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第31話 鬼属の少女 初音

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「いやぁ、助かったのじゃあ~。
 この恩義は忘れぬゆえ、安心せい」

 河原で行き倒れていた少女は俺のホームに来るや、実家みたいにくつろぎ物珍しげに周囲を見回す。
 この口調、この物怖じしない態度、どう考えても普通の子じゃなさそうだ。
 どこか良家のお嬢か?

 得体の知れない来客について色々と勘繰ってみるが、やはり特別目を引くのが右の額から伸びる角だろう。
 5cm程の小さな角が僅かに湾曲して上を向いているが、本物なのだろうか?

 あまり女の子の顔をじろじろと見るのは失礼なのだが、どうにも気になってしまう。
 そんな視線に気付いたのか、少女は長い袖で口元を覆い、含みのある笑みを浮かべて優雅に唇を操る。

「ほほほ、ワシの美貌に見蕩れておるのか?
 庶子であっても男子には違いないのう?
 それよりも早う食事の用意を致せ」

 今すぐ出ていってもらうか。
 俺は無言で立ち上がると少女の体を持ち上げ、玄関(仮)まで丁重に運んで差し上げる。

「な、なんじゃ!?
 これが庶子の客人に対する慣わしか!?
 ちょっ、まだ食事してないんですけど!」

 わちゃわちゃと暴れると腕からすり抜け、狼の背に隠れて涙目でこちらを窺う。
 子狼と比べると少女の体格がどれ位ちいさいのかが分かる。

 身長は130cm程か?
 黒い…巫女装束?のような物を着ており、身に付けた装飾品から裕福な家の出である事が分かる。
 流れる黒髪は日の光を帯びて薄紫に見える程に艶があり、金の髪止めで整えられていた。
 琥珀色の瞳を持つ整った顔立ちと、細い手足からは似つかわしくない胸の膨らみが奇妙な差を感じさせる。

「ワシを追い返そうとしてもムダじゃぞ!
 ぜーったいに帰らんからの!」

 ここに置いてやるなんてミリも言ってねぇ…。にも関わらず、少女は見ず知らずの男の家(洞窟)に居座ろうという、何か厄介な訳ありだという事は想像に難くない。

 こいつはヤバい匂いがする。
 直感だが限りなく確信に近いモノを感じ、ますます拒否の姿勢を強めると少女は悩んだ末に一つの提案を示す。

「だったら腕ずくじゃ!
 腕相撲で勝負してワシが負けたら潔く立ち去ろうではないか!」

 腰に手を当てて胸を張る姿からは強者のプレッシャーは微塵も見られず、例えるならレッサーパンダが後ろ足で立つ威嚇行動を思わせた。

 こんな子供相手に大の大人である四万十 葦拿さんが腕相撲?
 自慢じゃないがソロキャンのない日は週3でジムに通い、ベンチプレス120kgを挙げる俺に?

 まぁ、よかろう。
 か弱い女の子に対して力勝負で決着をつけるというのは心苦しいが、本人が提案したのであれば仕方ない。
 結果はやるまでもないと思うが、朝食を御馳走した後に家に送り届けてやるか。

 その過程で人里の位置が分かれば、サバイバル生活から脱却できるかもしれない。
 俺にとっては願ってもない事だ、その提案を威風堂々とした態度で承諾する。

「鬼属を相手に臆さぬ気概は天晴れである。
 では、いざ尋常に勝負じゃ!」

 地面に寝転び互いに組み合うと相手の手は折れそうな程に細く、本気を出そうなどとは到底考えられない。
 適当にあしらったら……………え?

 岩肌の天井が見える。
 なぜ?俺はうつ伏せになっていたはず…。
 緩慢な動きで自身の右手に視線を移すと、少女の右手が上に覆い被さっている。

 憎らしい笑みを満面に浮かべた少女は余裕の表情で勝利を宣げ……

「ちょっま!すまん、呆けていたよ。
 掛け声の後に勝負だ!」

 これ以上ないレベルで格好悪い物言い。
 しかし、ここで万が一にも負ける訳には…!
 渋る少女を必死に説得すると、呼吸を整え一瞬で全ての筋力を動員するべく意識を集中する。

「ready………go!」

 掛け声と同時に掌から伝わるイメージは……巨岩!?
 幾星霜を経て泰然と存在するかの如く、少女の細腕はまるで倒れる気配を見せず、圧倒的なパワーを…おおぉぁあああ!!!

 今後はひっくり返るなどという生易しい物ではなく、理解不能な内に気付いた時には数m離れたベッドの上で仰向けになっていた。

「ワシの勝ちじゃあああ!」

「なんかもう、どうにでもしてくれ……」

 呆然といった風に天井とお話する俺に、得意満面の少女が顔を覗き込んでくる。

「ワシの名は九鬼……いや、初音と呼ぶがよい。宜しく頼むぞ、あしな!」





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