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第六章
小高い丘の上で
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ダーたちは室内で、まだすることが残っていた。
遺体が所有していた背嚢の中身を、確認しなければならない。
しかし依頼人は死亡している。本末転倒というべきであった。
誰に届けるべきかも分からない。だが、仕事の完了をギルドに報告する義務がある以上、中途半端で終わらせるわけにもいかなかった。
ダーは嫌悪感を抱きつつも、背嚢に手を突っ込んだ。
鈍い鉄のような義務感のみが、彼を突き動かしていた。
てきぱきと中のものを床に整理しつつ並べていく。松明や食料、蝋燭に火口箱。武器を修復するための素材のほかに、見る者の眼を奪う銀――。
ダーの掌から、大きな銀塊がごろりと転がり出た。
「ふむ、モリア銀か」
「ミスリル銀です」
ダーの発言を、エルフであるエクセが訂正した。
ミスリル銀。銀のように美しく、軽く、それでいて鋼よりもはるかに堅い物体。
加工もしやすく、これほど武具に向いた物質は存在しないとまで言われている。魔法伝導率もよく、普通の物質に呪文をかけるより、長く魔法の効果を維持することができる。
同じ重さの金よりも高価であり、これほどの塊ならば、市場価格はどれぐらいになるか。鉱石を見慣れたダーですら想像ができない。盗賊たちが必死になるわけである。
「これが、今回の騒動の根幹にあったようじゃの」
「まちがいないでしょう。問題は――」
「ウム、どうやって彼らがこれほどのミスリルを手に入れたのか」
謎が残るが、それを知る手立てはない。結果として残ったのは、5人の冒険者がこの銀をめぐって争い、死んだという事実だけである。
配分で揉めているうちに、ドッペルゲンガーに襲撃されたのか。
それともあの盗賊たちが、背後から3人を亡き者にしたのか。
いずれにせよ、不愉快な想像しか出てこなかった。
「これはさっさとギルドに届けようと思うが、異存はあるかな?」
誰もが一様に頷いた。無理からぬことだった。
ミスリルの価値を知らぬ彼らではないが、あまりに後味の悪い依頼だった。
むしろうんざりする気持ちのほうが強かっただろう。
「さて、残すは地下6階のみじゃな」
6層は特筆すべきこともなかった。
いくつかの敵と遭遇し、それをことごとく斃した。高価そうなアイテムもいくつか入手したのだが、四獣神の珠を発見することは、ついぞなかった。
「もはや、パーティーの疲労も限界です。戻りましょう」
「そうだね、もうここには居たくないよ……」
エクセの提案に、誰ひとりとして反対しなかった。
目的を果たすこともできず、一行は重い足取りで、来た道を戻った。
どの顔にも疲労感がありありと浮かんでいた。
地上のあたたかな光を受け、少しパーティーには安堵感が広がった。
ダーたちは馬車に乗り合い、ベールアシュへと戻る。そのまま、あわただしいほどの勢いで冒険者ギルドへと向かった。さっさとすべてを片付けたい。彼らの胸中に去来するのは、それだけだったといってもいいだろう。
受付嬢のナナウに、ことの次第のすべてを語り、ミスリル銀は受付のカウンターへと置いて帰った。
とんでもない貴重品の出現に、周囲の冒険者はどよめき、ナナウも扱いに戸惑うばかりだった。
その後の報せでは、依頼者が死亡しているので、アイテムはギルド預かりとすることになったという。
彼らには、もはやどうでもいいことだった。
ひとつの仕事終えた。ただ、それだけだった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
酷暑といっていい日であった。
太陽は、灼熱の気候からそろそろ人々を解放することを選択したようで、ゆっくりとその姿を西へと隠そうとしていた。
ザラマの町の人々は、陽に翳った互いの顔を見合わせてそっと笑った。ようやく今日という一日も終わろうとしていた。まもなく夜が来る。
酒場は戦い疲れた冒険者達が集い、いつものにぎわいを見せることだろう。
だが、なにごとにも例外がある。
この日の冒険者集団『トルネード』にとって、今日はそういう日だった。
レインは駆けた。
ザラマを見下ろす、名もなき小高い丘の上へと向かって。
彼女の手には海路よりベールアシュから送られてきた、小さな布袋が握られている。
ひっそりと立った石造りの墓標が、彼女の到来を待っていた。
墓石には名が記されている。
『ドルフ・ランドル』と。
かつて彼らのパーティーのサブリーダーだった男の名だ。
その隣には、少し小さめの新たな墓標が立てられている。
新たな墓標の足許で、一心不乱にスコップを動かしている男がいた。
「……もう、いいんじゃないかな」
悲鳴に似た声で彼は言った。メンバーの一員であるカイだ。
さすがに暑さにへばったと見え、肩で息をしている。
1メートル半程度の穴だが、堅いザラマの大地を掘るのは、さすがに重労働だったようだ。
「オーケー、ご苦労さん」
ヒュベルガーの声がそれに応じた。
こちらは青の甲冑を身にまとい、涼しげな表情だ。
革の水筒をさしだすと、カイはまたたくまにそれを飲み干した。
「ちょうどレインも到着したようだ」
ヒュベルガーが彼女へと視線を転じる。
頬が緩まないように自制しながら、レインは彼の元に近寄った。
手に持った布袋を、うやうやしく両手で彼の掌に乗せる。
「うん、確かに受け取った」
その布袋を額に押し頂き、なにやら小声でつぶやく。
よくきたなと、その唇はささやいたようであった。
布袋を、あらかじめヒュベルガーが用意しておいた木箱に納める。それを先程までカイが懸命に掘っていた穴の中へと置いた。
「それじゃ、埋めるぜ」
ドサドサと上から土が被せられる。ただ無情に。
やがてその場所はふたつ並んだ墓標以外、平らな土地へともどった。
神妙な面持ちで、『トルネード』のメンバーはそれを黙然と見つめている。
ドルフの墓標の隣に立つ、新たな墓石にはこう刻まれていた。
――『イエカイ・ランドル』
「これで、よかったんでしょうか」
レインの声は、涙に揺れていた。
「…………」
ヒュベルガーは、複雑な表情を浮かべ、応えない。
『親不孝をしてきた家に、オレの全財産を譲りたい』
ドルフの少ない遺品から出てきた、遺言といえる一枚の手紙。
彼の意思を叶えたいと、ヒュベルガーは手をつくした。
冒険者ギルドに調査を依頼すると、ランドル家の両親は流行り病ですでに亡くなっている、ということだった。
ただ唯一の相続者である弟は冒険者となり、ベールアシュにいるという。
彼はかつて共に戦った、陽気なドワーフの友人に手紙を送った。
だが、すべては遅かったのだ。
彼から添えられた手紙に、詳細が記されていた。
カッスター・ダンジョン内で、ミスリル銀をめぐる謀略に巻き込まれ、すでにイエカイは非業の最後を遂げていたという。その遺体はルカが奇跡で浄化し、消滅した。
ダーが布袋に収めた髪の毛のみが、彼の存在のすべてだ。
「俺は言葉がうまくないから、誤解を与えるかもしれんが――」
ヒュベルガーは言葉を選び、考えながら続ける。
「おれはこれでよかった、と思うよ」
「ど、どうしてです? だって、みんな――」
「そうだな。みんな、死んだ。そこには確かに無念さがある。だが、笑われるかもしれないが、俺はたとえ死んでも、命には続きがあると思っているんだ」
彼はいつかの冒険者ギルドでの出来事を想い出しながら、しみじみと告げた。
「命に続きがある――?」
「見間違いかもしれんがな。俺はそう信じている。それに」
「それに――?」
「こうして長いこと離れ離れだった兄弟が、逢えたんじゃないか」
冒険者になりたいという意思を貫き、ランドル家を勘当された兄ドルフ。
その兄に憧れ、同じ冒険者の道を歩んだ弟、イエカイ。
生きているうちに、ふたりは再会することはなかった。
だが、死しても、命に続きがあるのなら―――
「そろそろ、ふたりきりにしてやろう。積もる話は山ほどあるだろう」
ヒュベルガーは泣きやまないレインの肩を支えるように、寄り添って丘を下った。
やがてまばゆい星々が天を飾り、月光がふたつの墓標を静かに照らしだす。
もう彼らは、どこに行くこともない。
イエカイは小高い丘の上、憧れていた兄の隣で、静かに眠っている。
遺体が所有していた背嚢の中身を、確認しなければならない。
しかし依頼人は死亡している。本末転倒というべきであった。
誰に届けるべきかも分からない。だが、仕事の完了をギルドに報告する義務がある以上、中途半端で終わらせるわけにもいかなかった。
ダーは嫌悪感を抱きつつも、背嚢に手を突っ込んだ。
鈍い鉄のような義務感のみが、彼を突き動かしていた。
てきぱきと中のものを床に整理しつつ並べていく。松明や食料、蝋燭に火口箱。武器を修復するための素材のほかに、見る者の眼を奪う銀――。
ダーの掌から、大きな銀塊がごろりと転がり出た。
「ふむ、モリア銀か」
「ミスリル銀です」
ダーの発言を、エルフであるエクセが訂正した。
ミスリル銀。銀のように美しく、軽く、それでいて鋼よりもはるかに堅い物体。
加工もしやすく、これほど武具に向いた物質は存在しないとまで言われている。魔法伝導率もよく、普通の物質に呪文をかけるより、長く魔法の効果を維持することができる。
同じ重さの金よりも高価であり、これほどの塊ならば、市場価格はどれぐらいになるか。鉱石を見慣れたダーですら想像ができない。盗賊たちが必死になるわけである。
「これが、今回の騒動の根幹にあったようじゃの」
「まちがいないでしょう。問題は――」
「ウム、どうやって彼らがこれほどのミスリルを手に入れたのか」
謎が残るが、それを知る手立てはない。結果として残ったのは、5人の冒険者がこの銀をめぐって争い、死んだという事実だけである。
配分で揉めているうちに、ドッペルゲンガーに襲撃されたのか。
それともあの盗賊たちが、背後から3人を亡き者にしたのか。
いずれにせよ、不愉快な想像しか出てこなかった。
「これはさっさとギルドに届けようと思うが、異存はあるかな?」
誰もが一様に頷いた。無理からぬことだった。
ミスリルの価値を知らぬ彼らではないが、あまりに後味の悪い依頼だった。
むしろうんざりする気持ちのほうが強かっただろう。
「さて、残すは地下6階のみじゃな」
6層は特筆すべきこともなかった。
いくつかの敵と遭遇し、それをことごとく斃した。高価そうなアイテムもいくつか入手したのだが、四獣神の珠を発見することは、ついぞなかった。
「もはや、パーティーの疲労も限界です。戻りましょう」
「そうだね、もうここには居たくないよ……」
エクセの提案に、誰ひとりとして反対しなかった。
目的を果たすこともできず、一行は重い足取りで、来た道を戻った。
どの顔にも疲労感がありありと浮かんでいた。
地上のあたたかな光を受け、少しパーティーには安堵感が広がった。
ダーたちは馬車に乗り合い、ベールアシュへと戻る。そのまま、あわただしいほどの勢いで冒険者ギルドへと向かった。さっさとすべてを片付けたい。彼らの胸中に去来するのは、それだけだったといってもいいだろう。
受付嬢のナナウに、ことの次第のすべてを語り、ミスリル銀は受付のカウンターへと置いて帰った。
とんでもない貴重品の出現に、周囲の冒険者はどよめき、ナナウも扱いに戸惑うばかりだった。
その後の報せでは、依頼者が死亡しているので、アイテムはギルド預かりとすることになったという。
彼らには、もはやどうでもいいことだった。
ひとつの仕事終えた。ただ、それだけだった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
酷暑といっていい日であった。
太陽は、灼熱の気候からそろそろ人々を解放することを選択したようで、ゆっくりとその姿を西へと隠そうとしていた。
ザラマの町の人々は、陽に翳った互いの顔を見合わせてそっと笑った。ようやく今日という一日も終わろうとしていた。まもなく夜が来る。
酒場は戦い疲れた冒険者達が集い、いつものにぎわいを見せることだろう。
だが、なにごとにも例外がある。
この日の冒険者集団『トルネード』にとって、今日はそういう日だった。
レインは駆けた。
ザラマを見下ろす、名もなき小高い丘の上へと向かって。
彼女の手には海路よりベールアシュから送られてきた、小さな布袋が握られている。
ひっそりと立った石造りの墓標が、彼女の到来を待っていた。
墓石には名が記されている。
『ドルフ・ランドル』と。
かつて彼らのパーティーのサブリーダーだった男の名だ。
その隣には、少し小さめの新たな墓標が立てられている。
新たな墓標の足許で、一心不乱にスコップを動かしている男がいた。
「……もう、いいんじゃないかな」
悲鳴に似た声で彼は言った。メンバーの一員であるカイだ。
さすがに暑さにへばったと見え、肩で息をしている。
1メートル半程度の穴だが、堅いザラマの大地を掘るのは、さすがに重労働だったようだ。
「オーケー、ご苦労さん」
ヒュベルガーの声がそれに応じた。
こちらは青の甲冑を身にまとい、涼しげな表情だ。
革の水筒をさしだすと、カイはまたたくまにそれを飲み干した。
「ちょうどレインも到着したようだ」
ヒュベルガーが彼女へと視線を転じる。
頬が緩まないように自制しながら、レインは彼の元に近寄った。
手に持った布袋を、うやうやしく両手で彼の掌に乗せる。
「うん、確かに受け取った」
その布袋を額に押し頂き、なにやら小声でつぶやく。
よくきたなと、その唇はささやいたようであった。
布袋を、あらかじめヒュベルガーが用意しておいた木箱に納める。それを先程までカイが懸命に掘っていた穴の中へと置いた。
「それじゃ、埋めるぜ」
ドサドサと上から土が被せられる。ただ無情に。
やがてその場所はふたつ並んだ墓標以外、平らな土地へともどった。
神妙な面持ちで、『トルネード』のメンバーはそれを黙然と見つめている。
ドルフの墓標の隣に立つ、新たな墓石にはこう刻まれていた。
――『イエカイ・ランドル』
「これで、よかったんでしょうか」
レインの声は、涙に揺れていた。
「…………」
ヒュベルガーは、複雑な表情を浮かべ、応えない。
『親不孝をしてきた家に、オレの全財産を譲りたい』
ドルフの少ない遺品から出てきた、遺言といえる一枚の手紙。
彼の意思を叶えたいと、ヒュベルガーは手をつくした。
冒険者ギルドに調査を依頼すると、ランドル家の両親は流行り病ですでに亡くなっている、ということだった。
ただ唯一の相続者である弟は冒険者となり、ベールアシュにいるという。
彼はかつて共に戦った、陽気なドワーフの友人に手紙を送った。
だが、すべては遅かったのだ。
彼から添えられた手紙に、詳細が記されていた。
カッスター・ダンジョン内で、ミスリル銀をめぐる謀略に巻き込まれ、すでにイエカイは非業の最後を遂げていたという。その遺体はルカが奇跡で浄化し、消滅した。
ダーが布袋に収めた髪の毛のみが、彼の存在のすべてだ。
「俺は言葉がうまくないから、誤解を与えるかもしれんが――」
ヒュベルガーは言葉を選び、考えながら続ける。
「おれはこれでよかった、と思うよ」
「ど、どうしてです? だって、みんな――」
「そうだな。みんな、死んだ。そこには確かに無念さがある。だが、笑われるかもしれないが、俺はたとえ死んでも、命には続きがあると思っているんだ」
彼はいつかの冒険者ギルドでの出来事を想い出しながら、しみじみと告げた。
「命に続きがある――?」
「見間違いかもしれんがな。俺はそう信じている。それに」
「それに――?」
「こうして長いこと離れ離れだった兄弟が、逢えたんじゃないか」
冒険者になりたいという意思を貫き、ランドル家を勘当された兄ドルフ。
その兄に憧れ、同じ冒険者の道を歩んだ弟、イエカイ。
生きているうちに、ふたりは再会することはなかった。
だが、死しても、命に続きがあるのなら―――
「そろそろ、ふたりきりにしてやろう。積もる話は山ほどあるだろう」
ヒュベルガーは泣きやまないレインの肩を支えるように、寄り添って丘を下った。
やがてまばゆい星々が天を飾り、月光がふたつの墓標を静かに照らしだす。
もう彼らは、どこに行くこともない。
イエカイは小高い丘の上、憧れていた兄の隣で、静かに眠っている。
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