孔雀とナイフとヒエラルキー

石嶋ユウ

文字の大きさ
27 / 33
ヒエラルキー

死神

しおりを挟む
 翌日の正午過ぎ、私は借りたままだった服が入っている袋を持って、咲の家の前にいた。チャイムを鳴らす勇気が出せずに十分以上立ち尽くしていたら、先に玄関が開いた。中から出てきたのは咲のお母さんだった。
「どうしたの? うちに用があるのなら上がって」
 彼女は何気ない顔で私を招き入れてくれた。私はどんな反応をしていいのかわからず、無言のままで家の中へと入った。

 家の中に入るとそこには数ヶ月前には無かった咲の後飾りの祭壇が置かれていた。彼女が死んだという事実が私の心に再び迫ってきた。咲のお母さんは祭壇に手を合わせてから、キッチンの方へと向かった。私は部屋中を訳もなく見回してみた。よく見ると、未使用のダンボールが何枚もあり、引越し業者のロゴが書かれたダンボール箱にはいくつかの物が詰められていた。

 ダンボール箱に目を向けていると後ろの方から咲のお母さんが戻ってくる気配があった。
「ああ、ごめんなさい。目につくようなところにダンボールが置かれてて」
「いえ、大丈夫ですよ……、それよりどうしてですか?」
「うーん、今度引っ越すのよ。ここに居続けてもあんまり意味がない気がして……」
「そうだったんですね……」
 私は、咲が居なくなってしまってから、この家は大変だったのだろうとなんとなく察した。直接は聞けなかったがもしかしたら咲が事件を起こしたということがこの家や周りの関係を破壊してしまったのかもしれなかった。
 それからしばらくの間、この部屋が静かになった。私はただ、彼女の遺影を見ることしかできずにいた。咲の遺影は少しばかり微笑んでいる。
 先に話を切り出したのは咲のお母さんだった。
「最近の写真で笑ってるのが、これくらいしかなかったの。あの子の笑う姿をしばらく見ていなかったわ」

 咲のお母さんは用意したお茶を一口飲んだ。それから彼女の話は続いた。
「でも、最後の数日間はあなたのおかげで笑顔の咲を見ることができたわ。佐野さんには感謝してもしきれないわね」
 私の中で楽しそうな彼女の姿が思い浮かんだ。
「ありがとうございます」
 私は最大限の気持ちを込めて頭を下げた。私は、咲にどれだけのことをしてやれたのだろうか。頭の中でこの考えがずっと場所を取っている。私はそれを正直に咲のお母さんに言ってみることにした。
「今、こんなことになってしまって、私は、咲にどれだけのことができたのだろうって考えてしまうんです」
「いや、あの時の咲にとっては十分なことをしたのだと思うわ」
「それなら、それなら幸いです」
 私はまた頭を下げた。すると、彼女は何かに気づいたような顔をした。
「何か、あなたは心の奥で辛い物を抱えてる気がするわ。せっかくだから、どんなことを考えているのか教えてくれない?」

 そう言われて私は頭の中にあるモヤモヤの正体が何なのかわからなくなってしまった。
「じゃあ、こんなことになって辛かったことって何?」
 彼女が言い換えてくれた。言い換えてくれたおかげなのか、頭の中にあった物が噴き出てきた。いくつかの言葉が頭の中で再生される。


「なんも言わないのね、お前。この死神が!」

「これで少しは人の痛みがわかったか死神め」
「しーにがみ! しーにがみ!」


「今回の件で刑事さんや同級生から死神とかって言われたんです。事実そうかもしれないですよね。だって、私の友達だった二人が一斉に居なくなってしまったから。私は私のことを死神だってこれからずっと思うのでしょうか? 私のせいでこうなったのならば、私には大きな罪があるのでしょうか? それが頭の中でつっかえています……」
 咲のお母さんは私の答えを聞いて私のために真剣に返事を考えてくれた。
「あなたは別に死神でもなんでもないんじゃないかな。あなたは咲と友美ちゃんを助けようとしただけでしょ。どうして死神呼ばわりされなきゃいけないわけ?」
「それは、私が……」
「あなたが責められる筋合いは無いんじゃないかな。少なくとも私はそう思っているけど」

 この言葉を聞いて私は少しだけ心が軽くなった。今でも、この言葉が私を助けてくれている。彼女の話は続いた。
「咲が居なくなってから二ヶ月経って思うのは、本当は正しい人間なんてこの世のどこにも居ないんじゃないかって。みんなどこかでは正しいし、どこかでは間違っているんだよ。だから、あなたは死神ではないよ、きっとね」
「でも、世の中みんな正しくないのならば、だとしたらどうして私はこんなに苦しまなければならないの!」
 私は思わず叫んだ。すぐに冷静になってまた苦しくなってしまった。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。こんなことになったら誰だって、苦しくなるよ。私もね、咲が居なくなってしまって今、とっても苦しいのよ」
 この時、私には彼女の目に涙が見えた。この時、彼女もまた苦しかったのだと思う。

 彼女は目をハンカチで拭うと再び話し始めた。
「私、ここ数日で咲も友美ちゃんもこんなことになったのは学校のせいもあるのかなと思ってね。実際のところはどうなのかわからないけど、そういう面もあるんじゃないかな」
 彼女の言葉を聞いて、私の中でぐちゃぐちゃになっていたものたちが少しずつ形を整えて言葉になり始めた。私の中でようやく言えそうな言葉が一つ見つかった。
「ありがとうございます。なんだか言いたくて言えなかった苦しいモヤモヤをようやく言葉にできそうです」
「そう、それなら良かったわ」

 私はここでようやく渡すべき物を渡そうと持ってきていた袋を差し出した。
「あの、これ前に咲から借りたままになっていた衣服です。今更かもしれないですが、お返しします」
 すると咲のお母さんは袋を受け取らなかった。
「これは、思い出としてあなたが持っていてください。その方がいい気がするの」
「そうですか。では、いただきます」
 私はそれを手元の方に戻した。

 日が傾き始めた頃に私は咲の家を出ることにした。
「じゃあ、気をつけてね」
 見送られた時、咲のお母さんは笑顔だった。
「本日はありがとうございました」
 私が頭を下げると彼女も頭を下げてくれた。
「いいのよ。また何かあったら連絡してね」
「はい、ではまた」

 帰り道で私は明日は学校に行こうと決めた。学校に行って真希ちゃんらと久しぶりに話がしたいと思った。それから、自分にできることを少しずつやっていこうとも思っていた。
 夕陽は既に落ちていて、辺りはほんのり暗かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...