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第十二章
街道をゆく
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街道に転がった小石が馬蹄に蹴散らされて宙に舞った。
路傍の草はにわかに巻き起こった風をあびて、まどろむように揺らめいた。
白馬が駆ける。先頭を行くのは派手な衣装を身にまとった男、ミキモトだ。
その後を追うように駆ける二頭の馬には、それぞれひとりの女性がまたがり、三つの凛々しい眼を前方へと向けている。かたや左目の潰れた女戦士、スカーテミス。もうひとりは銀色の弓を背にした弓矢使い、コニンである。
その後方から着いてくる馬車の内部では、ふたりの亜人と3人の人間が揺られている。亜人はドワーフ、ダー・ヤーケンウッフと、エルフのエクセ=リアンだ。
3人の人間は、剛勇の女戦士、クロノトールと、聖職者ルカ。そしてスカーテミスの恋人である金髪の若者、シュロークである。
このなかで、シュロークのみが戦闘経験というものがない。
彼らが目的地としているザラマはいま魔王軍との戦争の真っ只中であり、いってみればこの大陸、最大の危険地帯である。そこへシュロークを連れて行くにあたっては、相当にもめた。
「シュローと別れて、遠くで戦うなんて嫌だ」
と、スカーテミスが駄々をこねたのが騒動の発端であった。
「しかし、危険地帯に戦闘経験のない若者を連れて行くのはのう」
「私も賛成はできかねます。われわれの目的地は、戦乱の渦の中心地。待ち構える運命は困難をきわめますよ」
「それでも、私たちの愛を引き裂くことはできない!」
ダーとエクセはにがい顔を見合わせた。ザラマが迎え撃っている敵は魔王軍10万もの大軍。そこへ向かうのだから、自分の身は自分で護れるぐらいの武勇は最低限必要である。
いいにくいことだが、要するに足手まといなのだ。
「シュロークはそれでいいのかの?」
ダーが水を向けると、柔和な外見の若者は、決然とした声で言ったものだ。
「みなさんのご懸念は理解しているつもりです。ですが、僕も彼女の傍にいたいのです。どうか、一緒に連れて行ってはもらえませんか。きっと僕にもお役に立てることがあります」
「ふむ、そこまで腹が据わっているならば否やはない。じゃが、辛い旅になるぞ」
「望むところです」
「いい眼じゃ。よし、ならば共に行こう」
こうして話はまとまった。
そしてシュロークの言葉は決して嘘ではなかった。彼の薬草における知識はかなりのものであり、船酔いの薬や馬車酔いの薬、眠気覚ましといった薬をたちどころに調合して一同に配布した。
ルカの奇跡の力は強力ゆえに回数制限があり、かなり貴重なものなので、こうした細々とした事態に使用する必要がなくなったのは大いにありがたいことであった。
「しかしダー、我々はこのままベールアシュへと向かうことはできませんよ。門をくぐるには、身元証明書を提示する必要があります。私たちが冒険者パスを差し出したが最後、ただちにお縄という羽目になりかねません」
「それはワシも懸念しておった。幸いなことに、ナハンデルで都合してもらった携帯食料には、まだゆとりがある。とりあえずは野営を基本とし、街道沿いに建てられている馬車宿か、神殿にお邪魔できればいいのじゃがな」
彼らの旅には、様々な困難が横たわっている。そのひとつがヴァルシパル国王が命じた「フェニックス」捕縛令である。ミキモトの識るかぎり、これを国王が撤回したという事実はないという。
ならば、用心に越したことはない。なるべく危険な道を避け、安全な方法で先を急ぐべきだろう。
「――しかし、不思議な話じゃわい」
ダーは当前のような顔をして、メンバーの一員となっているミキモトを見て思う。
さまざまな経緯《いきさつ》がからまりあい、かつて追跡隊の急先鋒であったミキモトが、いまやダーと行動を共にしているのである。傍から見れば、かなり皮肉めいた状況であろう。
一行はとりあえずの目的地を、ジェルポートに定めた。
ジェルポートには彼らに好意的な公爵が土地を治めている。公爵の協力を得て船を出してもらい、そこから海路でザラマへと向かう。とりあえずはそれ以外の方法はないであろう。
ダーたち一行がナハンデルを後にして、二日ほどの刻が経過した時である。
ミキモトがおもむろに声を発した。
「前方に、怪物の姿が見えますね。数はざっと20匹」
「――20! はぐれにしては、多い!」
「ヴァルシパルの国土が荒れているという報は、事実であったか」
それは、彼らがナハンデルで旅の支度をしているとき、斥候からもたらされた情報であった。
ヴァルシパル国王がナハンデル領へ対して武力討伐をもくろみ、しかも戦況が不利な状況のまま、諸侯から見放される形で終結したという事実は、衝撃を持って王国内に拡散した。
この討伐戦に加わった諸侯は、それぞれみずからの領土に帰り、防備をかため、ザラマへの救援要請に対してもことごとく無視する姿勢をとっているという。
ちょっとした内乱状態である。もはや、魔王軍が侵攻する前に、王国の権威は失墜してしまったといっていい。
「――野望の代償としては、かなり大きなものを支払ったとみるべきですね」
「呑気に悟っている場合ではないですね」
「どうやら、襲われている人がいるようだよ」
ミキモトは、異世界勇者の出番とばかり、はりきって敵中に馬を走らせる。
あわてて後続のふたりも馬の速度を上げ、その後を追う。
怪物はオークとゴブリンの混生部隊であり、組織だった行動はしていない。襲われているのは、隊商の一団のようであった。オークの死体と護衛の死体がかさなりあい、街道を紅に染めている。
こうした怪物を退治して回るのは街道警備隊の役割であるが、ダーたちが旅に出て以降、一度もその姿を確認していない。王国の警備機能は、ほぼストップしているとみるべきだろう。
「ようし、御者。できるかぎり近くで馬をとめてくれ」
「か、かしこまりました」
馬車が止まると同時、冒険者たちは猛烈な勢いで外へと飛び出した。
すでに先陣を切っていたコニン、スカーテミスたちは怪物どもを次々と射すくめ、斬り倒している。ミキモトは何故かふてくされたような顔をして、馬上で腕を組んでいる。
「どうしたのじゃ、おぬし?」
「どうもこうもないですね。そこの片目の女性が『おまえの力は強力すぎて、みんなを巻きこんでしまう。大人しくしていてくれ』と言って、私の参加を阻むのですね。私だって、手加減ぐらいはできますよ」
「いや、どうかのう?」
「なにか言いましたか?」
「いやいや。この程度の雑魚に対して、異世界勇者の力は必要あるまい、と言ったのよ。ここは我ら従者におまかせあれ」
そういわれて、ミキモトも悪い気はしなかったようで、
「ようし、さっさと片付けてくるのですね」
と命じた。ダーは「承知」と、笑みを浮かべて踵を返した。
その後につづくクロノトールは、不満そうに唇を尖らせている。
「どうした、クロノ?」
「……あいつ、ダーに対して、偉そう……」
「そうじゃのう。もしアレを旅に出た当初に言われておったら、さぞかしむかついていたことじゃろう」
「……もう、むかつかないの……?」
「うむ、今のワシには、代わりに怒ってくれる仲間がおるでの」
ダーはクロノにぐっと親指を向けた。
クロノの顔が、花のようにほころんだ。
次の刹那、ふたりの位置は瞬時に入れ替わっていた。クロノがダーに抱きつこうとして突進し、それを見抜いたダーが敏捷に身をかわしたのだ。
「……失敗……」
「そう何度も抱きつきタックルは食らわんわい。頼むから、その力は敵へと向けてくれぬか」
こっくりと頷いたクロノに、ようやくダーは安堵し、敵影へと突入した。
彼らが怪物の群れを片付けるのに、さほどの時間は必要としなかった。
路傍の草はにわかに巻き起こった風をあびて、まどろむように揺らめいた。
白馬が駆ける。先頭を行くのは派手な衣装を身にまとった男、ミキモトだ。
その後を追うように駆ける二頭の馬には、それぞれひとりの女性がまたがり、三つの凛々しい眼を前方へと向けている。かたや左目の潰れた女戦士、スカーテミス。もうひとりは銀色の弓を背にした弓矢使い、コニンである。
その後方から着いてくる馬車の内部では、ふたりの亜人と3人の人間が揺られている。亜人はドワーフ、ダー・ヤーケンウッフと、エルフのエクセ=リアンだ。
3人の人間は、剛勇の女戦士、クロノトールと、聖職者ルカ。そしてスカーテミスの恋人である金髪の若者、シュロークである。
このなかで、シュロークのみが戦闘経験というものがない。
彼らが目的地としているザラマはいま魔王軍との戦争の真っ只中であり、いってみればこの大陸、最大の危険地帯である。そこへシュロークを連れて行くにあたっては、相当にもめた。
「シュローと別れて、遠くで戦うなんて嫌だ」
と、スカーテミスが駄々をこねたのが騒動の発端であった。
「しかし、危険地帯に戦闘経験のない若者を連れて行くのはのう」
「私も賛成はできかねます。われわれの目的地は、戦乱の渦の中心地。待ち構える運命は困難をきわめますよ」
「それでも、私たちの愛を引き裂くことはできない!」
ダーとエクセはにがい顔を見合わせた。ザラマが迎え撃っている敵は魔王軍10万もの大軍。そこへ向かうのだから、自分の身は自分で護れるぐらいの武勇は最低限必要である。
いいにくいことだが、要するに足手まといなのだ。
「シュロークはそれでいいのかの?」
ダーが水を向けると、柔和な外見の若者は、決然とした声で言ったものだ。
「みなさんのご懸念は理解しているつもりです。ですが、僕も彼女の傍にいたいのです。どうか、一緒に連れて行ってはもらえませんか。きっと僕にもお役に立てることがあります」
「ふむ、そこまで腹が据わっているならば否やはない。じゃが、辛い旅になるぞ」
「望むところです」
「いい眼じゃ。よし、ならば共に行こう」
こうして話はまとまった。
そしてシュロークの言葉は決して嘘ではなかった。彼の薬草における知識はかなりのものであり、船酔いの薬や馬車酔いの薬、眠気覚ましといった薬をたちどころに調合して一同に配布した。
ルカの奇跡の力は強力ゆえに回数制限があり、かなり貴重なものなので、こうした細々とした事態に使用する必要がなくなったのは大いにありがたいことであった。
「しかしダー、我々はこのままベールアシュへと向かうことはできませんよ。門をくぐるには、身元証明書を提示する必要があります。私たちが冒険者パスを差し出したが最後、ただちにお縄という羽目になりかねません」
「それはワシも懸念しておった。幸いなことに、ナハンデルで都合してもらった携帯食料には、まだゆとりがある。とりあえずは野営を基本とし、街道沿いに建てられている馬車宿か、神殿にお邪魔できればいいのじゃがな」
彼らの旅には、様々な困難が横たわっている。そのひとつがヴァルシパル国王が命じた「フェニックス」捕縛令である。ミキモトの識るかぎり、これを国王が撤回したという事実はないという。
ならば、用心に越したことはない。なるべく危険な道を避け、安全な方法で先を急ぐべきだろう。
「――しかし、不思議な話じゃわい」
ダーは当前のような顔をして、メンバーの一員となっているミキモトを見て思う。
さまざまな経緯《いきさつ》がからまりあい、かつて追跡隊の急先鋒であったミキモトが、いまやダーと行動を共にしているのである。傍から見れば、かなり皮肉めいた状況であろう。
一行はとりあえずの目的地を、ジェルポートに定めた。
ジェルポートには彼らに好意的な公爵が土地を治めている。公爵の協力を得て船を出してもらい、そこから海路でザラマへと向かう。とりあえずはそれ以外の方法はないであろう。
ダーたち一行がナハンデルを後にして、二日ほどの刻が経過した時である。
ミキモトがおもむろに声を発した。
「前方に、怪物の姿が見えますね。数はざっと20匹」
「――20! はぐれにしては、多い!」
「ヴァルシパルの国土が荒れているという報は、事実であったか」
それは、彼らがナハンデルで旅の支度をしているとき、斥候からもたらされた情報であった。
ヴァルシパル国王がナハンデル領へ対して武力討伐をもくろみ、しかも戦況が不利な状況のまま、諸侯から見放される形で終結したという事実は、衝撃を持って王国内に拡散した。
この討伐戦に加わった諸侯は、それぞれみずからの領土に帰り、防備をかため、ザラマへの救援要請に対してもことごとく無視する姿勢をとっているという。
ちょっとした内乱状態である。もはや、魔王軍が侵攻する前に、王国の権威は失墜してしまったといっていい。
「――野望の代償としては、かなり大きなものを支払ったとみるべきですね」
「呑気に悟っている場合ではないですね」
「どうやら、襲われている人がいるようだよ」
ミキモトは、異世界勇者の出番とばかり、はりきって敵中に馬を走らせる。
あわてて後続のふたりも馬の速度を上げ、その後を追う。
怪物はオークとゴブリンの混生部隊であり、組織だった行動はしていない。襲われているのは、隊商の一団のようであった。オークの死体と護衛の死体がかさなりあい、街道を紅に染めている。
こうした怪物を退治して回るのは街道警備隊の役割であるが、ダーたちが旅に出て以降、一度もその姿を確認していない。王国の警備機能は、ほぼストップしているとみるべきだろう。
「ようし、御者。できるかぎり近くで馬をとめてくれ」
「か、かしこまりました」
馬車が止まると同時、冒険者たちは猛烈な勢いで外へと飛び出した。
すでに先陣を切っていたコニン、スカーテミスたちは怪物どもを次々と射すくめ、斬り倒している。ミキモトは何故かふてくされたような顔をして、馬上で腕を組んでいる。
「どうしたのじゃ、おぬし?」
「どうもこうもないですね。そこの片目の女性が『おまえの力は強力すぎて、みんなを巻きこんでしまう。大人しくしていてくれ』と言って、私の参加を阻むのですね。私だって、手加減ぐらいはできますよ」
「いや、どうかのう?」
「なにか言いましたか?」
「いやいや。この程度の雑魚に対して、異世界勇者の力は必要あるまい、と言ったのよ。ここは我ら従者におまかせあれ」
そういわれて、ミキモトも悪い気はしなかったようで、
「ようし、さっさと片付けてくるのですね」
と命じた。ダーは「承知」と、笑みを浮かべて踵を返した。
その後につづくクロノトールは、不満そうに唇を尖らせている。
「どうした、クロノ?」
「……あいつ、ダーに対して、偉そう……」
「そうじゃのう。もしアレを旅に出た当初に言われておったら、さぞかしむかついていたことじゃろう」
「……もう、むかつかないの……?」
「うむ、今のワシには、代わりに怒ってくれる仲間がおるでの」
ダーはクロノにぐっと親指を向けた。
クロノの顔が、花のようにほころんだ。
次の刹那、ふたりの位置は瞬時に入れ替わっていた。クロノがダーに抱きつこうとして突進し、それを見抜いたダーが敏捷に身をかわしたのだ。
「……失敗……」
「そう何度も抱きつきタックルは食らわんわい。頼むから、その力は敵へと向けてくれぬか」
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