孔雀とナイフとヒエラルキー

石嶋ユウ

文字の大きさ
29 / 33
月日

三年

しおりを挟む
 寒々しい空の季節が今年もやってきた。自分の部屋の窓から見える空は晴れていたが、どことなく乾いた印象があった。もう少ししたらあの事件から三年が経ってしまう。私はあれから何もできずにいる。色々なことを試してはみたが辛い気持ちばかりが蘇ってしまうことの繰り返しだった。高校をちゃんと卒業できたでもなく、何か仕事をしているでもない宙ぶらりんな状態。私自身、この宙ぶらりんな状態がずっと続くことはあまり望んではいない。だが、結局はそうなっていて、それすらも嫌になってくる。
 お母さんやお父さんは「気が済むまで休みなさい。いつか、立ち直れる日が来る」と言ってはくれるのだが、私にとってそれはなかなか苦しいもので、申し訳ない気持ちになってしまう。いつか、この気持ちに整理がつく時は来るのだろうか。

 気が重くなってしまったので、外に出て気分転換をすることにした。時刻は午前十一時過ぎ。家の鍵と財布だけを持って玄関を閉める。私は外に出て歩くことが好きになった。特に理由や根拠がある訳ではないが、歩いていると落ち着けるからである。心の調子がなんとなく乱れた時は外に出てゆっくりと歩いている。そうして歩いているとたまに高校時代の同級生を見かけてしまう。その姿を見ると彼女らはこの三年間でだいぶ垢抜けたと思う。その一方で私はあの頃に比べて服装や化粧へのこだわりがなくなっていた。だからなのか、つい思ってしまうのは、彼女たちはそういう見せかけの美しさばかりをこだわって、心の中は綺麗ではないということである。私は彼女たちとは仲直りはできないだろう。それでいい。彼女たちのこれからに私は一切関わらないだろうから。

 外を歩き続けているとまた見覚えのある顔を見かけた。誰だろうか。そう思って目を凝らすと佐伯くんだった。
「さ、佐伯くん!」
 私は約三年ぶりに佐伯くんを見た。思わず大声で名前を呼んでしまった。私の声に驚いた佐伯くんだったが、向こうもすぐに気づいたようで「ああ!」と目を見開いていた。
「佐野さんじゃないですか!」
「お久しぶりです!」
 お互いにそばまで歩み寄ると私たちは挨拶を交わした。
「こちらこそ、お久しぶりです」
「三年ぶりくらいですよね?」
「そうですね。もうそんなに経つのですね……」
 三年ぶりに見た彼の外見は当時とあまり変わっていなかった。彼は、今は大学で心理学についてを勉強していると言っていた。軽く挨拶を済ませると私たちは二人揃ってなんとなく黙ってしまった。佐伯くんに対して何をどう話せば良いのかわからない。向こうもそんな感じだった。どうしようか、このままなのも気まずいのでそろそろこの場を離れようかと考えたところで、佐伯くんが口を開いた。
「あの、今お時間は有りますか……?」

 私と佐伯くんは近くにあった古めかしい喫茶店に移動をした。幸い店内にはあまり人が居なかった。静かな雰囲気の中で私はメニュー表を眺めている。佐伯くんの方も同じくメニュー表を見て考えているようだった。考え続けていると佐伯くんの方が決まったようだった。
「僕の方は決まりました。そちらは?」
 私の方はまだ決まりきらないでいる。
「決まっていないので、先にどうぞ」
「わかりました」
 彼は店員さんを呼んだ。すぐに店員さんがやってきて、メモ帳の用意をしていた。
「ご注文は?」
「コーヒー一杯にナポリタンを一つ」
「かしこまりました」

 店員さんはメモを取り終えると少し早足で奥の方へと行った。佐伯くんは先にもらっていた水を一口飲むと私の方を向いた。
「……あれからもう三年が経ってどうですか?」
 それが、彼が私を引き留めてまで聞きたかった最大の目的だろう。私はどこに目を向けて良いかわからなくなってコップの水を眺めた。しばらく考えてから私はようやく答えられた。
「どうと言われると私にとってはあまり良い三年間ではなかったです。彼女が死んでしまってから、どうしたら良いのかわからないんです」
 私がそう答えると彼は一気に沈んだ顔になった。
「僕もです。僕も、どうしたらいいのかわからないままです」
 よく考えると久しぶりに会った佐伯くんは三年前に初めて会った時から態度が丸くなっていることに気づいた。彼は何かをずっと小さな声で呟きながら悩んでいた。悩みに悩んだ末に彼は私に訊ねてきた。
「彼女の最期って、どんな感じでしたか」
 私は咄嗟に何も言えなかった。
「僕は、ずっと後悔しているんです。どうして彼女のことを助けることができなかったのだろうと。あの時、何で何もしなかったのだろう。今でも、夢に出るんです。彼女のことが。だから、僕は知りたいです。彼女と最後に一緒にいたあなたが見てきたことを……」
 彼の目は潤んでいた。この時、私はようやく彼の咲に対する想いをちゃんと聞けた気がした。彼の後悔を聞いて、私は彼に、咲と共に行動した最後の旅を伝えられるだけのことは伝えようと思った。私は考え続けていたメニューをようやく決めた。
「……まずは、料理を注文しても良いですか?」

 私は覚えている限りの全てのことを佐伯くんに伝えた。友美の亡骸の前で泣き崩れてしまったこと。二人で電車に飛び乗ったこと。誰も住んでいない民家に入って立て籠ってしまったこと。目的地には着いたが、目当ての孔雀座は見られなかったこと。最後に彼女が海に飛び込んだこと。私はそれを語るのはとても辛かった。だが、何としても彼に伝えなくてはという思いで私はどうにか語り終えた。佐伯くんは私の話を聞き終えると涙を流した。注文していたナポリタンは私が話している間にすっかり冷えていたようだった。私の方も頼んだカルボナーラは気持ちが落ち着いたところで口をつけると既に冷めていた。冷めてはいたが辛い話を終えた後に食べたカルボナーラは美味しく感じられた。
 佐伯くんはしばらく放心状態になった。時間は既に午後二時を過ぎていて、日の向きが変わりはじめている。彼が再び口を開いたのはさらに十分程が経った頃だった。
「まずは、教えてくださりありがとうございます」
 彼は頭を深く下げた。私も思わず頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
 私の頭の中でなぜかこの言葉が真っ先に思い浮かんだ。それ以上は何も言えなかった。
「おかげで、咲ちゃんがどんな最期だったのかようやくちゃんと知ることができました」
 彼は涙を流し続けていた。それが彼の咲に対する想いの強さを示していた。ふと、ここで私は彼はこの先報われるのだろうかと考えてしまった。このままだと彼の人生は辛いものになってしまうのではないか。彼に彼女が最後にどんなことを言っていたかを伝えようとした途端、私は急に彼女の最期の言葉を思い出した。

「ごめんね。大好きよ」

 思い出した途端に咲が私に抱いていた想いの一部をようやく理解できたような気がした。それから私は佐伯くんを見た。そうか、私も彼も咲のことが好きなんだ。だから今でも苦しんでいるんだ。私は彼女の最期の言葉を飲み込んでしまいたくなった。それは佐伯くんに向けられた言葉ではなく私に向けられた言葉だからだ。だけど、それはあまりにも卑怯な気がした。考えた末に私はようやく彼に言える言葉が見つかった。
「私も佐伯くんの様子を見てて咲は今でも愛されているんだなと思えました。私も今でも咲のことが忘れられないんです。忘れられるわけがない。だから、佐伯くんにはちょっとでも良いことがあって欲しいなと思いました」

 佐伯くんはこの時何を思ったのだろうか。途端に彼はさらに涙を流しはじめた。彼の嗚咽が私たち以外、客が誰もいなくなった店内に響き渡る。ようやく泣き終えた彼が最初に言った言葉は意外なものだった。
「それじゃあ……、それじゃあ、あなたはどうするんですか?」
「えっ……」
 一瞬、意味を理解できなかった。
「僕に良いことが訪れるのならば、あなたにも良いことは訪れるべきだ。今の言葉は、まるで自分だけで全てを背負い込もうとしているように聞こえましたよ。あなたはも少し自分を労るべきだ」
 私はそう言われて何も返す言葉がなかった。では、私はどうしたらいいのだろう。結局この日は、また会う約束をして佐伯くんと別れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...