燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第四章

天地の何処にもない場所

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――地上が騒乱に包まれている頃――

 かれは夢を見ていた。
 遠き記憶。それは無口な父の、岩のようにごつい背中。
 父はダーの憧れであり、一流の職人であり、また戦士であった。
 ダーは常に父親の背中を見ていた。父こそがダーにとって、理想のドワーフ像そのものであった
 その父が彼の目の前で、唯一、涙を見せたことがあった。

「ダーよ、ドワーフは常に前を向け。誇りを忘れるな」

 岩のように厳しい顔を崩し、父はダーを抱いて泣いた。
 父の涙を見たのは、その一度きりだった。
 そのほのかな記憶が、いつまでもダーの心の奥底に沈殿していた……。

 かれは夢から醒めた。
 目蓋を開くと、そこは、なにもかもが白く光り輝く空間だった。
 まぶしくて、何度も瞬きをくりかえした。まともに眼を開けていられない。
 しかし、徐々にこの明るさに慣れてくると、次第に周囲の状況が見て取れるようになってきた。
 天に青空はなかった。
 代わりに、白い雲が連なり、どこまでも果てしなく続いている。 
 足許も一面の雲である。
 雲の上に、ダーは立っていた。おかしな話である。雲は単なる水や氷の微粒子の集合体であり、人が歩けるようにはできていない。
 そんな不可解な空間に、ダーは存在していた。
 はるか彼方で明滅しているのは遠雷だろうか。
 戦場で感じていた疲労感や空腹、喉の渇きといったものは感じない。
 かねてからの懸念であった腰の痛みも、耳鳴りも消えている。痛覚の一切が遮断されたかのように無縁となっていた。 

(この状況じゃ、わしは死んだということらしいの)

 ダーとしては、そう悟らざるを得ない。
 痛みがない、感覚がないというのは生物としてどうなのだろう。
 生命体として限りなく、自分は希薄な存在だということだ。

(しかし、天国というものは、もっときらびやかなものだと思っておったが)

 実際は、天と地にひたすら雲が生じているだけで、空漠を満たす影もない。
 彼は雲の上に立っているのだが、水蒸気が凝結したものに人が乗れるわけもない。浮いているというのが正しいのかもしれなかった。
 ときおり響く雷の音だけが、彼が存在しているという感覚を与えてくれる、唯一のものであった。
 
(さて、このままじっとしておるわけにもいくまい)

 ダーは動き始めた。
 どこを行くというあてもない。どこまでという際限もない。
 なにしろ空腹も疲労も感じないのだ。
 ひたすら地平の彼方を目指し、歩き始めること数刻――いや、これはダーのなかの時間の感覚でしかない。
 もしくは一瞬かも知れず、はるかな歳月が流れているのかもしれない。
 
 ようやく、彼はなにかを見つけた。
 空間にぽつり、とたたずむふたりの存在があった。
 ひとりは老人のように見え、もうひとりは女性であった。
 
「ようこそ客人よ、ここに来る客は滅多におらぬ」

 老人は、ダーよりもはるかに髭が多く、また髪も髭も白髪である。
 身につけている着物は海より深き青で、その落ち着き払った風情は、どことなく威厳を感じさせる。
 
「――あんたが、神様かな?」

 ダーが問うと、老人はおかしそうに笑い、
 
「まあ、おぬしから見て神に見えれば神でよい。老人に見えれば、またそれでも良い」

「こちらの女性も、似たような存在かの」

 彼女は無言で頷いた。腰のあたりまで届くほどの長い髪は、炎上しているかのように紅い。鼻梁高き、美しい女性であった。
 老人と対を成すように、朱色の着物を身にまとっている。
 ダーはこのふたりに不思議な印象を受けた。ふたりとも初対面のはずなのだが、まるで旧知の友のような奇妙な親近感がある。

「はて、おふたりとも、何処かで逢ったかな」

 笑而不答わらってこたえず。――ただ笑みをもって応じる。

「それでは問いを変えるが、ここはいずこじゃ」

「ここは天と地の何処にも存在しない。いってみれば世界の狭間とでも思えばよい」

「と、いうことは、ワシはいよいよもって死んだようじゃの」

「まあ、普通はそうなるな」

 そうか、とダーは腰を下ろした。
 本当に腰をおろしているかは分からないが、気分としてそうしたのだ。

「意外と騒がないな、ドワーフよ。てっきり大音声で、元の世界へ返せ戻せと、わめきちらすものかと思っていたが」

「やれやれ、ワシを何だとおもっとる」

「しかし、謁見の間でのおぬしは、そんな感じだったように思うが」

 ダーは目を瞠った。
 やはり目の前にいるものは、ただの人間ではない。
 
「ご老人、そろそろ正体を明かしてもらいたいものじゃが。ワシはまどろっこしいことは嫌いな方での」

 老人は深々と溜息をついた。
 首をふるふると振りながらつぶやく。

「本当におまえは何ひとつ覚えておらぬのだな。フルカ村の出来事を覚えておらぬか」

「当然ながら覚えておる。それが何だと言うのだ」

「そのとき、村の宝と称してもらったものがあろう。それを忘れていると申すのだ」

 言われてダーは、ぽんと膝を打った。
 そういえば、ぴかぴかと光り輝く青い珠をもらったような気がする。
 背嚢と記憶の奥底にしまいこんだまま、完全にその存在を忘れていた。
 老人は、溜息とともに首を振り、

「これだからドワーフはいかん、老人らしき造形が悪いのか。さすれば我らの責任もあるのだが、とにかくもの忘れがひどい」

「おぬしの正体はつまり――」

「その珠こそわが一部。我こそ四神が一、青龍よ」

「むう、するとそちらの女性は」

「同じく四神が一、朱雀ですわ」

 赤い髪の女性は笑みを浮かべていった。
 
「さて、ドワーフよ、おぬしがここに来たわけが分かるか」

「……お説教かのう?」

「そうしたいのは山々だが、違う。おぬしが最後に喰らったものは何だった?」

「雷撃砲……そうか……」

「そうだ、我は雷をつかさどるもの。おぬしへ放たれた雷撃は、すべてわが糧となった。おぬしは死んではおらぬ。だが生きてもおらぬ。いまは精神だけの存在となり、ここへおる」

「つまり、ワシが目の前にしているこれは、実体ではないということじゃな」

「そういうことだ。本来ならば我ら神々は、この地上の出来事に対し干渉してはならぬという暗黙の不文律がある。しかし今回は暗黒神ハーデラが二百年に一度、封印されし力を取り戻す刻」

「彼のものの地上に対する横暴を、看過するわけにはまいりません。しかし、この時期のハーデラの力は我々のそれを凌駕します。そのために必要な措置が――」

「異世界勇者召喚であり、勇者の武器であるというわけじゃな」

「そう、これまではそれでよかった。チキュウジンは我々が創作した生物より、はるかに生命力に富み、強靭な肉体をしていた。しかし、それが崩れたのが二百年前のことだ」

「なにがあったのかのう」

「チキュウという世界と、我らの世界では時の流れが違う。こちらでは二百年前だが、あちらは二十年程度しか経過しておらぬ。その二十年前のチキュウジンからは、かつての原始的なまでの強さが損なわれておった。……彼らは、ハーデラと魔王軍に敗北を喫した」

「そのような馬鹿なことはあるまい。それが事実であるならば、このテヌフタート大陸はとうに魔王の手に墜ちておるはず。異世界勇者が世界を救ったのではないのか?」

「表向きはそうなっておるが、事実は違う。二百年前にこの世界を救ったのは亜人だ。そしてその事実は、歴史の闇に葬られた。あくまで異世界勇者が世界を救った。そういうことにしておかねばならぬ者がいたからだ」

「何者じゃ、それは?」

「異世界勇者その人よ。彼らは闘いに破れたが、死ななかった」

 青龍の語ったところによると――
 
 はるばる異世界より召喚され、勇者として優遇され、意気揚々と魔王退治に出た二百年前のチキュウジンたちは、晦冥大陸に渡り、そこで思いも寄らぬ大敗北を喫した。
 魔王を倒し、ハーデラを封じたのは、あくまで添え物であるはずの亜人であった。
 そんな屈辱が耐えられるだろうか。
 四人の勇者は耐えられなかった。
 彼らはその救国の英雄である亜人に、真実を秘匿するように命じた。
 亜人はそれに従った。
 真実を知る者はその亜人と、異世界勇者のみとなった……。

 ダーは呆然とした顔で、その話に聞き入っている。
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