孔雀とナイフとヒエラルキー

石嶋ユウ

文字の大きさ
30 / 33
月日

お願い

しおりを挟む
 佐伯くんと久しぶりに会ってから数日が経った。彼に言われた言葉を私はうまく理解できずにいる。もう少し労わるべきとはどういうことなのだろうか。私は背負っていかなきゃならないことがある。それは咲と友美のことだ。二人とも辛い思いを抱えてそれに耐えきれずにいなくなってしまった。その辛い思いを抱かせてしまったのは無意識のうちに辛いことを強いていた私であり、私は他の誰も背負ってはくれない全ての業を背負い続けるつもりである。そうでもしなきゃ、私はいなくなってしまった二人に顔向けができない。辛い道だとはわかっているつもりだ。それでも、それを知っているからこそ背負い続ける気でいる。

 そう考えているうちにチャットアプリに久しぶりの着信があった。誰からだろうか。そう思ってスマホを開くと相手は真希ちゃんからだった。
『由香里ちゃん久しぶり! 突然だけど、もし良かったら今度会わない? 由香里ちゃんと久しぶりに会いたくなっちゃった笑』
 このメッセージを読んでからすぐに次のメッセージが届いた。そこには希望の場所と彼女の都合が合う日時が記されていた。どの日時も私は空いていたのと、集合場所に指定されていたパスタ屋さんのチョイスにも異議はなかったので私はこの誘いを受けることにした。

 真希ちゃんと会う当日。集合場所が少し遠かったので私は自転車を使うことにした。自転車を使うのはおおよそ一年振りだった。メンテナンスを少し怠っていたので、なんとなく走り心地が悪かったが、久しぶりに乗る自転車は気持ちが良かった。季節は冬になり道に沿って植えられている木々の葉は既に抜け落ちていた。季節は巡っている。私の気持ちなんて全く気にしないで巡り続けている。そう考えると友美と咲がいなくなった時点で私の時間は止まってしまったのだろう。あれからもう三年経つのかと思うと私にとって時の流れは早いような遅いような気がした。そんなことを考えながら自転車を漕ぎ続け、冷たい風は私の頬を切るように当たり続けていた。

 やがて集合地点のパスタ屋さんに到着した。近くの停められそうな場所に自転車を置くと私はチャットアプリを確かめた。どうやら真希ちゃんは予定よりも数分遅れて来るらしい。仕方がないので外で待つことにした。
 待っている間色々な人がここの前を通り過ぎていった。その人達の様子を観察しながら私はなんとなく寂しい気持ちになった。大した理由はないがなんとなく通り過ぎていった人々のような温かい日常は私には来ないような気がしてしまった。それは、なぜなのだろうか。私にはまだ真希ちゃんのような友達はいる。なのに私はいざという時に頼れる人が誰もいないような錯覚に陥っている。それが錯覚だとわかっているだけまだ自分のことをわかっている方なのかもしれない。それでもどうしてか私は独りぼっちだと思ってしまう自分がいる。

 考え続けているとどんどん気持ちが沈んでしまったのでぼーっとしていると真希ちゃんがようやく現れた。
「由香里ちゃん、久しぶり!」
 彼女の雰囲気は三年前からあまり変わっていない。けど、少しは大人っぽくなったような気がする。そう思うとまた少しだけ寂しくなった。私はその気持ちに蓋をして彼女に笑顔を向けた。
「久しぶり、真希ちゃん!」
「いつ振りだっけ?」
「おととし以来じゃない?」
「そっかー。なんかごめんね。二年も会えていなくて」
 彼女は深く頭を下げた。
「どうしたの? そんな深刻にならなくても……」
「いや、私この二年間由香里ちゃんのことをほったらかしにしてたような気がして……。由香里ちゃん、この三年ずっと辛い気持ちを抱えているはずなのに、大事な時に力になることができなくてごめんなさい」
 真希ちゃんはこのことをとても後悔しているように見えた。私は彼女の謝罪をどう受け取って良いのか、一瞬わからなくなってしまった。こういう理由で謝られるのは初めてだったからだ。考えに考えて私はようやく言葉を絞り出した。
「ありがとう。むしろ、ありがとうだよ。ずっと心配していてくれて」
 頭を上げた彼女の目は嬉しそうに潤んでいた。

 お互い落ち着いたところでようやく店内に入った。席に座ると私たちはすぐにメニュー表を開いた。
「何にする」
 真希ちゃんがメニュー表を見ながら聞いてきた。
「そうだね、カルボナーラにするよ。そっちは?」
「私はペペロンチーノで」
「オッケー」
「じゃあ、注文するね」
 そう言って彼女は店員さんを呼んだ。テキパキと注文を終えると私たちは明るい話をした。最近聴いている音楽のこととか、流行りのアニメの話で盛り上がった。
「私ね、今大学で心理学を勉強しているんだ」
 アニメの話が終わったところで彼女はこんなことを言った。
「そうなんだ」
「そうそう。内容が難しくて大変だけど楽しいよ」
 大変と彼女は言っていたが、それを言う彼女の顔は少し笑っていた。多分、彼女は充実した毎日を過ごしているのだろう。私は、それは良いことだと思えた。
「良かったね、充実している感じで」
「うん」
 そうしていると注文していたカルボナーラとペペロンチーノが届いたので私たちは何も喋らずに食べた。何も喋らず黙々と食べたのは、この後話すことがなんとなく決まっていて、それは私達にとって一番辛いことだからだと思う。しばらくして私達はそれぞれのパスタを食べ終えた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
 
 少しの間沈黙が続き、最終的に話を切り出したのは真希ちゃんの方からだった。
「あれからもうすぐ三年が経っちゃうんだね」
「そうだね……」
 彼女は窓から見える店の外を眺め始めた。私もその方向を向いて外を見始めた。
「二人が死んじゃってからさ、私ずっと考えているんだ。人の心の脆さについて」
 私はそれを聞いて、なぜ彼女は大学で心理学を学んでいるのかを理解できた。そうか、真希ちゃんは三年前どうしてあんなことになってしまったのかを心理学の力で少しでも理解しようとしているんだ。
「それでね、今勉強していることを使って少しでも、あんなことがもう起きないようにしたい。私はそのために今頑張っているんだ」
 その強い意志に私は何も言うことができなかった。真希ちゃんはあの時感じたやるせなさや悲しみを力にして、他の誰かが同じ思いをしないために頑張っている。それなのに、それなのに一方で私は何もできずにただ生きているだけだ。頑張っている真希ちゃんを見て、生きているだけの自分が許せなくなる。私はようやく声を出せた。
「私はさ、自分が許せないや。あの時誰も助けられなかったのに、二人ともいなくなっちゃたのに。今何もしてない自分が許せない。真希ちゃんや他のみんなは進むべき道を見つけて進み続けているのに自分だけが時間から取り残されているような気がする。どうしたらいいんだろう。私にできそうなことはもう何もないのに、どうしても求めてしまうんだ、自分にできることを」

 これを聞いた真希ちゃんは最初何と思ったのだろうか。彼女は飲みかけだった水を一口飲むと私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「数日前に佐伯くんから聞いたよ。由香里ちゃんがまだあのことで思い詰めているって。由香里ちゃん、お願いだから無茶はしないで」
「……」
 この瞬間、どうして真希ちゃんが久しぶりに私と会おうとしたのか納得した。数日前に会った佐伯くんから私の様子を聞いたからなのだ。それで私に話を聞きたくなったのか。私はそれを理解したが、彼女が言った「無茶はしないで」という言葉に何も言えずにいる。
「由香里ちゃんがあの時のことをとても悔やんでいるのはわかる。だけど、今のあなたは死に向かいそうで怖いの。何もできないからって言っていつの間にか居なくなっていそうで、不安になってしまう。あなたにできることならまだたくさんあるはずなのに」
 真希ちゃんは真剣な顔で言い切った。確かに、彼女の言う通りかもしれなかった。私は無意識のうちに心が死に向かっているのかもしれない。
「だから、お願い。死なないために生きていくためにあなた自身が望むことを見つけて。あなたまでいなくなったら、私はもう耐えられないから」
 彼女の願いに私は首を縦に振るしかできなかった。だけど、生きていくために何を望んでいいのか私にはわからない。彼女は「ゆっくりでいいから探してみて」と話を付け加えてくれたけど、私にはそれを見つけられる自信がなかった。それから私達は近いうちにまた会う約束を交わして解散となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...