上 下
68 / 146
第七章

ミキモトvsゴウリキ

しおりを挟む
 異世界勇者ふたりは、互いに6歩ほどの距離を置いて対峙している。これ以上接近してのインファイトは、たがいに尋常ならざる破壊力をほこる勇者の武器を所有している以上、不可能といえた。
 ゴウリキは琥珀色のガントレットをガンガンと打ち鳴らす。
 顎の前で拳を構える、いつものスタイルだ。
 
「フン、相変わらず野蛮な構えですね」

 ミキモトも一礼し、緩やかな動作で剣を抜いた。
 剣を一瞬だけ、すっと頭上に掲げる。無意味な行動だが、格好をつけないと気がすまない性格なのだろう。アンガルドの姿勢をとると、つうっと細身の剣先をゴウリキに向ける。
 
「よう、お前ら、見るのはタダだが、巻き込まれても知らんぜ」

 ゴウリキがそれとなく周囲に警告を発する。
 あわててミキモトの仲間も、王国から派遣された捕縛兵も後方へ下がる。

「ワシらも、安全な辺りまで下がるぞ」

『フェニックス』メンバーとゴウリキの仲間も、ミキモトたちとは反対側の方向へと避難する。
 ふたりは、対峙したまま微動だにしない。
 互いに出方を伺っているのだろうか。
 炯々ときらめく4つの眼が、鋭く交差している。

「ねえ、ダーさん。この隙に逃げたらどうだろう?」

 こそっとコニンが小声でダーへ耳打ちする。
 ダーは微笑を浮かべて首を振った。

「残念だがそれはできぬ。不本意なかたちであろうが、ゴウリキはわれらのために闘おうとしてくれておるのだ。それを背にして遁走するのは、さすがにできぬ相談じゃな」

「そ、そっかあ、そうだよね。オレって何言ってるんだろ」

 コニンはおのれの口にした言葉が恥かしくなったのだろう。赤面して自分の頭をこつんと叩いた。ダーは気にすることはないという思いをこめて、ぎゅっと彼女の手を握った。
 反射的に、コニンは赤面した顔をさらに赤らめる。
 じろりと横目でクロノがダーを睨むが、彼はまるで気づいていないようで、

「コニンよ、恥じ入る必要はない。その考えはあながち間違っているわけではないのじゃ。ワシらが逃げれば、ふたりの矛先は当然こちらへ向く。この異世界勇者同士の死闘は止められるかもしれん」

 ダーは言葉を切って、対峙するふたりを見やる。
 
「じゃが、この雰囲気で下手に動かないほうがよい。もうじき、動く」 

 最初に動いたのは、速度で勝るミキモトの方だった。
 
「アロンジェブラ」
 
 その場で虚空を突く。すると斬撃が風となってゴウリキに迫る。
 
「フン、フン!」

 ゴウリキは目にも留まらぬ速さで、ジャブを放ち、それを迎撃する。斬撃が消滅すると、今度はゴウリキの番である。虚空にジャブを放つ。空気の弾丸《バレット》がミキモトめがけて放出される。
 それも当然のごとく、空中で迎撃される。
 ゴウリキとミキモトは無表情のまま、それを交互にくりかえす。みずからの制空権を主張するかのように。 
 そのたび空気の衝撃波で、景色が振動する。風で砂塵が舞い小石が飛び、鳥が驚いて飛び去っていく。
 小康状態を破ったのはゴウリキの方だった。
 連続ジャブの後から、岩をも砕きそうなストレートを放つ。
 
「これを待っていましたね。コントルアタック!」

 ストレートに合わせて、ミキモトは回避しつつカウンター攻撃を放った。
 風の斬撃が、当たった。
 
「フウン!」
 
 いや、命中してはいない。着弾寸前でゴウリキはガントレットを動かし、パリングを行っている。
 ボクシングの、パンチを打ち消すテクニックの応用だ。勇者のガントレットの力に頼るのみではない。ゴウリキはテクニックと生来生まれ持ったパワーで、斬撃を無効化したのだ。
 
「ちっ、まったくデタラメな男ですね……」

 苦い表情でミキモトがつぶやく。これに対し、
 
「おい、ウォーミングアップも終わっただろ。そろそろ本気でいこうぜ」

 とゴウリキがうそぶく。
 これにカチンときたか、ミキモトはぐっと身を縮めた。

「ならば、出し惜しみなく行きましょう……」

 ミキモトは剣を天へと衝きあげ、そのまま虚空に円を描いた。

「満月斬り!プレーヌ・リュヌ
 
 円錐形にくりぬいた空間が、そのまま巨大な弾となって直進する。
 ゴウリキはこれを見て、すぐに背を向けた。
――逃げる?
 いや、ガントレットを打ち合わせるように力を凝縮し、それを振り向きざまに放った。

空烈破斬くうれつはざん!!!」
 
 直進する空気の弾道は以前見たものより大きい。
 これが修行の成果だろうか。あきらかにゴウリキの力量は上がっている。
 空中でそれは激突し、相殺され、激しい風の爆発が起こった。
 エクセの銀髪が風圧でたなびいた。ダーも踏ん張った足ごと後方に引きずられた。
 ゴウリキとミキモトの足元に転がる石が飛礫となって四散し、クロノは大きなタートルシールドでそれを防いだ。
 ダーは、その背後に避難するよう、仲間に指示をだす。
 
 当事者のふたりも、さすがにこれには耐え切れず、後方へと吹っ飛んだ。

 それはまさに爆風そのものだった。
 ふたりはごろごろと転がったあと、ゆっくりと立ち上がった。
 異世界勇者の破壊力抜群の大技を、お互いが至近距離で炸裂させたのだ。その衝撃。いささかなりと闘志に翳りがみえてもおかしくはない。
 だがミキモトもゴウリキも、臆する気配は微塵もなかった。
 どちらも双眸は野獣そのものの蛮性に輝いている。
 
「……決着をつけるときが来たようですね」

「応! 望むところだぜ」

 ミキモトはアンガルドに戻り、何かをつぶやいている。
 ゴウリキは気合と共に、ガントレットで何かを練っている。
 
「互いの必殺技をぶつけ合う気じゃな」

 ダーがつぶやいた。『フェニックス』は、どちらの大技も見たことがある。
 このまま放置しておけば、どういう事態になるだろう。
 異世界勇者が共倒れという形になるのだろうか。奇しくもそれは、かつてダーが王宮でボコボコにされ、自宅で臥せっていたとき、そうなればよい、と思い描いたシナリオだった。

――あれから随分と長い年月が経過したような気がする。
 ゴウリキは気は短くて性格も大雑把だが、義侠心には厚い男だ。対してミキモトには、いまのところいい部分はまるで見当たらないが、それでも死んでもらいたいというほどの憎しみは抱いていない。
 このまま相打ちをさせ、どちらかがこの場で斃れていいものだろうか。
 ダーとしては、それだけは避けたい気持ちになっていた。

「いちかばちかで、青龍の力を行使して、割って入るか……?」

 ダーがつぶやくと、エクセが静かに首を振った。

「いけません、あまりにも無謀な手段です。しかもあなたが出せるのは、せいぜいが斧に雷をまとう程度のものです。とてもあのふたりに対抗する力は出せないでしょう」

「――ワシらがどうこうできる次元を超えている、か」

「われわれはゴウリキに賭け、賽は振られました。あとは無事を祈るしかありません」

 そんな会話を繰り広げているときである。エクセは何かに気付いたのか、はたとゴウリキを見つめた。ゴウリキがひそかに、エクセに横目で視線を送っている。
 それは何かを促すような、強い目線だった。エクセは一度、首を横に振った。それでもじっとゴウリキは、エクセを見つめ、さらに馬車の方向へ視線を走らせる。なにかを伝えるように。
 エクセは嘆息し、ついに首肯した。ゴウリキはにやりと破顔した。
 男らしい、太い笑みだった。エクセは一行を見やり、
 
「――追っ手に気付かれぬうち、馬車の方へ向かいましょう」

「む、ゴウリキを見捨てて、逃げるというのか」

「彼が時間を稼いでくれているのです。その  志こころざしを無為にする方が、よほど罪です」

 エクセは決然と言った。すでに事態は動き始めているのだ。
 むろん否やはない。全員が頷き、すぐに行動を開始した。

 彼らが馬車へと走ったのを視界の隅に捉えたゴウリキは、吠えた。
 ミキモトは動じない。全神経を集中して、ゴウリキの攻撃を待っている。あらゆる攻撃を想定してのカウンターを考えているのだろう。
 攻撃を仕掛けたのは、ゴウリキの方だった。
 低い姿勢のまま疾走する。
 胴をねじり、拳を下げ、必殺の一撃を繰り出す体勢に入っている。
 対するミキモトは静かだ。ただ待っている。
 ゴウリキが剣の射程圏内まで詰めたとき、剣先が跳ねた。
 ミキモトの頭上にレイピアが星のようにきらめき、それは音もなく落下した。

「流星雨連続突きプリュイ・デ・メテオール

「真・超昇旋破シン・ちょうこうせんぱッッ!!!」 
 
――その瞬間だった。
 
 天地は鳴動し、木々は裂け、視界は白濁化した。
 さながら天変地異のごとき音と光の洪水から、ダーたちを乗せた馬車は、一瞬速く脱することができた。それはまさに奇跡のようなタイミングだった。
 ゴウリキは、ミキモトはどうなったのか。その仲間たちは。
 すべてを背後へ置き去りにしてきたダーたちに、それを知る術はなかった。

しおりを挟む

処理中です...