燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第十三章

戦女神の再臨

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「これほどまで快適な船旅は珍しいのう」 

 と、ダーが思いもかけぬ、意外な言葉を発した。
 彼らはザラマに向かう船上にいた。
 船旅嫌い、乗馬嫌いのダーであったが、そんな言葉が飛び出るほど、公爵が彼らのために用立ててくれた船は、通常便よりもはるかに動揺が少なかった。船体が従来のものより大きく、また安定性を考慮されて設計されているのだ。
 それでも軽微な船酔いはあったが、その際はシュロークの煎じてくれた薬が大いに役に立った。いたれりつくせりである。そういう事情で、彼らは船内で会話できる余裕すらあった。

「――しかし、意外な話でしたね、ダー」

「ムウ……」

 エクセがそうつぶやくと、ダーは渋面をつくった。
 いや、沈思黙考しているのである。
 
――お前の父ニーダは、救国の英雄なのだ。

 考え方がシンプルなのが取り柄のダーだが、こんな真実を告げられ、あれこれと思い悩まずにはいられない。懊悩といってもいい。ダーはこの国の平和を取り戻すため、またドワーフを含めた亜人の地位向上のために動いていた。
 しかし、それは200年も前に父がすでに達成していた。
 ダーはそんな父を誇りに思うと同時に、疑念も感じていた。

 父ニーダはそんな偉業を誰にも語ることなく、世を去ったのか。
 固く口止めをされていたという事実は、ダーも識っている。
 だが。母か、息子である自分には語ってもよかったのではないか。
 
 このとき、ふとダーの心の奥底に沈殿していた記憶が、頭をもたげた。
 決して弱音を吐かなかった父。
 鋼鉄のように頑丈で、曲がった事が大嫌いな信念の男。そんな父親こそが、幼い頃からのダーの憧れであり、理想のドワーフそのものであった。
 その父があろうことか、たった一度だけ、彼の前で大粒の涙を流したことがあった。

「ダーよ、ドワーフは常に前を向け。誇りを忘れるな」

 父の、あの涙。
 あれは悔し涙だったのだ。
 そういえば幼少期、ダーは常に得体のしれぬ、何者かの視線を感じていた。父親にそれを語ると、単なる錯覚だと豪快に笑い飛ばされたものだが。
 もし、あれが錯覚ではないとしたら。
 常にニーダの一家が監視対象であったとしたら。
 万が一にも情報が漏れれば、自分だけではない。妻子にも危害が加えられるかも知れぬ。そんな危険を冒してまで、真実を告げるわけにはいかなかったのじゃろう。
 その父ニーダが死去して、すでに100年になる。
 とっくに監視も消え、人間の記憶からも消えたのだろう。人の命は短い。彼らはすぐに物事を忘れ、あらゆる事象を風化させていく。

――だが、念は残る。
 父よ。さぞかし、残念であったろう。無念であったろう。
 その無念を晴らすことができるのは、1人しかいない。
 ニーダの意志を継ぐ者、ダー・ヤーケンウッフの他に誰がいよう。
 ダーは我知らず、ぐっと固く拳を握りしめていた。

「――でも公爵様の反応も、奇妙だったね」

「そうですね、公爵様は、まだ何事かを隠している気がします」

 ダーが物思いから醒めると、コニンとエクセの会話が耳に飛びこんできた。おそらくは、公爵の歯切れの悪い対応のことを言っているのだろう。
 王宮の間でのやりとりを、ダーが想いだしていたときである。
 エクセが不意に、こんな疑問を発した。

「しかし不思議なことがひとつあります。なぜ200年前の異世界勇者たちだけが、魔王を倒せなかったのでしょう? ハーデラ神は200年ごとに復活し、そのたびに召還された異世界勇者は、確実に魔王を退治していました。なぜ前回だけ、失敗してしまったのか……?」

 その何気ない問いは、公爵の急所をとらえたらしい。
 みるみると彼の顔色が変わっていく。
 無論、その動揺ぶりに気付かぬエクセではない。

「――そのご様子では、理由をご存知なのでは?」

 すぐさま発せられた問いに対して、公爵の返答は意外だった。

「――い、いや、知らぬ。そんな昔のことなど」

 この答えも奇妙だった。今まで200年前に記されたという、異世界勇者の日記の話をしていたばかりなのである。

「あの動転ぶり、ただごとではなさそうじゃのう」 

「にぶいダーが気付くのですから、相当なものです」

 くすりとエクセが笑った。

「でも、それまで公爵は秘密の話をさんざん語っていたんだよ。それでもまだ隠す必要性がある話ってあるのかな?」

「あるんじゃろうの。まだ隠されている事実が」

「それがあの国王の狂態につながっているのかもしれませんね」

 とはいえ、憶測でものを語るにも限界がある。
 その後には、奇妙な沈黙が流れた。
 洋上を走る風が、絶え間なく外の空気を運んでくる。独特の、砂塵の混じった風の匂いが船内にいる一同の鼻孔をくすぐった。
 もうザラマは眼と鼻の先である。
 

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 ダーたち一行が、ザラマの地に降り立ったときである。
 船着場で待ち構えていた人々は、一様に失望の色を浮かべた。
 援軍の到着か、食料が配布されると期待して集まったのだろう。
 ところが、通常便より立派な船から吐き出されたのは、ほんの7人の冒険者なのである。しかもシュロークは一般人であり、いかにもひ弱そうな外見をしている。期待して集まった人々が失望したのも無理からぬことだったろう。
 だが、たった1人の人物が船内から出現しただけで、民衆はざわめいた。

「あれは、『巨大なる戦女神』じゃねえか?」

「そうだ、ザラマの守り神『黒装甲の巨神兵』だ!!」

 先程までの空気はどこへやら。歓喜の声が彼らの周囲を包んだ。
 まるで勝利が確定したかのような騒ぎである。
 彼らは第一次ザラマの戦いの立役者、クロノトールを覚えていたのだ。
 その戦乙女はどうしたかというと、大きな身体を小さくして、ダーの背中に隠れていた。むろん、ダーの小さな身体の陰には収まらず、姿は丸見えであったが。

「おい、どうしたのじゃ戦女神、歓声に応えぬか」

 ダーがうながすと、彼の背中でクロノはいやいやと首を振り、

「……は、恥ずかしい……」

 と小鳥のさえずりのような小さな声でつぶやいた。

「なにを縮こまっておる、そら、皆に手を振ってみせい」

 ダーがさっと身をかわすと、クロノの巨体が露わになる。
 これでは身を隠すこともできない。やむなくクロノは集まった人々に向かい、ぎこちない笑みで小さく手を振ってみせた。緊張で顔がこわばっている。
 
「――魔王軍の大将を討ち取った、戦女神の帰還だ!」

「――やった、これでもう、ザラマは救われた!!」

 そんな熱狂的な興奮が、ひしひしと人々に伝染していく。彼らはクロノをとりまくように彼ら一同の周囲を埋めている。さすがに危険と見たエクセがダーに、

「どうするんです、この状況?」と問いただす。

「これは採る手段はひとつしかあるまい」

「どうするんです?」

「逃げるんじゃよお――っ!!」

「む、無理ですよ!!」

 もみくちゃにされながら、彼らは強行突破を試みた。一同がほうほうの態で民衆の囲みを突破し、ザラマの冒険者ギルドへとたどりついたのは、たっぷり半刻はかかってからだった。
 ギルドの扉を閉じ、ようやく外界の熱狂から開放された彼らは、ほっと安堵の吐息をついた。大衆にもみくちゃにされ、全員服装は乱れ、よろよろの有様だった。
 そこへ、ひとりの青い甲冑に身を包んだ戦士が、彼らの前に歩み寄った。ちょうどギルドに来ていたヒュベルガー・ヒルバーズィだった。
 かれは呆れたようにつぶやいた。

「なんだ。戦う前から、そんなに疲労してどうする?」

「……放っておいてくれんかの」
 
 息を切らせながら、ダーはようやくその言葉を絞りだした。
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