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第24話 雨音を聞きながら

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「とりあえず食事だな」

 見れば腹を空かせた狼は我慢できずに置いてあったタケノコにかじりついている。
 対象が俺に移る前に用意しなければ、買ったばかりの夏服を穴だらけにされかねない。

 ストックしておいた薪に火を入れるとホームの中は仄かな揺らめきに包まれ、冷え込みがちな岩肌に暖かな光が手を差し伸べる。
 やはり初夏とはいえ天候に大きく左右される屋外で生活するなら、暖を取る手段である焚き火は欠かせない。

 補充したポリタンクを設置すると灰汁を入れた水で入念に手を洗う。
 衛生面では特に気をつけないと、食中毒一つで十分命に届き得るのだ。
 幸いにして木材と水は豊富にあり、衛生面に関係する原料の入手に事欠かないのは本当に助かる。

 それにしても、水洗いしたサワダイコンはミニサイズのダイコンにと言うのは無理があるか?
 見た目はどちらかと言えばゴボウに近く、手触りはダイコンっぽいという不思議な植物だが、貴重な野菜という事には違いない。
 なるべく熱が通るように小さく切り分け、同じく採取したキノモトワラビとタケノコを湯にさらして灰汁抜き行う。

 その間にナイフで食器製作に取りかかったが、豊富に存在するフタバブナは広葉樹である為、細かい加工には向いていないようだ。
 何度かトライしたが木の硬さに加えて小さな節が邪魔をして、思うような形に切り出すのが難しい。

 そこで製作が行き詰まってしまったので発想を転換する。
 加工が難しいなら別の素材を使えば良いのだ、例えばこの竹はどうだ?
 古来から様々な物に使われており、食器としてのポテンシャルは十分に秘めているだろう。

 まずは空き缶容器から卒業する為にコップ作りから始めるが、適当な長さと太さを持った竹の上側の節を切断して下側の節だけを残す。
 ………え、これでコップ完成じゃね?
 ちまちまと空き缶に水を受けていたのが馬鹿らしくなる程、あっさりと蓋付コップができてしまった。

 気を良くした俺は続いて器の製作にも着手するが、適当な長さと太さを持った竹の両端の節を残して半分に割るだけ。
 …今度は一度に2枚の皿が完成してしまった。

 この調子で箸やスプーン、串などを次々と製作していくが、どれも簡単で見た目のクオリティまで中々の物に仕上がるという、竹の持つポテンシャルを改めて認識する結果となった。

 出来上がったばかりのスプーンで食材の灰汁を掬い上げてみたが、必要十分にして壊れた際の代えも直ぐに用意できる点も素晴らしい。

 まだ灰汁を完全に抜くまでには時間が掛かるだろうが、全く問題ない。
 異世界では有り余る程の時間が流れているのだから。

 午後から振りだした雨はますます盛んになり、天井から染み出した水滴を受け止める空き缶は絶え間ない水のリズムを刻んでいく。
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