燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第十三章

燃えよクロノトール

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「はじまったな――」

 そうつぶやいたのは、ダーの目の前にいる着流しの大男、白虎である。
 むろん何の意味があるのか、ダーには見当がつかない。

「何が始まったのじゃ?」

「お前、気付かなかったのか。お前があの小娘に渡した白い珠こそ、わが白虎の珠よ」

「――なんと、どういうことじゃ?」

 ダーからすれば、意外という言葉ではすまない。
 不遇の男、イエカイの想い出は、今でも多少の哀しみとともにダーの心の奥底に沈殿している。その悲劇の舞台であるカッスター・ダンジョンで、たまたま入手した珠が白虎の珠だというのである。そんなことが自然に行われるものではない。

「おぬし、どういう細工を用いたのじゃ?」

「細工も何も、お前の行く先々で四獣神の珠がぽこぽこ出てくるのを、単なる偶然と思ってたこと自体が驚きよ」

「偶然ではない、と言われるか」

 ダーはぴたりと額を叩いた。かれがまず入手したのは、『青龍の珠』であった。危機に陥ったフルカ村の住民を助けたお礼として受け取ったのだ。その次は公爵から、『朱雀の珠』を譲り受けた。ナハンデルでは深緑の魔女から『玄武の珠』を受け取った。
 ただひとつ、欠けていたのが『白虎の珠』である。

――珠のひとつは、カッスター・ダンジョンにあるのではないか。
 その情報を魔法使いの塔で浅黄色の魔女フレイトゥナから得たのは、エクセであった。彼らはその報告を信じ、カッスター・ダンジョンに潜った。そしてあの悲劇が待っていたのである。
 
「本来ならば、あの盗賊どもがいなければ、スムーズにお前らの手に渡っていたのかもな」

 白虎はしみじみとした口調で言った。珠は本当にカッスター・ダンジョンにあったというのだ。それを先に、あの盗賊どもが掠め取った。しかしあの連中は、ダーがただの綺麗な涙石と勘違いしたのと同様、珠の真の価値を見出せなかったのであろう。
 でなければ、とっくに国王に高値で売りつけていただろう。

「しかし、こうなると、予定調和のようじゃな」

 ダー一行の行く先々で、待っていたかのように珠は存在した。多少のイレギュラーはあったにせよ、彼らはすべての珠を入手していたのである。
 運命とは、必然的なものであるのか。
 それとも単なる神々の戯れにすぎないのか。
 ダーはそのことを深く掘り下げて考えるゆとりはなかった。

 それは彼の足元、白き雲の隙間からくっきりと見える地上の風景に原因がある。その光景はダーをイライラさせるのに充分であった。クロノはいまや3勇者に劣らぬ立派な戦力として屹立していた。彼女の存在が、10万の大軍に包囲されている、必死の状態であるダーのパーティー崩壊を食い止めているといっても過言ではなかった。
 彼女が獅子奮迅の活躍を見せれば見せるほど、ダーは自身の肉体が人形のようにぐったりと動かないことに苛立ちを募らせた。あれではただの足手まといではないか。

「ええい、さっさとワシを地上に戻さぬか。いつまでも、こんなところで神々と高みの見物などできぬわい!」
 
 ダーが悲鳴にも近い声をあげると、哀しげに青龍が首を振った。

「ダーよ、それは無理な相談だ。あのときとは、事情が違う」

 以前、ダーがこの雲の間に出現した時は、かれがクラスタボーンの放った雷撃砲の直撃を受けたからである。その膨大な雷撃エネルギーを青龍の珠が吸収し、その力をもって魔族たちを粉砕したのだ。
 今回のケースは、まるで真逆であった。
 ダーの魔力《マナ》を青龍が吸収し、なかばむりやり地上に顕現したのである。
 つまり、もはや神々が地上に顕現するエネルギーはおろか、ダーの意識を復活させるものは何ひとつとして存在しないのだ。

「なにしろ魔力枯渇の状態じゃからのう。どうすることもできぬ」

「おぬしが勝手にしでかしたことじゃろうが、この絵にも描けないクソジジイめが」

「神に向かってクソジジイとは何事か」

「ごたくはいいからはやくワシを地上に戻さぬか!」

「無理だといっておるだろう。このどぶドワーフ!」

「だれがどぶドワーフじゃ。この青龍が!!」

「そのままではないか!」

「おいおふたりさん、そこで漫才に興じている場合じゃないぜ」

 切迫した声がふたりを現実に引き戻した。
 ゆっくりとクロノトールの背後から近寄る巨体がある。その影は驚くことに、クロノよりさらに一回り大きい。敵の総大将、ラートドナであった。

「面白い存在だ。3勇者の他にも、こんな歯応えのありそうな奴がいるとはな!」

 ラートドナは不敵な笑みを浮かべつつ、散歩でもするような何気ない歩調でクロノトールへと近寄っていく。クロノは一瞬、地上へと目を走らせた。そこには大地に倒れ伏している3勇者のひとり、ケイコMAXの姿があった。
 すでに敗北を喫したのだろう。目の前の男に。
 そう考える暇も無かった。

 衝撃が、音とともにクロノの眼前へと落下してきた。
 ラートドナがその大剣を振るったのだ。
 あまりの迫力に、クロノは剣で受けるのを躊躇し、タートルシールドで防いだ。それが結果的に吉と出た。彼女はその圧力に押されつつ、かろうじて防御に成功したのだ。
 
「なかなか楽しめそうだ」

 ラートドナはにいっと笑った。心から戦闘を楽しむものの笑みであった。
 ふたつの巨大な剣は壮絶な火花を散らした。
 文字通り、闘いの火蓋が切られたのだ。
 ラートドナは見た目どおりの、猛獣のような剣の遣い手であった。腕力にものをいわせ、しゃにむに上段から剣を振り下ろしてきた。それをまともに受けるほど、クロノはまぬけではない。
 流星のように落ちてくる剣をおのれの剣身で斜めに受け、力を大地へと受け流す。体勢を崩す一瞬を見逃さず、クロノは素早く足払いを見舞う。 
 相手は見透かしたように足を引き、さらに上段から大剣を振り下ろす。
 今度は流す余裕もない。クロノは大地を転がるようにしてそれを避け、くるりと猫のように回転して身を起こした。
 ラートドナは待たない。さらに追撃する。
 彼の剣技には、防御という型は存在していないように思えた。 
 一方のクロノトールは、柔軟である。あらゆる状況下で、あらゆる戦闘を経験してきた。このような攻撃一辺倒の敵に対するにはどうすればよいか。彼女は剣を交えつつ考え、考えつつ剣をかわしている。
 ラートドナの豪腕はクロノの経験則をはるかに超えていた。
 これまで対峙したことのないほどの剛剣であり、下手に受ければ両腕がへし折られるであろう。回避するにも大きく体勢を崩されてしまい、防戦一方を余儀なくされている。
 
(……剣を振らなければ、勝てない……)

 剣士として比較すればラートドナは、ほぼクロノと伍する。
 だがその腕力はクロノの遥かな上をゆく。 
 その差はあまりにも巨大だった。クロノは勝てない。
 ラートドナはそう見ている。そして、クロノもそれを意識しているであろう。つけいるとすれば、その部分であった。
 クロノはさがった。じわじわと剣の圧力に押されるように。
 敵の剣は豪雨のように滝のように、クロノの頭上へと降りそそいだ。
 クロノは片膝をつき、盾でそれを受けるばかりである。
 もはや、死に体。死を待つばかりの体勢となった。

「そのそっ首、貰い受ける!」

 ラートドナがそう宣言するのと、クロノの身が跳ねるのと、どちらが先であっただろうか。
 振りかぶった剣に合わせるように、低い体勢からクロノは突進し、敵の足元にもぐりこんだ。剣先が振ってきたが、距離が近すぎる。根元だけが彼女の鎧の背を強打した。
 
 それでも彼女の突進力を緩めるには至らない。
 渾身の力をこめ、クロノはラートドナを抱擁した。いつもダーにしているように。
 あまりの激痛に、ラートドナでさえ悲鳴をあげた。
 しかし腕力は彼の方が上である。無理矢理それを力で振りほどこうとした。だが。一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、激痛によりその判断が遅れた。
 
 ラートドナの天地は、ひっくり返っていた。
  抱擁ベアハッグの体勢から、クロノは彼を後方へ反り投げたのだ。
 受身をとりそこなったラートドナは、脳天からまっさかさまに、大地に突き刺さった。頭に兜がなければ、脳漿を地にぶちまけていたかもしれない。
 ふらふらと身を起こそうとしたラートドナは、ごくりと息を呑んだ。
 咽喉元に、クロノの黒い剣が突きつけられていた。
 唖然として顔を上げたラートドナの頭上に、可憐な笑顔が咲いている。

「……わたしの、勝ち……」
 
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