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第八話

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 「いいよな。親が権力を持っていると」

 すれ違いさまに言われ、プラシッドはうんざりとした。
 学園を卒業し、宮殿で働くようになるとこういう輩がいっぱいいたのだ。コネで入ったのが、かなり気に入らないようでわざと言ってくる。初めは無視をしていたが、それでも収まらない。
 学園と違い、職場には期限がない。ずっとこれだと、仕事に行くのも嫌になる。休まる場所が欲しかったのにと。

 「それって、コネで入れていいなって事?」

 プラシッドは、言った男に振り向いて普通の声で問いかけた。男は、「べ、別に」と嫌味を言った時より聞き取れない声で答える。

 「じゃ何がいいの?」
 「は?」
 「だから、僕のどこにいいところなんてあるのって聞いている。自分で言うのもなんだけど、いいとこなんてないんだよね。だから、教えてよ。君が思った、僕のいいところ」

 プラシッドが言った事は、彼自身が思っている本当の事だ。だがもちろん、嫌味で返している。
 男は、何も答えないがプラシッドを睨みつけていた。

 「何で睨むのさ。そっちから言ったんだろう。羨ましいって」
 「う、羨ましいなんて言ってないだろう!」
 「あ、そう。子供染みた奴だなんて思って悪か……」

 バキッ。
 プラシッドは、左頬を殴られ後ろに吹っ飛んだ。

 「いってぇ」
 「あ……」

 なぐった男の方が青ざめている。

 「大丈夫。僕、君と違って大人だから。僕は・・告げ口なんてしないから」

 よいしょとプラシッドは立ち上がり、頬をさすりながらその場を去っていく。言い合いをしていた二人の観客は、それなりにいた。プラシッドが何も言わなくとも、勝手に報告に行く奴らなのだ。
 面倒になりわざと煽った。これで彼がどうにかなれば、プラシッドに言って来る奴は少なくなるはずだ。
 思惑通りにその後、嫌味を言うものがいなくなった。



 「あなたから会いたいなんて嬉しいわ」
 「そう。それにしても結構近くに住んでいたんだな」
 「そりゃそうよ。王都の近くがよかったからね。だから男爵だけど結婚したのよ」

 プラシッドは、ユリアンナを訪ねて王都の隣街に足を運んでいた。と言っても、屋敷ではなく裏通りの喫茶店だ。

 「おかげで会いやすいよ。王都でなんて会っていたらばれちゃうからね」
 「そうよね。逢瀬だって思われたら困るわよね」
 「僕は何か言われる程度だと思うけど、大変なのはそっちだから。気を付けなよ」
 「あら、案外冷たいのね」
 「優しくする必要ある?」
 「……なんというか、たくましく育ったようね」
 「おかげさまでね」

 話があるとプラシッドから連絡を受けた時は、母親に会いたいと思っているのかと会いに来てみれば違うようだと、ユリアンナは少し寂しい気持ちになる。

 「それにしても、大きくなったわね。いくつになった?」
 「18。……あの女と同じ事言うんだな」
 「え? それってサーシャの事?」
 「そう。死ぬ間際に会った時に大きくなったって……」
 「私たちの事を憎んでいるの?」
 「憎んでないと思う? あんたもあの女もヴェイルーダ家の者もみんな憎いよ」
 「でも何不自由なく生活できたでしょう」
 「お金には困らなかったけど、不自由だった。いや、一つだけ自分で選んだ。職をね」
 「あらそうなの。何をしているの?」
 「魔導研究員さ。でも職場を選んだのはジャスト」
 「ジャスト?」
 「じじぃだよ」
 「……そう。で、職場って王都なの?」
 「宮殿だよ」
 「えぇ!? 凄いわね」
 「凄いか? コネだぞ」

 普通、コネでも宮殿勤めなら凄い事なのだが、不服そうに見えた。そうとう拗らせてしまったとユリアンナは思う。

 「あんたの血を継いでいるのに、そんなところに入れる能力があると思うのか?」
 「それもそうね。で、わざわざ私に会いに来た理由って何かしら?」

 この様子だと、それなりに大事な話だろう。ユリアンナは、もしかして今の状況が嫌になりすべてを話すという宣言で来たのではと内心ハラハラして聞いた。

 「人知れずにしたい研究がある。その材料を入手して欲しい。お金は、余ったらやるから仕入れてくれないか」

 話しを聞いてユリアンナは、安堵する。

 「そう。わかったわ。でもあなたが手にれられない物を私が手に入れられるかどうか」
 「いや、普通に買える物だ。けど、僕が買うと人目につく。人知れずって言っただろう?」
 「そう。でも材料があっても勝手に研究していたらバレるんじゃない?」
 「個室を手に入れたんだ」

 ユリアンナは、にやりと笑うプラシッドを驚いて見つめる。個人用の研究室をもらったというのだ。入って2年程で与えられるものではない。それこそ、権力にモノを言わせてだろうと見当がつく。

 「大丈夫なの? やっかみとかない?」
 「今更だね。どうしてもやりたい事だから権力を利用させてもらったよ」
 「そう。それならいいけど。私はね、あなたに幸せになってほしいと思っているのよ」
 「はっ。幸せ? 幸せなんて感じた事はない。これからもな!」

 幸せだと錯覚していた事ならある。サーシャがプラシッドをかばってくれていた時だ。だがそれは、プラシッドがシューラを取り戻す為の道具・・だからだった。

 「じゃ、頼んだよ」

 もう用事は済んだとプラシッドは立ち上がる。

 「わかったわ。そうだ。結婚おめでとう」
 「……喜ばしい事だと思ってるの?」
 「王女じゃない。普通喜ぶでしょう?」
 「いい事教えてあげようか。僕の立場はもっと低くなった」

 俯き言ったプラシッドは、顔を上げユリアンナを睨んだ。
 ユリアンナは息を飲む。彼は、自分など慕っておらず、本当に憎んでいるのだと悟った。
 自分を頼ってくるのだから、少しぐらいは母親だと慕ってくれているのかと淡い期待をしていたのだが、彼は自分さえも利用しているだけだと知る。
 もし会っているのが知れても、かばってくれる事などないだろう。去っていくプラシッド息子の後ろ姿を見て、後悔の念に駆られていた。

 子供の交換は、サーシャへの嫉妬から言った事だった。途中までは上手くいっているように見えていただけで、目論見通りにはいかなかった。いや無謀だったのだ。
 魔法契約書を作成したのは、サーシャが途中で本当の事を家族に暴露させない為だった。だがそれで、サーシャを死に追いやった。それでも、プラシッドは侯爵家の嫡男として生きていける。だから大丈夫だと。もう後には引けないのだから。
 きっと自分の生い立ちの事で悩んではいるだろうとは思っていた。でも幸せに暮らせているだろうと思い込んでいのだ。
 自分よりいい暮らしが出来ている。それは幸せだと。だがそれは間違いだった。
 彼は、劣等感に苛まれ愛情を感じず生きて来たのだと。

 プラシッドがテーブルに置いて行った小さな紙袋・・を手に取り立ち上がろうとして、ユリアンナは気づく。

 「これって……」

 アドルフからサーシャと会うなと手切れ金を渡された時の紙袋と同じものだ。

 「見ていたのね……」

 ユリアンナはため息を一つ付き、いわくの紙袋を手にその場を立ち去るのだった。
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