【完結】婚約破談から始まる堅実令息とあきらめ令嬢の予想外な関係

すみ 小桜(sumitan)

文字の大きさ
10 / 58

予想外の展開 5

しおりを挟む
 ランゼーヌは、帰ってすぐに明日出かける用意を始めた。
 侍女のリラと執事長のバラーグは大喜びだ。

 「大変です、お嬢様!」

 慌てた様子のリラの声に、どうしたのとランゼーヌが振り向くと、リラはクローゼットを全開にしていた。

 「持っていくドレスがありません!」
 「そうだったわ」

 ドレスは、誕生日に買ってもらったものしかない。着れるのは去年の水色のドレスぐらいだろう。そうなると、今日着て行ったドレスと二着しかない事になる。
 普段は、ワンピースを着ているのでそれならあるので、後はそれを持っていく事にした。

 「仕方がないわ。どちらにしても間に合わないもの。どれくらい滞在するかわからないし、儀式の時には今日着たドレスを着ましょう。明日出かける時は、この去年のドレスで行くわ」
 「はい……」

 リラは、ランゼーヌの晴れの日なのにと、残念そうにする。

 「別に私は、ワンピースで十分よ。ドレスは苦しくて好きじゃないわ」
 「まあ、そうでしょうけど」

 クレイは、今日着たドレスを見ているのだ。それを儀式の日に着れば驚くだろう。
 まだ破談になったかわからないのだから好印象を与えたいと、リラは思っていた。なにせ、モンドと喧嘩をした直後だと言うのに、ここまで手配してくれたのだからランゼーヌを大切にしてくれるだろう。
 ただちょっと気になるとしたら、相手がモンドの友人だと言うところだ。
 喧嘩の内容を聞けば、同じような感覚の者だと容易に想像がつく。だが、夫人は常識を持ち合わせている様子。

 「ふふふ。明日が楽しみだわ」
 「そうですね。なんて言ったって王都ですものね」
 「え?」
 「うん?」

 ランゼーヌは、精霊の儀を受ける事が出来るのが嬉しかった。
 リラは、夢の王都に行けるのが楽しみだったのだ。
 二人は顔を見合わせて、笑いあう。

 『まあ、楽しそうだからいいか』

 あんな事があったからワンちゃんは心配していたが、当の本人はケロッとしたもので機嫌がいい。

 夕食時、アーブリーはモンドにずっと文句を言っていた。もちろんダタランダ語で。
 今は、ランゼーヌが言葉を理解できるので、ワンちゃんが訳す事はないが、わかるからこそランゼーヌはいたたまれなかった。

 『まったく。わざと放置したくせに。まあ自業自得だけど』

 次の日、クレイがネビューラ家まで迎えに来た。

 「お迎えに参りました」

 クレイが、昨日と同様に無表情でそう言うが、見た目は昨日と違った。
 腰に剣を下げ、銀の縁取りで白い騎士の制服を着用していて、昨日と印象が全然違う。

 「あ、ありがとうございます」

 (ちゃんと騎士に見えるわ)

 などと失礼な事を思うランゼーヌ。

 「とんだとばっちりだったな」

 アーブリーの横に並ぶアルドがにやりとして言った。

 「いえ。これも仕事の一部ですので」

 そう淡々とクレイは答える。

 「ふ~ん」

 アルドは面白くなさそうな顔つきをして睨むようにクレイを見ると、彼はその視線を受け止めジッと見返す。
 っちっと舌打ちをした後、アルドは視線をはずした。

 「あぁ、クレイ殿。おはよう。その……ケンドールは怒っているかな?」

 オドオドして、モンドが聞く。
 一日経って冷静さを取り戻したのだろう。

 「おはようございます。申し訳ありませんが、あれから父とは会っておりません」
 「そうか……」
 「では、ランゼーヌ嬢、お乗り下さい」

 そう言って、クレイは手を差し出す。
 馬車に乗る為につかまってという意味なのだが、もちろんエスコートなどされた事がないランゼーヌは、どうしたらいいのかわからず、リラを見た。
 リラは、力強く頷く。
 ランゼーヌは、意を決してクレイの手の上に手を乗せた。彼の手は、思ったより硬く大きい。
 馬車に乗り込んだランゼーヌは、今までにした事がない緊張をしていた。
 知らない人(昨日出会ったばかり)とリラの三人で、半日も一緒なのだ。先程までは、精霊の儀の事で頭がいっぱいだったが、馬車の中という狭い空間に入った途端、ふとそれに気が付いた。
 しかも相手は、婚約破談(たぶん)になった相手だ。

 リラが乗り込み、クレイも乗り込んで来た。
 一応、皆に見送られ馬車が王都に向けて出発する。

 (気まずいわ)

 しーんと静まり返った馬車の中、ランゼーヌは、どうしていいかわからない。リラと二人きりなら楽しくおしゃべりでもして過ごしただろう。

 「王都には……」
 「はい!」

 突然声を掛けられたランゼーヌは、声が裏返る。

 「……王都には、夕方に着く予定です。部屋の手配は行ってもらっていますので、そのまま宿に向かいます」
 「はい。わかりました」

 ふう。ランゼーヌはビックリしたと息を吐く。

 (うん? また見てる?)

 ふと視線を感じ、顔を上げればクレイと目が合うが、昨日と同様に目をそらされた。

 『本当に無口な奴だな。本当にあいつの友の息子なのか?』

 (うーむ。やっぱり変なのだろうか?)

 「ねえ、リラ。私の恰好って変?」

 ランゼーヌは、リラに耳打ちする。

 「ばっちりですよ、ランゼーヌ様」
 『かわいいぜ。ランゼ』

 耳打ちした言葉を聞き、ワンちゃんもそう答えてくれたが、今一自信がないランゼーヌだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました

黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」 衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。 実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。 彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。 全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。 さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

処理中です...