兼宗カシュウも同時に愛すると決めたのだ。
　九鬼家を存続させる為ではなく、世継ぎを望んだ為でもない。純粋に――咲音さくねと同じく一人の女人にょにんとして尊重し、変わらぬ愛をもって接しようとした」

「初音には――私には分かりませぬ…。
　私が……童わらべだからでしょうか…」

　父上というより男子おのこの気持ちが理解できず、どう整理をつけてよいのか判断がつかない。
　そもそも二人の女を同時に愛するなど、本当に可能なのじゃろうか？

「それが熊野を……延ひいては民を護る道だと悩んだ末に決めた。咲音さくねと兼宗カシュウ、二人が円満に過ごせば國も安泰だと……そう考えた。だが、実際は――」

　長年仕えた重臣にさえ告げられる事のない最後の言葉は、ワシにとって生涯忘れられぬ衝撃を心に刻む。

「…無理に知る必要はない。
　これは鬼属きぞくの領主を受け継ぐ儂わしの業ごう…。
　故ゆえに其方そなただけは何も知らぬまま、自由に生きて欲しかったのだ…」

　額に押しつけた拳の陰で、武家のしきたりに縛られ続けた鬼が泣く――。

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