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第八章

ユニコーンを殺そう

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 ソルンダの言うとおり、ヴィアンカは確かに美貌であった。
 それも、エクセとは対照的な。
 背中に流した髪は光を吸いこむような漆黒であり、その瞳は燃え盛る炎のように紅い。
 グラマラスな肢体のラインが浮き出るほどぴったりとした、深緑と真紅のツートンカラーのロングローブを身にまとっている。ざっくりと開いた胸元は、その大きなバストがこぼれ落ちそうなほどだ。

「あたしの後をついてきて。うっかりその辺にある物に勝手に触らないでね。殺すから」

 そう言いのこし、背中を向けたヴィアンカの後を、3人はおとなしくついていく。
 ヴィアンカの残り香が3人の鼻孔をくすぐる。かなり蠱惑的な香りであり、並の人間の男なら、これだけでぞっこん参ってしまうかもしれない。
 いや現に、ソルンダは頬を紅く染め、まるでヴィアンカに引きずられるように、ふわふわした足取りで歩いている。すっかり魅了されているようだ。
 
 ダーですら、これはチャームの魔法をかけられておるのか? と疑い、エクセの方を見やったほどだ。しかしエクセは首を左右に振って、それを否定した。
 すっかり魅了されてしまっているソルンダの姿を見て、ダーは口をへの字に曲げ「ああはなりたくないものじゃ」とつぶやいた。
 家の内部は、外観よりはるかに広いように感じられた。ヴィアンカのすばやい歩調では、すぐに家の端へ行き当ってしまうだろうと思われた通路は、奇妙なことに、どこまでも続いて見える。
 通路の左右に開きっぱなしの扉がついており、さまざまな研究が行なわれているようだ。
 興味本位でダーはそのひとつを覗いてみた。
 部屋のなかは広く、長方形をしたふたつの机が並べられている。どちらの机の上にも、ところ狭しと色とりどりのカラフルな細いビーカーが林立しており、ゴボゴボと奇妙な泡を立てている。

「なかなか不思議な光景じゃわい。エクセには何の研究を行っておるか、分かるか?」

「いえ、われわれ四神魔術師と魔女の魔法体系は別です。詳しいことは私にも……」

「余計なことしないでって、言ったわよね」

 深緑の魔女はにっこりと殺気に満ちた笑みで、ふたりの背後に立っている。
 ダーが思わず首をすくめると、むっつりと人差し指でついてくるように指示する。
 そのまま、歩くこと約50歩。
 大きな扉が、一行の前に立ちふさがっていた。
 ヴィアンカは「ここが私の部屋」と告げると、そのまま内部へと姿を消した。扉がすぐさま閉じられてしまったので、入っていいものやら3人が互いに顔を見合わせていると、

「ぼうっとしてないで、はやく入りなさいな」

 と扉ごしに声が聞こえ、3人は内部へと脚を踏み入れた。
 内部は思いのほかまぶしかったので、視力が回復するまで若干の時間がかかった。やがて拡がった意外な光景に、一同は目をまるくした。
 そこは森だった。
 部屋のいたるところに、緑の樹木をあしらった象嵌が施されている。まるで清涼な風の音、小鳥のさえずりが聞こえてきそうな気さえする。おもしろい造りの内装だった。
 まるで場違いのように置かれた茶色の椅子に腰掛けると、魔女はこちらをふりむいた。
 どこから取り出したのか、長いキセルを口にくわえている。
 ぷかりと煙の輪を吐き出すと、指をくいくいと向けた。
 近くに寄れ、ということなのだろう。

「話を聞かせて頂戴。どういう意図があって、こんな処まで来たのかしら?」

 エクセがかいつまんで、これまでの経緯を説明した。フルカ村での闘い。ジェルポートでの敗北。ザラマでの激闘。ヴィアンカはきらきらした少女のような眼差しをして、話に聞き入っている。

「ふうん、それでどうしたの。へえー! やるじゃない」

 最初の冷淡な印象はどこへやら。ヴィアンカは聞き手として優秀だった。絶妙な間合いで相槌をうち、話の先をうながす。傍らにいるソルンダも、すっかり話のとりことなっている。
 エクセが離し終えると、ふたりはほぼ同時に拍手喝采である。すっかり気に入ってもらえたようだ。
 
「波乱万丈の人生ってやつね。あたしはホラ、こんな田舎に引っ込んだ魔女だから、そういう刺激的な話題に飢えていてね。面白かったわ、あなたがたの話」

「――では、協力していただけますか?」

 エクセが問うと、ふるふると魔女は首を振った。

「それとこれとは話が別。至宝ともいえる玄武の珠を、初対面の冒険者にたやすく渡せるものではないわ」

「おいおい、それではこちらは長話をしただけ損ではないか」

「落ち着きなさいな、受けないという話じゃないわ。あくまで――」

 もう一息、キセルから煙の輪を吐き出すと、

「――ギブ・アンド・テイクよ」

 魔女は妖しげな笑みを浮かべた。

「ふむ、それでワシらになにをさせるつもりなんじゃ」

「簡単なクエストをやってもらうわ」

 どうやら、選択の余地はなさそうだった。 
 あくまでこちらからお願いしている立場なのだから、受けざるを得ないだろう。

「ではそのクエストの内容を教えてください」

「そうね、狩りをしてもらいたいの」

「――なにを?」

「ユニコーンと言ったら、どうするかしら?」

 深緑の魔女は、瞳を悪戯っぽく輝かせながら、言った。

「ユニコーンといえば、一本角の生えた伝説の馬のことか」

 ダーは傍らをかえりみる。エクセはこくりと頷いた。
 額に鋭いらせん状の一本角を生やした、美しい白馬。
 それが一般に認識されているユニコーンの姿である。

「そうよ。ユニコーンを殺して頂戴」

 エクセは真剣な面持ちで、ゆっくりと首を左右にふった。

「ユニコーンはただのモンスターではありません。神より遣われし聖獣として、ヴァルシパルでは保護の対象になっています。また誇り高い生物としても知られ、ヘタに生け捕りなどしようものなら、自ら命を絶ってしまうでしょう」

「これが本当なら、ワシらはさらに別の容疑で追捕される身となるわけじゃな。なかなか暗黒諧謔《ブラックユーモア》が効いとるのう」

「まあ、無理に前科者になれというわけではないわ。でもねー。角が欲しいのは本当のところ。合成に必要なのよ」

 ヴィアンカは額に手を当てて、なにやら真剣に考え込んでいる。その横顔もまた魅力的である。ソルンダがふらふらと彼女に接近しそうになるのを、ダーが脚を掴んで制止する。

「何の合成じゃ。よほど説得力のある要請であろうな」

「はっきり言うわ。領主レオニス様の奥方の命にかかわることよ」

 この言に、夢見心地のような顔をしたソルンダの顔が、はっと蒼白になった。

「ヴィアンカ様! この町に来たばかりの冒険者に、そのような秘事を語るとは!」

「考えてあってのことよ。ここは私に任せて」

「しかし――」

 ヴィアンカは、さらに言い募ろうとするソルンダに、すっと掌を向けた。
 そのルビーのように燃え盛る双眸には、揺るぎない決然とした意思が宿っている。ソルンダは若い顔に不満を漲らせながらも、黙った。

「彼女は難病に罹っているの。ううん。難病と言うより、呪術のたぐいね」

「呪術とは穏やかではありませんね。しかし、それはおかしな話ではないですか?」

「む、なにがおかしいのじゃ?」

「先ほど私たちはソルンダから聞いたではありませんか。ヴィアンカの強大な魔力によって張り巡らされた結界はナハンデル全体を覆い、外界からの魔力攻撃を遮っていると」

「そうね。それは本当の話。私は結界には自信を持っているわ。ところが、それが機能していない。――ということはどういうことか。よく考えてみて」

 エクセは、はたと手を拍ち、

「つまり、呪いをかけているのは……」

「ご明察よ。この領内の住人の誰かが、彼女を呪い殺そうとしているというわけ」

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