燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第八章

ナハンデルへ到る道

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「――よろしいですか。それでは、私が先導いたします」

「しんがりは我らふたりにお任せあれ」

「ウム。すまぬが、よろしく頼むわい」

 料金所の惨劇の場から、彼らはナハンデルへ向かい、馬車の鞭をいれた。
 むろん、彼らだけではない。ナハンデルより派遣された3人の警備兵も同行している。のこりの4人の兵士は、留守として残った。
 さすがにもう戻ってくることはないだろうが、魔族の襲来を警戒しての措置であった。
 すでに狼煙を上げ、増援も呼んでいる。当然の措置かもしれなかった。なにしろやってきたのは魔族のなかでも最強の部類に属する、凱魔将なのだ。
 それが直接、ナハンデルに現われ、料金所を襲撃したというのだから、話を聞かされた警備兵たちとしては穏やかではいられまい。最大の危機感を抱いたであろう。
 ダーたちはすでにザラマで凱魔将ラートーニとまみえ、迎撃しているのだから、どちらかといえば慣れっこである。その淡々としたようすに、

「凱魔将といえば、魔王の側近ともいわれる最大の脅威。そんな化物と遭遇して、よくそのように落ち着いていられますな」

 と兵に言われて、「まあ、そう言われればそうじゃな」と納得したくらいである。
 すでに脅威を脅威と感じる感覚が麻痺してしまっているのかもしれなかった。
 ダーたちが乗った馬車は、街道をひたすら進む。その前後に挟みこむように警備兵も進む。途中で料金所へと向かう騎馬の一団とすれちがい、ダーたちを護衛する兵士は馬から下りて敬礼し、何事か情報交換を行なっていた。騎馬の一団は礼を言って立ち去った。

「ざっと30人以上はいましたね」

 とエクセがつぶやくと、ダーは頷き、

「よく訓練がいきとどいていると見え、迅速な行動ぶりじゃ。一糸乱れぬ隊列からも、しっかりと統制も取れていることが窺えるわい」

「しかし、もうあの魔族の少女が戻ってくるとは思えませんし、ちょっと大袈裟な人数かもしれませんね」

「でも、本当にアイツが戻ってきたら、あの程度の人数じゃ全滅しちゃうと思うよ。オレたちが無事なのは、アイツの気まぐれみたいなものだから」

「そうじゃな。まあワシらは悪運だけは強いからの」

「なんだかんだで、生き延びましたからね」

 一行の表情に、久しぶりの笑みがこぼれた。思えば凱魔将ウルルとの邂逅、3魔将との対決と、気の緩むいとまもなかったのだ。そうした他愛ない会話をかわしているうち、ふとエクセが何かを思いだしたらしく、ぐるりと全員の顔を見回して語りはじめた。

「みなさんに肝心なことを伝え忘れていました。あのナハンデルには、『深緑の魔女・ヴィアンカ』がいるのです」

「何者じゃ、そのフィアンセというのは?」

「ヴィアンカです。魔女のなかでも強力な魔力のもちぬしとして知られています。彼女はもともと、ベールアシュの魔法使いの塔で、古代魔術の研究に没頭していたのです。しかし、その強大な魔力に目をつけたナハンデル領主から、じきじきに三顧の礼を受け、現在は専属魔術師として君臨しているとか」

「で、そのヴィヨンセがどうしたのじゃ?」

「ヴィアンカです。彼女はおそらく、玄武の珠の所有者ではないかと言われております」

「――な、なんですって!?」

 ルカとコニンが驚きに眼をみひらいた。日ごろ無口なクロノトールですらも唖然とした表情を浮かべている。

「そんな大事な情報を、なぜ黙っておったのじゃ」

「まだハッキリとした確証はありません。ただ、フレイトゥナが――ああ、私の旧い友人ですが――そういえばと、会話の最中に教えてくれた情報なのです。あのときはまだ、ベールアシュを追われるとは思ってもいなかったので、深く聞き出すことはできませんでしたが」

「フレイトゥナさんといえば、魔術師協会の副理事。そんな方とお友達とは、さすがエクセさんですね」

「いえいえ。多少長く生きている分だけ、知り合いが多いというだけです」

「ふむ、それほどの地位の者が言うことじゃ。信憑性はあるのう」

「しかし噂はあくまで噂です。過度の期待は避けてくださいね」

 といっても、聞いてしまえば期待せずにはいられない。
 一行は目に見えてソワソワしだした。

――そうして馬車で街道を駆けること、まる一日。
 夜通し駆けるという危険は避け、一行は街道沿いの空き地に野営することにした。
 兵士たちによれば、翌日の昼には町に到着できるという。あえて無理をして急行する必要はないという判断である。
 これでしばらくは退屈せずにすむよ。そのウルルの言葉は真実めいて聞こえた。すぐさま襲撃はないだろうという楽観的な思いもあった。

 翌朝、はやる心を抑え、一行は野営地を引き払った。
 まだ周りが暗く、太陽が顔を覗かせる前のことである。
 街道から見える風景は単調そのものであった。ひたすら霧が視界を遮り、同じ顔をした木々が黙然と彼らを見下ろしている。
 やがて陽が昇り、霧が去り、視界が明瞭となった。
 
「――町だ、町が見えるよ!」

 コニンがはしゃいだ声をあげる。  
 石造りの街道のところどころ。いたる隙間から、緑が覗く。
 ナハンデルは緑豊かな地に立てられた城塞都市である。
 遠方から見えるナハンデルは、森林と同化したかのような印象の町だった。
 石を積み上げて造られた、灰色の市壁のところどころにも、緑の草がひょこひょこと顔をのぞかせている。
 ヴァルシパルに慣れた一行にとってみれば、異質な文化のように思えた。なにしろここは外部の干渉をあまり受けていないのだ。
 これまで見たいずれの町並みとは違い、独特の気風を漂わせている。

「さて、われらは先にレネロス様にご報告いたさねば」

「のちに使いの者が参ると思うが、それまではゆっくり滞在されよ」

 道中をともにした兵士のうち、ふたりは慌しく去っていった。
 お目付け役だろうか。ひとりの兵士だけが彼らの元に残った。

「私はソルンダと申します。しばらくはみなさんと行動をともにさせていただきます。まだ若輩者ゆえ至らぬ部分もあるかと思いますが、なにとぞよろしくお願いします」

 とその兵士は兜をぬぎ、丁寧に頭を下げた。
 栗色の髪は短く切りそろえられている。
 上げた顔はまだ若い。背はエクセよりやや低く、コニンよりは高い。歳のころは20を少し越えたあたりだろうか。ナハンデルのカラーである、緑色の胸鎧が陽の光を受けてにぶく輝いた。
 
 さて、新たな出会いがあれば、別れもある。
 ゆるりと御者台から降りた男は、ダーの目前に立った。

「……ここでお別れですね、ダーさん」

 そう、静かな調子で口を開いたのはベクモンドだった。

「今ベールアシュへと戻れば、面倒なことになるやも知れぬ。もうすこし、われらと行動を共にしたほうがよいのではないか?」

「いえ、妻をいつまでも待たせておくわけには行きますまい。それに、ベールアシュには私の家があります。いつか家には帰るものでしょう?」

 灰色の口髭が、にこりと笑みを形作った。 
 ダーは無言でベクモンドへと歩み寄った。ベクモンドは姿勢を低くし、静かにダーの抱擁を迎え入れた。
 ドワーフの身長が低いため、傍から見れば、いささか不恰好な様子に見えたかもしれない。
 だが、笑うものは誰もいない。
 
「ベクモンドよ。おぬしがおらねば、ここまで逃げることはできなかった。でっかい借りができたのう」

「いえいえ、私は昔の借りを返しただけです。これで貸し借りはなしですよ」

「確かにダーには借りを返したかもしれません。でも、私たちには、大きな借りができましたよ」

 エクセが笑みを浮かべて、そっとベクモンドの肩に触れた。

「オレだって借りができた。いつか返しに行くからね」

 コニンもベクモンドの肩に手をまわし、顔をくしゃくしゃにして、笑った。
 ルカもクロノも、ベクモンドの傍に寄り添い、こくりと頷いた。眼に大粒の涙が浮いている。

「いいか! いつか必ず借りを返しにいくからの。夫婦ともども、楽しみにしておれ」

「ははは、脅迫の文言ですよ、それじゃ」

 ベクモンドは笑顔のまま立ち上がり、最後に全員とかたい握手をかわした。

「それでは、またいつかお会いしましょう!」

 という快活な響きの言葉を置いて、ベクモンドは背中を向けて歩きだした。
 かれは最後まで涙を見せなかった。 

 ベクモンドひとりを乗せた馬車は、車輪をきしませながら街道へ消えていく。ダーたち一行は、その姿が完全に見えなくなるまで、ひたすら見送っていた。
 彼と入れ違いに馬車の一団が、町へと入ってくる。
 その一隊はいぶかしげに先程すれ違った馬車の方向を見やり、

「あの御者さんは、よっぽど何かつらいことがあったのだろうな」

「あんなお歳で、滂沱の涙を流すなんて……」

 と、ひそかにささやきあった。
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