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オリビアの愛編

第24話・海の男はすべてを語らない

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 タカオ達は人魚の言葉に従い、リューベックの町まで走っていった。火傷はクレアによって治療してもらったが、先ほどのエレノアとの戦闘で消費した体力までは完全に回復できなかった。


 町にすぐ到着するも、住民たちは町の入口から次々と飛び出して避難していた。住人を避けながら街中を走り、海を確認できる広場まで向かった。
 海を一望できる場所に出ると人の姿は無く、はじめて訪れたときに見た美しい海の姿も無かった。禍々しい瘴気漂う海が広がっており、その中心には巨大な海蛇の姿があった。


「あれが、リヴァイアサンよ」


 クレアの顔は凍り付いており、今までのどの精霊よりも強大であることが伝わってくる。サメのように尖った顔とナイフが並んでいるような口は陸から視認できるほど大きく、紫がかったいるのがわかる。
 顔から胴体へ向かうにつれて色素は抜けていき、首元と尻尾だけが海から出ている状態だった。首元と尻尾の間に橋を架けられるほどの長さがあるのを見ると、身体全体だと離島サイズの大きさがあると予想できる。


「なんだよあれ、今までの精霊とはぜんぜん規模が違うじゃねえか……」


「でもこの気配……。あいつが今回の邪霊様みたいね」


 リヴァイアサンはリューベック付近の海に鎮座している。もし町近くで暴れようものならば、ゴジラさながらの大惨事が起きることは簡単に予想できる。
 リヴァイアサンの様子を確認している最中、ヴァイキングたちはドッグに集まって迎撃準備を始めているようだった。人魚と合流するにも海近くに向かう必要があると思い、タカオ達も波止場があるドッグへと走っていった。


 ドッグに行くと次々と船が出港準備を整えていた。ヴァイキングはそれぞれ慌ただしく準備作業に追われていたが、一人が波止場に人魚と人間がいる、と騒ぎ立てていた。走っていく人の後を付いて波止場に行くと、エヴァンが陸にあげられていた。


「エヴァン、どうやってここまで?」


「ああ、タカオか……」


「大丈夫かよ、おいクレア!」


 クレアは急いで回復魔法で治療を行う。その最中に海から人魚が現れ、タカオに声を掛けてきた。


「おい、あんたがエヴァンを連れてきたのか?」


「そうです。彼、もう一歩のところでリヴァイアサンに飲み込まれそうになっていて……」


「助かったぜ、ありがとう。じゃあ、あいつはすぐにでも動くか?」


「わからないわ。今は私の仲間が歌で動きを止めているけど、長くは持たないわ」


「わかった。あと、あれが邪霊化する姿は見たか?」


 邪霊化、という言葉に馴染みが無かったようで、それはエヴァンや周りにいるヴァイキングも同じ様子だった。タカオはその場の人たちにわかるように説明し、精霊が魔王の呪いによって変化した姿だと認識してもらう。


「なあエヴァン、ボニーは海で何かしなかったか?」


「俺があいつと会ったとき、ボニーは海に妙な玉を投げ込んだ。その瞬間、海が光ったんだ」


「それで、すぐあんな形に?」


「いいや。しばらくは何もなかったが、少し時間が経ったらサメ程度の大きさの生物が現れて……」


「それがあのリヴァイアサンになった訳ね」


 クレアの問いにエヴァンは黙って頷いた。タカオ達ははその玉が邪霊化の原因だと同時に考え、それぞれ目で合図を送り合った。


 治療をしている間にも、邪霊化したリヴァイアサンは目覚める様子を見せない。しかし、いつ目覚めるのかわからないのであれば、すぐにでも出航してあいつを封印しないといけない。


「なあ、あんたら。ボニー様について色々と知っているみたいだが……」

 
 相談している最中、ヴァイキングが話しかけてくる。その人は町にやってきて初めて話した、顔に傷のあるヴァイキングだった。傷のあるヴァイキングはタカオ達のことを無視して、エヴァンは知っていると答えた。


「あんたは、ボニーと一緒に仕事をしていた人か?」


「ああ。それよりも、ボニー様はどこいったんだ!」


 エヴァンは何も言わなかった。それが答えだとすぐに察すると、ヴァイキングはエヴァンに対して何も追求しなかった。


「……俺たちは、あの人に頼り過ぎてたよな」


「どういうことだよ」


「あんた達は知らないかもしれないが、あの人はリューベックを大きくして生活しやすいようにしてくれた。幅を利かせていた元締めや船もちの領主からも金を巻き上げて、俺たちに回してくれたんだ。それに、海賊だから他の海からやってくる賊も率先して退治してくれたし。
 ボニー様は俺たちにとってヒーローだったよ。でも、人魚を急に捕まえ出すなんておかしいとは思っていたんだ……。ちゃんと言わないといけなかったんだよな。でもそれができなかった。だからあの人はー」


 エヴァンはそうか、とこぼしてそれ以上は何も言わなかった。彼女はエレノアとつるみ、リヴァイアサンを復活させてしまった。さらに彼からすれば、オリビアを失った原因を作った人間とも言える。
 それでもエヴァンはボニーの死を悼むように目をつぶる。永遠のように感じる黙とうが終わると、エヴァンはヴァイキングの肩を借りて立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。


「俺が最期に見たのは、ボニーがリヴァイアサンに食われる姿だ」


「あの怪物に……」


「ああ。でも、ボニーは最後まであんたらのことを心配していた。町よりも何よりも、あんた達のことを。それだけは言っておくぜ」


 ヴァイキングは涙を堪えながらボニー様の弔い合戦だ、と大きな声を上げる。その場にいたヴァイキング達は拳を高く掲げ、自分たちを鼓舞していく。


「さっきの話だと、あんたらはあのリヴァイアサン退治をするんだろ? それならあっしが船でサポートするぜ」


 ああ、と答えエヴァンとヴァイキングは固く握手を交わす。すでに準備ができた船は出航をはじめ、船に乗っている彼らの顔に不安という文字は浮かんでいなかった。


「エヴァン、どうしてさっきあんたことを……」


「ん? 何のことだ?」


「ボニーがヴァイキング達のことを、心配していたって」


「別に。そこまで深い意味はないさ。ただ、ここで俺たちが見たこと正直に話したって、誰も幸せにならない」


「でも、あいつはあんたにとってー」


「俺たちが見てたボニーがすべてじゃないだろ。それに、あいつと別れる前にひどいこと言っちまったから」


 それって、と話を進めようとすると、ヴァイキングが船の準備ができたことを知らせてくる。乗ろうぜ、とエヴァンの素早い反応に合わせてターニャとクレアも乗船し始める。


 エヴァンはこの闘いで決着を付けようとしている。オリビアへの思いと、ボニーへの恨みに……。颯爽とした姿を見せているも、彼の表情は決意でみなぎっているように見えた。エヴァンの思いと共に拳をギュッと握り直し、タカオも船に乗り込んだ。
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